第8話 密会と計画

 公爵邸で開催された舞踏会の最中、庭の散策に向かい歩いていたチェリフィアは、前方の暗がりから聞こえてきた父の声に足を止めた。

 人目をはばかるように呟く彼は、闇夜に落ちた影のような深い色をしている。


「チェリフィア、いったんここを離れよう」

「……っ」

 すると、父と話すもう一人の声に足をすくませていた彼女は、不意にマクレスに手を引かれ、慌てて踵を返した。

 彼らがあんなところで何を話していたのかは分からないが、十中八九良いことではないだろう。


「大丈夫かい? チェリフィア?」

 足音を立てぬよう廊下を抜け、大広間の近くまで戻って来たマクレスは、青い顔をするチェリフィアに問いかけた。

 突然聞こえた実父の声に、彼女はだいぶ動揺しているようだ。

「はい…ありがとうございます。でも、父と一緒にいたあの声……」

「うん。バントコート侯爵だね。彼も黒竜侯に物怖じしないタイプだから、きっと……」

「でも、二人とも嫌な色をしていました」

「えっ?」

「父はもとより、バントコート侯爵も、空に立ち込める雷雲のような、不安定な色で……」

「!」

 慰めるように肩を抱いてくれる彼を見上げ、チェリフィアは不安そうに呟いた。

 バントコート侯爵と言えば、欧州各地に拠点を持つ貿易商で、貴族だけでなく市民たちにも名の知られた人柄の良い侯爵だ。

 そんな彼が雷雲のような色をしているなんて、なんだか不吉な予感がしてしまう。

「……それは何かおかしいね」

「私も、そう思います」

「チェリフィア、ちょっといいかな」



「――風の精霊、ここから二本向こうの廊下にいる黒竜侯とバントコート侯爵の声だけを運んで来られるかい?」

 共感覚が感じた印象に疑問を抱いたマクレスは、さらに距離を取ると、誰もいないバルコニーから、精霊に向かって問いかけた。

 すると、間を置かずして柔らかい風が吹き、精霊たちが二人の声を運んでくる。

 やはりそれはどちらも暗い色で、恐ろしさは募るばかりだ。


「――は整ったのか?」

「ええ、それは抜かりなく。一週間後、北の帝国へ武器を輸出致します」


「!」

 と、そのとき。

 風が運んだのは、そう語る二人の言葉だった。

 あまりにも予想外の声にマクレスは目を見開き、チェリフィアも動揺した顔で固まっている。


「武器の輸出……?」

「それも、北の帝国へって…それが事実ならとんでもない事態だ」

 互いに顔を見合わせ、二人は青い顔で呟いた。

 北の帝国と言えば、一年半ほど前まで大規模な戦争を繰り広げていたはずの帝国だ。

 休戦協定の締結により、彼らの目的は打ち砕かれたはずなのに、そんなところに武器を輸出しようだなんて、一体、どういうつもりなのだろう?


「もしかして、また戦争を始める気なのでしょうか?」

「……分からない。でも、おかしいとは思っていたんだ。あの戦争終結から約一年半。ここらの国は平穏を取り戻すどころか、あちこちで不穏な動きが漂っている。もしかして、これもその一端なのかもしれないな……」

「……っ、私の父は、なんてことを……」

「チェリフィア……っ」

 低い声で口早に語る二人の声を聞きながら、チェリフィアは震える声で囁いた。

 話の内容もることながら、自国の武器を他国に輸出しようだなんて、国家反逆に値する重罪だ。

 そんな罪を犯してまで暗躍を試みる父の恐ろしさに、震えが止まらなかった。

「大丈夫だよ。チェリフィア。何があろうときみを守る」

 すると、今にもくずおれそうな彼女を抱きしめ、マクレスは優しく囁いた。

 力強く前を睨みつける彼の瞳には、彼女に対する愛と黒竜侯に対する怒りが混ざり合い、とても複雑に見える。

 だが、復讐を思い立ち二ヶ月半、これは最大のチャンスだ。

「陸軍情報局に話をしてみよう。彼らの思惑を必ず阻止するんだ……!」



「はああっ!? 黒竜侯とバントコート侯爵が北の帝国に武器の輸出を試みてるだああ!?」

「声が大きいよ、コライト」

 二人のやり取りを聞き終え、詳細な情報を把握したマクレスは、内密にコライトを呼び出すと、今聞いた話を開示していた。

 普段軽快な様子が目立つコライトは、何を隠そう王国が誇る陸軍情報局の次期幹部候補生だ。

 まずは、彼を味方につけつつ、情報局の協力を仰ごうと思ったのだが、意外すぎる話にコライトは許容値を超えた様子で固まっている。


「……いや、えっ? あの二人が徒党を組んでるってこと? 黒竜侯だけならまだしもバントコート侯爵も?」

「うん。俺も驚いたよ。でも間違いない。精霊がそう話す二人の声を運んできたし、チェリフィアも彼らの声に暗い色を感じている。時間がないんだ、協力を頼むよ、コライト」

 頭に幾つもの「?」を浮かべ首を捻るコライトに、マクレスは一歩詰め寄ると、根拠としてそう告げた。

 マクレスの能力を知る彼ならば、これで通じると思ったのだ。

 と、必死な彼に頷いたコライトは、腕を組みながら眉間に皺を寄せ、

「いやー、お前を疑ってるわけじゃねぇんだわ。だけど意外っつーか、びっくりしすぎて呑み込めねぇっつーか……って、色って何?」

 今更のように問いかける。

 そんな彼を真面目に見つめたマクレスは、一拍置いた後で静かに言った。

「チェリフィアは共感覚の持ち主なんだ。今回情報を掴めたのも、彼女のおかげさ」


「……き、共感覚!? まじか、それ知ってる! 白薔薇ちゃんすご!」

 すると、マクレスの発言に目を瞬いたコライトは、しばらく口を開けた後で、やけにはしゃいだ声を上げた。

 彼の目に宿るのは純粋な好奇心と驚きで、不審な要素はどこにもない。

 魔法を恐れなかった彼なら、受け入れてくれると予想はしていたが、そのことに内心胸をなでおろしていると、続けざまにコライトは笑って、

「でも、じゃあ二人は特別を持ったお似合い夫婦なわけだ。そりゃ溺愛するのも納得だけど、可憐で特別な嫁とか、羨ましいぞ、マクレスー」

「!」

 いつもの軽い口調でマクレスを小突くコライトの言葉に、隣で話を聞いていたチェリフィアは顔を赤くして俯いた。

 共感覚を否定されなかったことにホッとしていたのだが、突然そんなことを言われると、どんな顔をしていいか分からなくなってしまう。

 だが、一方で大きく頷いたマクレスは、堂々と彼女を抱き寄せて笑った。

「そりゃあチェリフィアは俺が選んだ妻なんだ。当然でしょう?」



「……っと、話を戻そうか。俺たちの目的は黒竜侯らによる武器の密輸出の阻止だ。そのために情報局と陸軍の協力を仰ぎたい」

 当たり前のようにお似合いだの特別だのと言って盛り上がる二人の横で羞恥していたチェリフィアは、咳払いと共に話を戻したマクレスの言葉に顔を上げた。

 先ほどまでとは一転、真剣な顔を見せた彼は、まっすぐにコライトを見つめている。

「あーうん。そうだったな。とりあえず局長おやじに話してみるから、詳細を聞いてもいいか?」

「密輸出が行われるのは一週間後。場所は王都の南にあるドナレア川のポートリア港だ。どうやら彼らは貿易と称し、ドナレア川を通って街々に商品を卸しながら、黒海で北の帝国と待ち合わせているみたいだね」

「なるほど周到だな。まー確かに、欧州国際連盟が発行した貿易許可証がありゃ、国境を超えるのは簡単だもんなぁ~。よしじゃあ局長説得……と行きたいんだが、一つ不安要素があんだわ」

 すると、マクレスの言葉に頷いていたコライトは、いつもの軽快さを潜めるとそう言って頭を掻いた。

 そして、身内の恥だと云わんばかりに声を小さくして、内情を告白する。

「実はよー、陸軍の中にも黒竜侯に繋がってんじゃねぇかって噂の奴が何人かいるんだ」

「!」

「もしそれが事実なら、話すわけにいかねぇじゃん? かといってどう見極めたらいいか……」

 薄茶色の髪をバリバリと掻きながら、コライトは困ったように呟いた。

 確かにこれまでも決定的な証拠を掴ませなかった黒竜侯だ。

 軍や警察の内部に秘かに協力者を作っていたとしてもおかしくはない。


「……ならば、私が声を聞いて見極めましょう」

 すると、唸り続けるコライトに、チェリフィアが恐る恐る声を掛けた。

 緊張した面持ちで両手を握りしめた彼女は、自ら共感覚のことを話し出す。

「私なら、声を聞くことで色からおおよその感情を把握できます。もし、この計画阻止を陸軍の皆さんにお話しする際、一人一人の意見を聞く体で声を聞ければ、見極めは可能かと」

「……!」

「あ、その、もし、私でよければ、ですが……」

 驚いたように自分を見つめるコライトの視線に声を先細らせたチェリフィアは、つい俯くと強く手を握りしめた。

 共感覚を否定されなかったこともあって、つい意見を出してしまったが、勝手に色を見られていいと思う人なんていないだろう。

 やっぱり撤回した方が……。

「いいじゃん、それ! 白薔薇ちゃん天才!」

 心が萎んでいく寸前、ぱちんと手を叩いたコライトは、響くような大声で言った。

 途端、辺りを憚るように目をきょろきょろさせた彼は、音量を下げつつ言葉を続ける。

「じゃあ俺明日局長たちに話に行くからさ、一緒に来てくんね? ……あ、もちろん、マクレス同伴でもいいぞ!」

「なんだかついで感が否めないけれど、あんなところに彼女一人で行かせるわけないでしょう? 俺も行くよ。だから一緒に頑張ろう、チェリフィア」

「は、はい! ありがとうございます……!」


 笑顔で話を受け入れてくれた二人に、チェリフィアは微笑むと頭を下げた。

 今までずっと隠してきた共感覚がマクレスやコライトの役に立つかもしれない。そう思うと嬉しさに涙が出てきそうだ。


(絶対に見極めて見せるわ。私には色が分かるのだから……!)

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