5話 彼をどう思ってるのか分からないというありふれた話

 厚地は覗きができることをバレる前にスキルの内容を誤魔化すことにした。


「甘栗さんにはバレてしまいましたし、スキルの説明をしますか」

「あ、気になる。何ですか、このスキル」

の中に入ることができるというユニークスキルでして、俺は戦闘能力は皆無ですが、このスキルで仕事をこなしている訳です」


 床の中にも潜れることは言わず、あくまで壁の中に入れるスキルだと説明する厚地。

 厚地だけなら半無意識で足場が作れるのだが、甘栗の分の足場、それもG.Lグランドラインより下には作れないという自分から作った縛りで、頭の中は大変なことになっていた。


「先輩、大丈夫ですか?」

「ええ、いつもより体積が大きいからか少し疲れますが、平気です」


 一階層ボス部屋に到着。

 壁を通ったため、いつもより時間がかかった。厚地が床を通る理由は覗きのためではない。直進できるからだ。そもそも、スカート履いてダンジョンに入る探索者も少なく、意図しての覗きは基本できない。たまにダンジョン内で盛ってる連中が目に入るくらいだ。

 二人はなんの問題も無く、二階層のセーフティエリアに辿り着いた。セーフティエリアに入り、厚地が手を離す。甘栗は名残惜しそうに握っていた自分の軍手を見た。


「先輩はなんで探索者やらないんですか?能力を活かせば、遺品捜索依頼部門トップ!みたいに強さ以外のところで目立てると思うんですけど」

「目立ったらどうなると思います?」

「ちやほやされると思います」

「ちやほやされたらどうなると思います?」


 甘栗は少し考えてから答えた。


「…妬む人が出るかもですね」

「妬む人が俺を脅し、俺のスキルの情報を手に入れたら、俺をどうすると思います?」

「…分かりません」

「俺も分かりません」

「何だったんですか、今の時間」

「何されるか分からないということです」


 厚地が本気になれば、どんな状況からでも『異次元収納』に冬籠りできるのだが、わざわざ言う必要は無いだろう。


「これがスキルを隠しておいた方が良い理由と俺が探索者にならなかった理由です。弱くて便利、これ以上に使い勝手の良い道具はいませんしね」

「闇が深いんだね」

「はい」


 実は厚地、かなり焦っていた。機会が少なく、覗きタイミングは基本無いが、どのダンジョンでも確実に覗ける場所があるのだ。

 厚地以外で、危険なダンジョンの安全地帯で働く人々、受付嬢達。

 受付下はギルドの女性制服であるロングスカートの内側、佳景を楽しむことができる眺望スポットだ。

 だが、そこに着いてしまえば、不可抗力だとしても覗きができることがバレるだろう。覗きがバレれば普通に通報ものだろう。だからこそ、厚地は冷や汗ダラダラで必死に説得していた。


「そろそろ観光してきたらどうです?」

「先輩に付いてれば平気です」

「俺は貴女がとても心配なんです。下にいる人達を見たでしょう?あんなにガッチガチの鎧を着た人達よりも下の階層に行くんです。緊急時、俺一人ならスキルでなんとでもなります。ですが、甘栗さんは守りきれません。俺は甘栗さんに傷付いて欲しくない。どうか願いを聞いてくれませんか?」


 甘栗の肩を掴み、眼で真剣に訴える。


「ああ、すいません。これ、セクハラですね」


 厚地は肩から手を離す。とても演技とは思えない、普段厚地が見せない人間らしい表情。

 甘栗は顔を紅潮させた。


「正直、そんな真剣に私のことを考えてくれてるなんて思ってませんでした。先輩に不安をかけないためにも私は人足先に大阪観光してきます!」

「では、下の階層から階段を上れば、ボス部屋の前に出ます。原理は不明ですが、そういうものです。一階層はスライムしかいませんでしたが、気を付けて帰ってくださいね」


 厚地は額の冷や汗を拭いながら、手を左右に振る。


「あっ、先輩!最終日に予約したお好み焼きのお店で集合ですよー。先輩に伝えなきゃいけないことがあるんで絶対に来てくださいよ!」


 元気よく手を振る甘栗を見て、バックレたらどうなるんだろうと思う厚地だった。



 何事もなく仕事をやっつけ、大阪を観光し、最終日。お好み焼き店に着いた厚地。

 先に店に着いていた甘栗はもう呑んでいた。


「あっ、こっちです。先輩!」

「お好みミックスで」

「はい、かしこまりました」


 甘栗のほんのり朱が混じっている顔からも酒を飲んだことが分かる。


「先輩、訊きたいことがありまして」

「何ですか?」


 甘栗はまっすぐ厚地の目を見つめ、少し溜めた。


「付き合ってくださいって言ったらどうしますか?」


 厚地は悩む素振りも見せず、訊かれる前から決めていたかのように答えた。


「すみません」

「理由を…聞いても、良いですか?」

「俺、貧乳派なので」


 厚地はいたって真面目な顔で答えた。

 甘栗は虚を付かれた表情をし、一拍置き、笑いだした。


「あははっ、無理だったかー!実は、二階層の階段を上るときに言った「伝えたいこと」っていうのはですね?私、ダンジョンで先輩を惚れさせられるか試してたってことですよー。会社の先輩方に邪魔してくるって言いましたしね」

「そうなんですね」


 想像より驚いていない厚地を見て、不満げな顔をする甘栗。


「あれ?もしかして、気付いてました?」

「いつもの甘栗さんと違うなとは思いました。でも、凄い演技ですね。女の人って怖い」

「バレちゃってましたかー!!」

「あっ、すいません。ちょっとお手洗い行ってきます」

「あははっ、いってらっしゃーい」


 厚地が去り、テーブル席に一人になると、甘栗は笑いをピタリと止めた。


「おっ◯いって小さくなるのかな」


 彼女はどこからが演技で、どこまでが本心か。彼女が彼に抱いている気持ちは何なのか。それは甘栗本人も知らない。

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 すみませんとすいません。すいませんはすみませんの発音がしにくいから生まれた話し言葉的な奴です。厚地は今回、一度だけすみませんと言いました。そこはどこでしょう。それはどこの場面でしょう。

 半無意識で足場が作れる→スマホを見ていて側溝に足を突っ込む。階段の最上段でまだ上れると思って、足を高く上げ、踏み外す。人は普段から自分が足を出したところには地面があると無意識に思っていると思います。そんな場所に足場を作るのが、半無意識の足場創造です。この「半無意識」に外れた、足場の高さ調整や勾配、階段の創造には桁外れの集中力が必要なのです。

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