第7話 村田君の初恋と二度目の恋

中学生の時、恋をした。その相手はよく笑う元気でかわいらしい、皐月という名前の女の子だった。


「ねぇ、君ってさ何部なの?」

初めて好きになった人、いつもその人を考えてしまう、どうやっても付き合いたいって思うようになって、攻め始めた。


「それでさー昨日のアニメのー」

などと好きな人の好きな話題を持ち込んではなるべく長くその人と話せるように工夫した。


「ねぇ、連絡先教えてくれない?」

「んーいいよ?」

勇気を出して連絡先を聞いて、そして”いいよ”って言われたとき、飛んで跳ねそうなくらいうれしかったんだ。


それから彼女とどきどきしながら連絡を取り合って、あっちから返事が来たら胸が躍ったり、彼女のトゥイートを逐一確認したりして、本当に楽しかった。あの時までは………。


「あのさ、明後日の土曜日彼氏と遊びに行くんだけど村田も来る?」

「え?」


その言葉に俺は唖然とするしかなかった。だってそうだろう?いつも女友達と帰っていたし、休み時間中も女の子としか話していなかった、だから彼氏はいないと思っていたんだ。


だけど彼女には彼氏がいた、まさかこんなにあっさりと告げられるとは思わなかったけどな、案外人間ってのは悲しい出来事が起きても冷静でいることができるという事をこの日に知った。


「あははごめん、その日ちょっと予定があったわ」

「んーそ、じゃあしょうがないか、村田のこと紹介しときたかったんだけどな」

「いやいや、ほんとすまないねー、んじゃあ俺もう行くわ」

「お、うん、じゃあねー」

「おう、じゃあね」


笑ってごまかした、今にも舌を嚙み切って死にたいくらいくらいだったけど、死ぬ気で耐えてその日はなんとか乗り切った。


彼女にとって俺は男として見られていなかったらしい、連絡も続いて結構うまく話せるようになっていたのは俺がただの友達だったからだろう。俺は勘違いしていただけだったんだ。


「う、う、うぅぅぅぅっ!!」


彼女が見えなくなるくらいまで離れた後、俺はうずくまって泣いた。情けなく、弱々しく、醜いくらいに顔をゆがめながら泣いた。


それからの日々は辛くて、彼女を見る度心が心がきゅっとして、毎日吐き気がするようだった。


まさに失恋というやつを体験した。


「ねぇ村田、明日は空いてる?」

「え、あ、いや、空いてないかも」

「………そ」


その後も何回か皐月は俺のことを誘ってくれたが、俺はそのすべてを断った。次第に俺と皐月の関係は冷めきったものになっていくようになっていった。


分かってる、俺が悪いっていうのはわかっているんだ、勝手に近づいて、勝手に離れて、俺のしょうもないプライドを守ろと必死で彼女を突き放した。


俺達の関係は改善されないまま中学校を卒業した。


そしてもう好きになった人にアタックなんかしないと、友達にもならずただ眺めているだけでいいと決めたんだ。


そんな気持ちを高校に持ち込んで、なるべく女子のことを好きにならないように過ごしていたとき、とんでもない美少女がいることを知った。


「森さーん、今日は暇ー?」

「んーごめん今日もちょっと予定あってさ」

幾万もの男が彼女によりついていた。


名前は森房菜、学校中の男子が目を引くような美少女だった。


確かに顔はかわいいし、スタイルもいい、どこまでも完璧な美少女、けど俺にとってはそれだけの存在だった。


何もかもを与えられた幸運な存在、むしろ俺は彼女のことが嫌いまであった。


その感覚が変わったのはちょっとだけで帰り道を変えた日のことだった。


森房菜は数人のチャラそうな男子とギャルっぽい女子達と一緒にいた、そのノリと様相はまるで合コンのようだった。


その様子を電柱の影に隠れてうかがう。

「じゃあ今日はありがとうね、森さーん」

「こんな美少女と連絡先交換できるなんてちょーラッキーだぜ」

「ちょっとー、私達もいるんですけどー」

ギャルっぽい見た目の金髪の女が頬を膨らませて不機嫌そうに言う。

「あははーごめんごめん」

「じゃあ今日はこの辺でお開きにしとくか」

「そうだな、いやほんと森さん、今日は楽しかったよ」

「あはは、それはよかったです」

チャラそうな男の一人に一気に近づかれて森さんは気まずそうに笑った。


「それではまた会おうねー」

「じゃあねー森さん」

「あ、はい」

ちゃらそうな男が手を叩きその場を締める、その後男達は去っていき、残ったのはギャルたちと森さんのみ。


けどその雰囲気は男達がいたときはくらべものにならないほど冷めきっていた。


「ねぇ、これ、からっ、どうする?」

森さんは声が上ずっているからきっと勇気を出したのだろう、腕も震えている。それでも口に出した。


その森さんの姿を見てこの合コンのような場所に森さんが来た理由がなんとなくわかった、おそらく彼女は合コンの名を借りてあのギャルたちと友達にでもなりたいのだろう。


「え?森は帰れば?あーし達はこっからタピオカ飲みにいくから」

「ねー、じゃあね森」

「え、でも………」

「あんたはもう用済みってことだよ、察せよ」

突き放すようなその物言いに森さんは唇をかみしめる。


「………じゃあ一緒に遊ぼうってのは?」

「あんなん口実だよ馬鹿が」


あまりにも冷たいその返答に森さんはたじろいでいる。そうだ、あの反応を見るに彼女たちギャルは多分あの男達と関係を築くためだけに森さんを利用していたにすぎないのだろう。


それにしてもひどい、ここまで冷徹な人間がいるとは思わなかった。


「あ、うん、そう、なんだ」

「そういうこと、じゃあね」


スカートのすそをつまんでどうにか泣くのを我慢している森さんを見ていると心が締め付けられた。


「きゃはははっ、あいつまじで馬鹿だよなー」

「ねー」


二人のギャルが俺がいる電柱の方へ歩いてきたため、対角になるように隠れる。


「あいつ、ちょーし乗りすぎだったかんな」

「まじそれ、友達いないからって必死すぎておもろかったわ」


「っつ!!」

無性に腹が立った、けど何かを言ってやる度胸は俺にはなかった。本当に情けないと思う、それでもおびえる足が行動に移させてくれなかった。


男らしい所など見せられず俺はその場を後にした。



「………くそ」

そう言葉を漏らし、川沿いの道を小石を蹴りながら歩く。何もできなかった自分になにより腹が立っていた。


「クッソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

すると高架橋の下から反響された女性のものらしき声が聞こえた。その怒号に反射的に体がつい震えた。


「え?」

気になった俺は恐る恐る、高架橋の下におり、そこにいる人物を視認する。そこにいたのは意外な人物だった。

「なんだよっ!私だって、わかってたよ!利用されてるって!!けどそんなの信じたくないに決まってんだろおぉぉぉ!!私が何したっていうんだよ!!私が!!私がっぁぁぁぁぁ!!私が、、、お前らに何かしたのか?なら謝るから、だから、だから私を、一人にしないでよ………」

完璧であるはずの美少女に完璧ではない一面がそこにはあった。


「あぁぁぁぁぁぁっ!!」

一人泣き崩れた彼女は川の浅瀬にある小石を拾い、力強く投げた。


同性からの嫉妬、その感情は怒りなんていう表面化して現れるものよりもたちが悪い感情だ、遠くからチクチクと相手の嫌がる行為をしたくなってしまう扱いづらい感情でもある。


そんな感情を俺達のようなガキがうまく扱えるはずもない、そうこれは仕方のないこと、美少女なんだから嫉妬されていじられるのは当たり前のこと、それがこの世の原理なんだから。


「うぅぅぅ」


森さんは両手で目をふさぎ涙がこぼれるの防ぐ、そこには彼女の気高さが垣間見えた気がした。


だけど、もしそうだとしても俺はそんな理不尽を見ていたくはなかった。


変えようもない世間の原理だけど、それでも今の俺には彼女を元気づけることが出来るはずだ!


「しゃおらぁぁぁぁぁぁぁっ!」

俺は川に向かって衣服を脱ぎながら走り出し、着水する頃にはパンツ一丁になっていた。


「ふえ?」

彼女の気の抜けたその声を最後に俺は頭のネジを一つ飛ばした。

「じゃあおらァァァァァァっ!」

俺は川の浅瀬でドラミングをしたり、水面を思い切り叩いたり、とにかくハチャメチャに暴れ回った。


森さんがとにかく元気になるように、誰よりも元気な俺を見せる。


「ぶひゃひゃひゃひゃ!!ウホウホウホッ!」

川にいたザリガニとプロレスをしたり、魚を手づかみでとってからゴリラの真似もしたりした。


「はぁはぁはぁ、はぁ!」

ある程度暴れ回り、疲弊しきった所でやっと森さんの方を見る。


·····彼女はなんとも言えない顔をしていた、その表情は俺を怪しむものと捉えることもできるし、サイコパスのようなものを見る表情とも捉えることが出来た。


まぁつまりあまりいい表情ではなかったってことだ。


「はぁはぁ、は!?」

遅れながらに来た、羞恥心により、俺はすぐに川から上がった。


「や、やば!」

慌てるようにズボンを着て上着を着る。びしょ濡れの体に衣服をつけたことによって気分は最悪だった。


「あの··········」

「は、はい!?」

そこで森さんから声をかけてきた、今までの醜態を見られていたと思うと目も合わせられず上擦った声で答えてしまう。


「ありがとう、元気でてきた」

その言葉を聞いて彼女の顔を初めて真正面から見た。


きめ細やかで真っ黒な髪に、大きくてきゅるんとした可愛い瞳、少し濡れた唇は妖艶に揺れている。


そして何よりも歯を見せた快活なその笑い方が可愛かった。


多分この日が俺が森さんを気になりだした日なんだと思う。












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