第6話 森さんは触りたい?

朝のショートホームルームが始まる前の教室の前の廊下、そこで森房菜と十勝優香の二人は対面し会話をしていた。

「ねぇ優香、きもいとか言わずに聞いてほしいんだけど、私ね村田君に触りたいのかもしれない」

「え、きもい」

優香は容赦なくその言葉を言った。

「……言わずにって言ったのに」

ちょっと傷つきながらも房菜はこの件に関して否定できなかった。


「で、今度は何でそう思ったんだよ」

優香は毎度のことだと思い、話を本題に戻す。

「昨日ね、アニメみてたらヒロインが結構主人公のこと触ってたのね、それをみてたら私ね、あのサラサラで綺麗な髪をなでてみたいし、立派な鼻に指をつんってしてみたい、んだ、って思っちゃったんだけど………ちらっ」

横目で優香の反応を見ながら喋る房菜はさしずめおびえた猫のようだった。


ちなみに彼女が昨日見たアニメとはラッキースケベが多量に含まれたちょっとおませさんなアニメである。


「はぁぁぁぁぁぁーほんと、もうっ」

優香は前髪をかきあげ天を仰ぐ、今回も面倒な役目を任されそうという予感に辟易としていた。

「わーったよ、私は何すりゃいいんだ?」

「はぁぁー、ありがとーーー優香ーーーー!」

「おっ、ちょっくっつくな!!」

涙と鼻水を流しながらくっついてくる房菜を力ずくで引きはがした。


「はぁたくっ、やるからにはちゃんと計画を練るぞ」

「もっちろん!!」

今日も今日とて森さんのかわいい(?)たくらみが行われようとしていた。



十勝優香と森房菜が廊下で話している中、その姿を眺めながら村田はいつも通り目の前の席に座る城前に話しかける。

「なぁ城前」

「んーなんだー?」

「俺はもしかしたら森さんから好意を寄せられているかもしれない」

3日前のこと、”答えはまだ秘密だよっ”と言われたときのあの表情としぐさは普段森房菜にはないもの、彼がそう思ってしまうのも無理はない。


ここで城前は思考する。

(そうかこいつ、自分が森さんに好かれていると思っているんだな、可哀そうなやつめ、森さんが好きなのが俺だということを知らずに………)

この男、城前連は自分こそが森房菜の好きな人だと勘違いしている。その理由は房菜が城前に話しかるとき、ありえないほど顔を赤くしていたからだ。


だが本当は房菜はただのコミュ障で赤くなっていただけであり、恋愛感情はかけらもなかった。


そのため可哀そうなのはどちらかというと城前の方なのである。


しかし今の城前はその仮初の好意によって優越感に浸っていた。


「あぁまぁそうだな、頑張れよ、私は応援していますからね」

「仏の顔!?」

城前の余裕からくるアドバイスであった。だが事実を知っている者から見たら城前の姿はあまりに滑稽であった。


などとふざけあっていると二人の頭上に二つの影が差しこんだ。


「よぉ村田」

見上げるとそこには十勝優香が見下ろしていた。

「ん?なんだ優香じゃん、もう一人は………森さ、ん?」

「ん、おはよう、村田、君」

「あ、うんおはよう」

優香の背中の後ろでおびえたリスのように隠れる房菜を村田は背中を曲げて視認する。村田の胸が跳ねる音がした。

「ふーやれやれ、こんな人が多い所でアプローチをしようなんて困った猫ちゃんだ」

勘違いしている城前は謎のキャラでどこからともなく取り出したバラを房菜に向かって投げた。


「ん、なんだこれ」

だがそのバラの花は優香に邪魔者扱いされ、悲しくも地面に落ちた。

「………」

城前は表情には出さずとも頬を濡らした。


「それで、なんの用?」

「いやさ、ゲームしたいなって思って」

「ゲーム?」

「そう”物を見ずに物を当てろ”ゲームさ」

「「物を見ずに物を当てろゲーム?」」

優香はランドセルが丸々一個入れるほどの大きさの箱を手に笑みを浮かべた。


物を見ずに物を当てろゲーム!!


このゲームはテレビのバラエティ番組でよく行われるものでルールは箱の中にかえるやこんにゃくを入れて箱の中に手を入れた参加者は様々なリアクションをしながらその触っているものを当てるゲームのこと。


一見するとただの娯楽のようなゲームであるが、こと恋愛にこのゲームを持ち込むと、それは強大な切り札となる。


なぜならこの中に自分の好きな人を入れれば合法的に好きな人を触れるからである。


これを十勝優香は狙っていた。


「さぁさぁやろうぜー」

優香のその笑顔は表面的に見ればただのかわいい笑顔だがその心の奥底には打算しかない。

「んーまぁ別にいいぜー暇だし、城前は?」

「まぁ俺もー、いいよー」

男たちは暇だった。


「よし、んじゃあ最初は城前な」

「了解だー」

ゆらゆらとした不規則な動きで席を立ち、箱が置かれている机の椅子に座る。


「では意気込みをお聞かせください」

優香はおもむろにポケットから取り出したカプリコを城前の口の前に持っていき、司会の真似事をする。若干キャラが変わり始めている。

「そうですねー、自分はいつもバイトばかりなので今回の機会を棒に振らず自分を出し尽くしたいと思います」

「すごいやる気を感じますねー、では始めましょう第一門!準備はよろしいですか?」

「おーけー」

優香は箱に何かしらを入れた。


第一門!皆も城前の反応を見て何が入ってるか当ててみてね


「んーこれは、なんだ?やわらかい?」

触ればへこむようにその物体は柔らかかった。


「いややわらかいどころじゃない、これは握りつぶせるぞ」

少し強めに握れば物体を挟んで指の感触がある。


「ん?それに若干水っぽいか?」

握れば握るほど城前の手には水っ気が増えていた。


「弾力もすごい、ふむわかったぞ!」


「よしそれじゃあ答えは何かね」

優香がそう聞くと城前は自信たっぷりの笑顔を浮かべて口を開く。

「答えはスライムだな」

「「おー」」

的確に物を当てて見せた城前に対してやる気がない拍手を送り、城前を称賛する。


「まぁこれは簡単だったか、じゃあ次だ、村田!位置につけ!」

だんだん楽しくなってきた優香は体を揺らしながら、びしぃ!という効果音がつくのではと思うくらい強烈な名指しをした。


「よし、準備オーケーだ」

「では意気込みをお願いします」

城前と同じようにカプリコを村田の口の前までもっていき聞いた。

「そうですねー、自分はこの日のために頑張ってきたので、全員なぎ倒していきたいと思います」

「………なんのキャラだよ」

司会キャラを忘れ優香はつい突っ込んでしまった。

(かっこいいわ、村田君!!!)

どこにかっこいい要素を感じたのかわからないが房菜的にはかっこよかったらしい。


「では始め!!」

優香の掛け声とともに村田は勢いよく箱に手を入れた。


第二問!!


「こ、これは、なんだ?硬い、棒か?」

こねくり回すようにあるものを触りまくる。

「違うただの棒じゃない、突起がある?」


「それに突起の部分が、これは円?いや球体?」

その物体は無機質ながらも先端には半球体のようなものがついていた。いや球体というより先端が丸まっている円錐といった感じだ。


「それでいてこの棒の圧倒的存在感!」


どうやら村田は気づいたようだった。


「もろたで十勝、答えはちん………はっ!」

ここで村田、房菜がじっと自分を見ていることに気付く、その不安気な瞳を見ていると、最後の文字が口から出せなかった。


「んーーー?どうしたんだい、答えはなんだね村田君」

優香が煽るように耳を村田に寄せてくるところを見て、村田はもう一度考え直す。


(この顔、もしや十勝はこのワードを言わせようとしているのか?ならばきっと答えは違う、であれば一体なんだ?)


もう一度箱の中の物体を触りなおす。


「ん?これはすじか?、すじのようなものが等間隔で刻まれている」


ここで村田、男のあそこを選択肢から削除。


(しかし、さらに難しくなったぞ、一体答えは………)


村田は今までの情報を整理する。

棒のようなもので先端には先が丸まった円錐がついている、さらにその円錐には等間隔にすじが刻まれている。


村田がこの情報から導き出した答えは!!


「そうか、答えは”100倍スケールきのこさんの山キーホルダー”だな!!」

「ちっ、正解でーす」

「しゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

想定していた答えを引き出すことができず、明らかに不満気な優香に対してその場でシャドーボクシングをする村田、そこには勝者と敗者の関係があった。


「それじゃあ次の問題にいくから房菜は目を隠してー」

「りょうかーい」

「「?」」

優香がそう言うと、房菜はそこらへんで売っている安っぽいレジ袋をなんのためらいもなく被った。


無論二人はなんのことだかわからず首を傾げた。


「よし、うんじゃあお前これ被れ」

「あーー、そういうことね」

優香から渡された箱には一つだけ顔が丸々入るくらいの大きな穴があった。それを見た村田は瞬時に自分が触られる側になるのだと察した。


「なんの仕掛けもねぇって」

「いやお前のことだ、何かしらの罠がありそうで仕方ないんだよ」

村田はその箱を様々な角度から確認し若干疑いはしつつも恐る恐る被る。


そして優香と城前に介護されながら立っている房菜の前の椅子に座った。


「よし房菜、さわっていいぞ」

「よし来た!」

(よし来た?)

房菜のその言葉に疑問符を浮かべる村田。


(にしても森さんに触られるのってなんか、こういいな………)


などとのんきなことを思っていた村田、だがこの考えは触られ始めてから数秒で決壊した。


(え、いた、、え!?痛い!!、痛い痛い痛い痛い!)


他人に顔をいじれれるという恐怖、その不快感は尋常じゃない、触られまいと頭を動かしてもその範囲は狭く、悪魔の腕は的確に村田の顔を触ってくる。


それもただ触るだけじゃない、毛穴の汚れが出てくるのではないかと思うほど強い力で触ってくるのだ。


(え、無理無理無理!早く終わって!!)


苦悶の表情を浮かべる村田に対し房菜は幸せそうに口角を上げている。


(あぁ、これが村田君の鼻か、すごい全然べとべとしてない、うわっこれって髪かな?すご!すべすべだ!これはく、ち!?)


彼女にとって初めて触る男の子この口、それは湿っていないし、むしろ乾燥していて、ちょっと意外だったりする。


流石に気が引けたのか、唇を触るのを止め別の場所を執拗に触りまくる。


この女ルールという肩書きに守られていれば最強である。


そして五分ほど触られっぱなしの村田であった。


(もうやめでぐれぇぇぇぇっ!)


その後満足した房菜は難なく答えを言い当てた。



くだらない遊びは終わり朝のショートホームルームが始まる。

「よしそれじゃあ次の授業の準備しろよー」

俺は一人、顎が外れてないかの確認をする。うん大丈夫そうだな。


はぁ全く、あんなに触っても五分もかかるもんなんだな。普通だったらもうちょっと短くても·····


普通、だったら?


もし、森さんが俺のことを触りたいだけだったらあの時間にも納得が行く。


気になった俺は決して直視しないように横目で森さんを視認する。


横目のせいか森さんがどこを向いているかがよく分からない。


み、見たい!見たいけどやっぱはずいから見れない!


どうしようもないジレンマが俺を襲う。


そんな時だった。


「"夏の花束は君を好んで触るだろう"」


周りの雑多の音、先生の怒号、それらより明らかに小さい声量でも俺の耳元に確かに聞こえてきた言葉。


「森さん、それって·····っ!」

横を向いた時にはもう彼女はいなかった。


「なんだよ、もうっ」

また森さんの謎が一つ増えた。





今日の意味深ワード"夏の花束は君を好んで触るだろう"












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