第4話 森房菜の恋愛計画

「答えはまだ秘密だよっ?」

人差し指を潤った唇に当てた森さんは少し微笑んでいてすごく、可愛かった。


森房菜の態度はまるでどこかのラブコメのメインヒロインのような立ち振る舞い、だが!こんなに都合良く物事が運ぶことがあるだろうか!いやない!


では一体彼女は何をしたのか、時は昨日の夜に遡る。


「や、やばいよー優香ー」

「何、どうしたの?」

今日の学校で手紙の渡し方を間違えてしまった森房菜は逃げ出すように家に帰ってきたあと、部活帰りと思われる十勝優香に電話を繋いでいた。


「あのね、あのねついにあの計画を始めたんだ」

「え、あれ本気だったの!?」

「本気に決まってるじゃん!」

「まじか、あぁもう何やってるのさ」

森房菜は十勝優香の深いため息に対して疑問符を浮かべる、彼女は自分が今からやろうとしていることの気持ち悪さを理解していなかった、ゆえのこの表情なのである。


「もう、失礼だな、優香はこの計画のどこが不満なの?」

「全部だよ、全部!!!!」

「ぜんぶ?」

「当たり前だろ!なんだよあれ!意味不明な言葉並べ立てて最後には告白ってよぉ、キモイわ!」

「き、キモくないもん!」

椅子から跳ねるように飛び上がった森房菜はその場で地団駄を踏む。


「ほんと、あんたのその顔がなけりゃ引くレベルのキモさだ」

「ひ、ひどいよぉ」

「うぐ、ま、まぁあんた顔いいんだし、成功するんじゃない?」

明らかにトーンの下がった返答に何気に優しい十勝はついフォローの言葉を口走ってしまう。


「そうだよね!よーし明日からも頑張るぞー!」

「··········」

前向きになろうとしている房菜の声を聴いて少し腹が立った十勝優香は自室の真っ白な天井を見ながらあることを思いついた。それはそれは嫌味ったらしい笑みを浮かべて口を開く。

「村田の前の席に前田さんって女の子いるじゃん?」

「え、うんいるね」

「あの子、村田のこと好きって言ってたぞ」

「え、は、え?」

房菜の手からスマホがこぼれ落ち、一定時間目の前にあるアニメのポスターを見つめる。脳は停止され房菜は考えるのをやめた。


「·····それほんと?」

ようやく正気を取り戻し、絨毯に落ちたスマホを拾い上げ、座り直す。

「ほんとほんと、本人が言ってたんだから」

無論嘘だ、流れるように嘘をつくこの女は他人の恋愛に茶々をいれるのが趣味である。そんな時舞い降りた学年1美少女の恋事情、ならば何かしら言いたくなるのは必然、彼女はここから森房菜がどう動くのかだけが楽しみなのだ。


「ど、どうしよう」

彼女、森房菜にとって友達と言える友達は十勝優香しかおらず、十勝の言うことを信じやすい傾向にある、故にこのなんの根拠もない十勝の虚言を信じてしまったのだ。


「やばいよなーどうするー?」

口角をあげニヤニヤしている十勝の顔は対面であれば絶対に嘘と分かるほど醜悪な顔をしていた。

「うーんちょっと待ってて··········」


房菜はしばらく考え込むためにスマホを机の上に置いて部屋の周りを歩き始めた。


地面に乱雑に置かれた少女漫画、ベッドにほおり投げられているゾウの人形、部屋の中にある全てを隅々に渡って観察をする。


「あ·····」

そして彼女が見つけたのはあるラブコメ漫画、その漫画の内容はツンデレな少女がなんとか主人公である男の子の好感度を上げようと四苦八苦していくというもの、だが房菜が着目したのはその過程のモブキャラ達の反応である。


ツンデレなヒロインがとにかく頑張るものだからモブキャラ達のうちの主人公が好きだった奴らは手を引いていた。


「これだ!」


馬鹿である!この女、漫画の内容がその通りになるように思っている夢見がちな人間なのだ。


だがこの女には漫画から出てきたのではないかと疑うほどの美貌がついている、であれば漫画のような展開もできなくはないだろう。


それも計算の上でこの女はある計画を立てた。


「ねー優香、私ねいいこと思いついちゃったっ!」

「え」

「明日は学校に早く来てよねっ」

「えーーーー」

十勝優香は嫌な予感とともに深いため息を吐いた。



早朝の学校、まだ教室の中には誰もおらず静けさだけが漂っている。そんな教室のドアがおしとやかに開かれた。入ってきたのは黒い髪を腰まで伸ばした美女、森房菜と目を擦り眠たげな十勝優香だった。

「流石に6時は早過ぎない?」

文句を垂れながら十勝優香が口を開く。

「早寝早起きは三文の徳って言うでしょ?」

「私昨日のあんたの話で2時まで電話繋いでたんだけど·····」

「それは、その·····ごめん」

「それに今日私来る必要あった?」

「そ、それはー、そのー」

少しばかり不機嫌に眉をしかめた優香にビビり房菜は気まずそうに目を逸らした。


「まぁいいや、計画のことは昨日聞いたし、んじゃあ待ちますか」

「うんそうだね」

二人は各々の席に座り、雑談したりスマホをいじったりなどして時間を潰していく。そして時計の短針がちょうど7を指したタイミングで教室のドアが開いた。


「よーし、今日は一番乗りというやつだー、ん、あれ?なんだ先に来ている奴がいたのかー」


あいつの正体とはこの気だるげなタレ目をした男、城前蓮のことである。


この男、普段はバイトなどをして忙しい毎日を送っていて遅刻三昧ではあるが水曜日だけは新聞配達のバイトからの直通で早く来るのだ。


ではなぜそれを森房菜は知っているのか、それは彼女はいつも友達を増やしたいと考えており男子女子含めて全員分の日常データを頭に叩き込んでいるためである。


しかしそれを利用して話しかける勇気が彼女にはないため結局骨折り損になっていた。だが今日初めてそのデータが役に立った。


それでも彼女の人見知りが無くなったわけではなく、ここから城前蓮に話しかけ、さらにはある提案をしなければならない。それが彼女にとっての1番の難関であった。


「お、おはよう城前君」

「おー、おはよー森さんーそれに十勝ー」

十勝優香は手を少し上げるだけだった。


第一関門”挨拶"突破!


「あ、あのね私今日、ちょっと城前君にお願いが、あって·····」

「?、なんだー?」

「あの、それは·····あなっが前田さんの時間か、せぎっ、でっ」

簡潔かつ、早口な言葉は彼にはほとんど内容の意味は分からなかったが房菜の火照りきった頬とフィーリングで、あることが伝わった。間違った形で!!


(森、もしかして俺のこと好きなんじゃ………)


城前蓮がそう思ってしまうのも仕方なかった。そのあからさまな頬の赤らみはまるで好きな人としゃべるときのそれ、城前も通常ならばここまで単純な思考はしなかっただろうが相手は完璧美少女である森房菜、まさかただのコミュ障でこうなっているとは思いもしなかったのだ。


「いいぜー、俺はいつでもフリーだからよー」

(え、うれし、うれしすぎ!!ぶひゃぁぁぁぁぁ!!)


そして学年一の美少女である森房菜からのこの分かりやすい好意に城前はかなーりテンションが上がっていた。もはやいつもの自分を保つので精一杯である。


そして城前がそんなことを思っていると知らない房菜はその言葉を自分のお願いを城前は了承したと捉えた。

「ありがと!じゃあ村田君の前の席に座って前田さんが座りにくい状況を作ってほしいんだ」

「ふっ、了解した」

「ほんっとっ、ありがと!!」

「任せておけ、この城前蓮にな!!」


もはやキャラが変わってしまった彼はノリノリで房菜の計画に乗った。


これが城前が朝の時間に村田へ宿題のことについて聞くまでの顛末てんまつである。


そして房菜が他人に頼んでまでやりかたかったこと、それは………。

「あ、森さんおはよー」

「お、おはようございます」

この前田京子に対して話をつけておくことである。


「ありゃまー私の席使われてるーどうしよう」


誰かが自分の席に座っていれば座りづらいというのは明白なこと、さらに異性ともなればその難易度は爆増する!そして生まれるこの喋りかけやすい時間。


つまり城前蓮はこの時間を作るための布石、彼女の計画の重要な第一歩であった。


教室の入口で頭に手を当てて困り顔をする前田、その前田さんにしゃべりかけられず口をへの字に曲げ変な顔をする森房菜、しゃべりかけられず四苦八苦している房菜を見てため息を吐く十勝優香。謎の空間が教室の入口というとても迷惑な場所で起こっていた。


「うーんマタッチ達来てないし別の教室いこーかな」


窮地!!


男子にはなんとか喋りかけることができるがある理由で女子に話しかけるのには抵抗がある房菜、窮地に立たされてなおその一歩を踏み出せない。


「あ、あ、あ………」

「?、どうしたの森さん」

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あぁぁぁん?」

「え、え、えぇ?」


房菜、眉毛を50度ほど上げてメンチを切ってしまう。美少女からの唐突なメンチ、その迫力はまるで象のごときもの、ゆえにそれにおびえる前田。


「ご、ごめん私用事あ、あるからー」

「あ、ちょ、まっ」


房菜が手を伸ばしてもすでに遅い、前田はもう既に隣の教室に体が入っていた。


彼女はその美貌ゆえ話しかけられることは多い、そのため話しかけられれば話せるが自分からは話せないという陰キャ特有の性質を持っていた。


「あー、あー、どうすんのさ」

そのすべてを傍観していた十勝優香はただただ呆れるようにため息を吐くしかなった。

「う、うるさい、ダメならプランBに移行するだけなんだから!!」

「はいはい」


次の作戦その名も”村田君とがんがん話して私この人の彼女ですけどアピール大作戦!!!”


「別にその作戦に文句はねぇけどさ、あんたあいつに喋りかけられんの?」

「当たり前じゃん」

「当たり前ねぇ」


その房菜の鼻を伸ばした自信満々な態度に逆に不安になった優香である。



城前が席を離れるように目くばせをした後、なんとか村田から話しかけられようと口を開く。

「それでねー、昨日のドラマに出てきた俳優の灰崎涼太さんがもうすごいイケメンでさー」

「あれ?房菜ってドラマ観てたっけ?」

「うえ!?えーー、あ〜いや、見てたよー?」

房菜はドラマを実際は見ていない、だがなんか周りの人間がよくドラマの話をしているのを聞いていたため出た話題である。だがそんなことであっちから話しかけてくるはずもなく失敗する。


というかそもそも最初に言っていた自分から話しかけるということを諦めているというのがこの先の計画に暗雲をもたらした。


二限が終わったあとの休み時間

「あー、やばい、すごいトイレいきたい、行きたいなー」

「行けばいいじゃん」

「いや、そうじゃなくてー、誰かと行きたいの!」

「じゃあ私と行く?」

「優香じゃダメ!」

というか村田でもだめだろう、この女、自分が女であることを忘れてしまっている。


三限が終わったあとの休み時間

「いやほんと、このペンいいなー、可愛いなー」

「そうだねー」

「·····ぺ、ペン可愛いなー、このペン可愛いなー、誰かに見てもらいたいなー」

「はー私見てるじゃん」

「ごめん違うの!そうじゃないの!」


などとやっている内に昼休みを迎えてしまった房菜は階段の裏の用具入れの前で十勝優香と作戦の見直しを行っていた。


「し、仕方ないプランCに移行する」

「プランCってあれのことか!本当にやんのかよ!?」

「もうやるしかないでしょ!!」

「はぁ、たくっ」

自分への負担が急に重くなるこのプランCは正直言って優香にとってかなりめんどくさいものであった。


そして時は過ぎ放課後


「よし、ここで待っていれば」


房菜は一人で昇降口の下駄箱の前で待つ、今から彼女がやろうとしているのは前田京子へのマーキング行為ではない、目的は村田の好感度を上げることだ。


前田京子なんかに負けないくらいのメインヒロイン感を出すことが彼女の目的だったのだ。


「あ、村田君も帰るとこなんだ、わ、私もなんだー、よし!」

下駄箱に靴を入れて履き替えている生徒達に聞こえないような小さい声でしゃべりガッツポーズをする。


「お、房菜ちょうどいい所に、この紙運ぶの手伝ってくれ」

「せ、先生」

今日最大級のピンチ、目の前には多くの紙を持った先生、自分は完璧美少女森房菜、ここでお願いを断る選択肢など彼女にはなかった。


「て、手伝いましょう」

苦笑いながも彼女は職員室まで足を運んだ。


そして一人教室の前で立ち尽くす房菜。


(もう村田君は帰っちゃったよね?あーあー本当に私って意気地なしなんだから)


「馬鹿だなぁ」

頬を赤めらせ瞳に涙を浮かべる、けど決して地面に水滴は落とさないように上を見上げてこらえてみせる。


彼女にとって誰かに話しかけることはとても難しいこと、それでも彼女は恋をしてしまった、だが突然話しかける勇気など湧かず、いつも遠目で好きな人を見つめる日々、それが彼女の恋愛。


だから今日だけは頑張ろうと思っていた、でもダメだった、そんな彼女の心はもうボロボロだろう。いつもの前向き思考すら出す余裕が無いほどに疲弊しきっていた。


これが森房菜の片思いであったのならば彼女はこのまま負けヒロインにでもなっていただろう。


(ごめんね、優香私·····)

諦めたように真っ白な天井を見つめる。


だがもしも両思いであったのならば?


「·····森さ」

その頑張りが実を結ぶことがあるのかもしれない。

「·····村田、君?」


心臓が跳ねた音がした。今日一番の胸の高鳴り、今までの彼女なら喋ることなど出来ないだろう、でも今の彼女は違う。


教室内

「行ったか」

十勝優香は村田に発破をかけ房菜を追いかけるように言った後、一人教室の天井を見つめる。

「……頑張れよ房菜」

十勝優香は空に向かってそう呟く。


場所は変わって職員室前

「あの、昨日の紙のことって、あの、どういう·····?」

(あぁもう、ダメだ心臓の鼓動が早い、唇が震える、こんな状態でどうやって答えればいいのか分からない、でも、でも逃げることだけはしたくない)

真っ直ぐに村田を見つめる。


これは森房菜の恋愛、美貌を武器にすれば告白されるのなんて時間の問題だ、だが彼女はその逃げを許さない。


彼女はそんな上辺だけの恋愛をしたい訳では無いのだ


それは叶えようのない理想だと口にするものもいるだろう、確かに恋愛において顔は大事な要素であり、ほとんどの人が相手に求めるものだと思う。


それでも、それでも森房菜は求めるのだ、本当の恋愛を。


(大丈夫、私は、大丈夫·····)

震える口をなんとか開こうとした時、村田の顔が目に入った。


息は荒く、額からは汗が滲み出ていて急いできたのが分かる、今の自分自身よりも自信がなく不安そうな顔で見てくる彼を見ていたらふと肩の力が抜けた。


そこからはあっという間だった。


「私と、君と」

私は私と、君とでもっと恋愛をしたい、もっとこういう風に見つめあっていたい、それが彼女が言葉に込めた気持ち。

「え·····それはどういう·····」

「ふふっ、君にはまだ秘密だよっ」

そう言って森房菜は口角を上げながら村田のことをからかった。


不安そうな顔を浮かべる彼に少しいたずらをしてみたくなっただけの事だった。それが完璧だと言い張った計画の末の結果だった。


(い、言えたーーーーーー!!)


(か、可愛かったっ)


全くもって自分本位、意味深な言葉を並べるという相手のことをまるで考えないその恋愛の仕方は奇しくも村田の心にクリーンヒットしたのだった。














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