4話 男女が二人きり、静かで邪魔の入らない場所というありきたりな話
「登録終わりましたー」
甘栗はしたり顔で厚地に近づく。
「どんなスキルだったと思います?分からないでしょうね。ヒントをあげます。私にぴったりのスキルです」
「あまりスキルは人に教えない方が良いですよ」
「良いから答えて」
「うーん、『猪突猛進』?」
厚地は手に顎を乗せ、少し考えてから答えた。正誤は甘栗が唇を尖らせている様子から読み取れる。
「違います~!!正解は『統率』です!」
「似合わないですね」
「うるさいですよ」
頬を膨らませ、プンプンしていた彼女だが、セーフティエリアの出口、ダンジョン一階層真の入り口の前に立ち、気を引き締める。
「これから命のやりとりをするんですもんね。気を引き締めないと」
厚地は何言ってんだこいつという目で甘栗を見るが、おかしいのは厚地の方である。
甘栗は神社の鳥居のように一礼してからくぐった。
厚地は歩きながら甘栗にダンジョンのマナーなどを教える。そして、甘栗のスキルについての説明を始めた。
「『統率』はチームのステータスを高めるスキルです。スキル所持者との信頼が高いほど倍率は高くなります」
「先輩ってこんな一スキルの内容まで覚えてるんですか?すごーい」
「ダンジョン歴は長いですからね。『統率』スキルには若干の催眠といいますか、命令を聞かせるという能力がありまして、それで過去に事件が起こったりしたんですよ」
「…!先輩、命令です。お姫様抱っこをしてください」
甘栗が一歩下がり、手を広げる。
「俺はMINDの値が高いので効かないですけどね」
「命令です。忘れてください。」
「かしこまりです。ところで、甘栗さん、武器は持ってきてはいないのですか?」
「えっ?先輩も持ってないじゃないですか?」
「俺は収納スキルがありますので」
「じゃあ、先輩の予備の武器くださいよ。深い層まで潜ってるってことは強いんですよね!なら予備もたくさんありますよね?」
厚地が『異次元収納』を確認すると、武器は五つあった。ダンジョンで戦死した探索者の遺物だ。
「ただの鉄の剣ですが…」
「えっ、何です?そのどす黒くてオーラを放ってる剣。妖刀ですか?」
甘栗は霊感があるタイプだったらしい。
厚地は剣をスッと仕舞い、軍手を甘栗に投げた。
「では、参りましょう」
「私の武器は…」
厚地は「一階層なら武器は不要」と言い、ごり押しで進んだ。
「あそこにスライムがいるでしょう?殴れば倒れます。このように。剣の錆びにしかならない雑魚です」
厚地がスライムを三回蹴ると、スライムは煙を出し、倒れた。
試しにと甘栗が蹴ると、一回で倒れた。
「······こほん、甘栗さん、そろそろ大阪観光してきては?ギルド登録をして、モンスターを倒しました。見学·体験はもう充分でしょう?」
「うち、トイレの会社なんですが?トイレが出てきてませんよ?先輩、何か隠したがってたりします?」
厚地が隠したいのは、ユニークスキルの所持、ユニークスキルの内容…などではなく、ユニークスキル使用時の視覚情報だ。要約すると、覗き行為をバレたくないということだった。
厚地は背中から壁に飛び込み、腕を突き出し、親指を立てた。
「I'll be b…」
「ちょ、せんぱ、どうなっ、はっ、ちょ、まっ、えいっ、」
甘栗が慌てて厚地の親指に飛び付き、親指が外側に曲がる。厚地は声にならない叫びを上げ、反射で腕を引き戻し、親指を確認する。親指には手がくっついていた。甘栗の手だ。
甘栗がダンジョン内(物理)に入れるのはスキルのバグなどでは無く、スキルの仕様だ。
「先輩、来ちゃった」
厚地の親指を両手で包み、上目遣いで厚地の顔を見つめる甘栗。
「はぁ、早く入った方が良いですよ。今の甘栗さんは状態異常:壁尻なので」
「先輩っていつもそうですよね…!私のことなんだと思ってるんですか!?」
甘栗はプリプリしながら、「お邪魔しまーす」と言い、下半身も壁の中に入れる。
「女友達」
「同僚よりは上だ。嬉しい!」
「とりあえず手を離して貰っても良いですか?」
「手離したら私潰れちゃったりしません?」
それは当然な不安だと思った厚地は、とりあえず恋人繋ぎに手を繋ぎ直し、親指の平穏を確保した。
「…。見てみましょうか」
左手で『異次元収納』からメモ帳を取り出し、一枚破って、手を離した。
一枚のメモ用紙はダンジョン壁から弾き出されたが、シワ一つ無かった。
「軍手さえ無ければ…軍手が無ければ…軍手が…」
「甘栗さん?見てます?見ての通り、安全そうですね」
「でもでも、これじゃ弾き出されちゃうじゃないですか」
「このスキル『ダンジョン移動』の対象は俺と、俺に触れているもの、俺に触れているものに触れているもの、…、気体とダンジョン以外が対象になります。もし最深部·危険なところで、手を離した場合大変なことになってしまいます。大事が起こる前に研修は辞めにしましょう」
「それ、私が手を繋いでれば問題無くないですか?」
「それは…、そうですね」
この時、厚地はすぐに反論が思い付かなかった。
「さあ、行きましょう」と、厚地の背中を押し、甘栗は先を急かす。
「そういえば、さっき私を女友達って思ってるって言いましたけど、甲先輩のことも男友達って認識だったりしません?」
「えっ、まあはい、そうですね」
「上司部下はしっかり分けて考えないとダメですよぉ」
「…そうですか。では、行きましょうか、甘栗さん」
「あれ?ちょっと距離を感じる。厚地さん?私は女友達として接してもらって大丈夫ですよ!」
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死んでしまった探索者の死体は食い荒らされ、魂はダンジョンに養分として吸引されるが、悔やみきれない怨念は生前使っていた物に宿ることがあるという。
さらっと流したステータスのMND(MIND)。ゲームでは魔法防御の役割をしていますが、この世界では精神攻撃耐性やデバフ耐性を表します。魔法防御もVITが担います。
厚地は生まれつきこの喋り方なので、変な敬語があっても気にしないでください。長年の癖です。決して作者のミスではありません。演出です。
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