第3話 森さんはかわいい?
隣の席の森さんは少し怖い、なぜなら急に
”君はその真意を知らない”という紙を俺に送ってきたからだ。
昨日のその一件があって以降、俺は彼女のことが少し怖くなってしまっているのだ。
などと考えていた俺の前の空席に背もたれを抱き抱えるようにして後ろ向きに男が座った。
「よーおはー」
「なんだ今日はバイト無かったのか
「今日は学校だろー、んじゃあー来るしかねーじゃーねーかー」
気だるそうな喋り方をするタレ目の男の名は
だが根はいい奴だ、かなりひねくれている俺に飽きもせず話しかけてくれるような人間なのだ、助けてやりたいという気持ちはある。
しかし·····
「あ〜それでよー、今日の宿題のよー、ここが分かんねーんだよなー」
問題 21+46を解け
「マジかよ·····」
こいつ!手の付けようもないほどのバカなんだ!
「え、ちなみにどこら辺が分からんの?」
「えーだってよーこれって両手の指使っても足りねーじゃんかよー」
城前はアホっぽく口を大きく開け指を曲げたり伸ばしたりして見せる。
俺ら高1だぞ、両手で数えるってなんだよ!!
しかし問題と向き合い、悩む城前を見ていると心がきゅっとしめつけられるような感覚に襲われる。
瞬間、俺の勉強教えてあげたいスイッチが押される。
「いいか?こういうのは指で数えるもんじゃねぇんだよ、よしお前に筆算なるものを教えてやろう」
「ひっさん、だと」
「聞いたことないか?」
「いや聞いたことあるぞ、その御業を使えばどんな計算もできる、と」
「その通りだ、この御業を使えば両手の指を使ってこの計算ができるぞ」
「そんな、馬鹿な」
筆算、それは通常小学校で習うもの、皆が皆常識のように使っているがこれはとても重要なものだ、これが使えなくては二桁の足し算など出来るわけがない。
「じゃあー、頼むぜー村田ー」
「任せておけ、いいかまずはなこの二つの文字を縦に並べるんだ」
「了解したー·····よし、こうでいいかー?」
城前は気だるげでだるそうにしながらもペンを走らせる。
21
46
「そう、それでいい、んじゃあ次はこの1と6を足してその下に書いてみよ」
「了解したー」
1と6を両手の指を折り曲げ始める。その後紙にペンを走らせる。
「よしできたー」
21
46
7
「よしOKだ、次は隣の2+4をやってみるといい」
「ま、まさか、これは!」
そして再びペンを動かした城前はあることに気づいたようだった。
21
46
67
「で、出来ている!計算ができているぞ!これが筆算か!」
柄にもなく大はしゃぎして腕を大きくあげる城前は少し面白かった。
「ありがとーなー村田ー、助かったぜー」
「おう、これであとの宿題は完璧だな」
「そうだなー、これで俺は最強だぜー、ワッハッハー」
棒読みながらも嬉しさを隠しきれていない浮くような足取りで自分の席へと戻って行った。
「さて·····」
あとの問題は一つのみ、森さんあなたに関してのみだよ。
友達である十勝優香と談笑をしている森さんの方を見る。今の彼女は話しているから存分に観察することができる。
え、ていうか可愛い、え、何あの長いまつ毛、あのサラサラの黒髪どうやって手入れしてるの!?目おっき!俺の細い目と取り替えて欲しい!
おっと少し取り乱してしまったな、本題に戻ろう。今日の俺の課題は森さんに昨日の言葉の真相を聞くことだ。
聞かなければいけない、あの真相を。
ちょうど俺の前の席の女の子が座ったタイミングで横から森さんの声が聞こえてきた。
「それでねー、昨日のドラマに出てきた俳優の灰崎涼太さんがもうすごいイケメンでさー」
「あれ?房菜ってドラマ観てたっけ?」
「うえ!?えーー、あ〜いや、見てたよー?」
まぁ今は十勝と会話してるからな、今はダメだな、そう今は!後で話しかければいいか。
二限が終わったあとの休み時間
「あー、やばい、すごいトイレいきたい、行きたいなー」
「行けばいいじゃん」
「いや、そうじゃなくてー、誰かと行きたいの!」
「じゃあ私と行く?」
「優香じゃダメ!」
まだダメだな、まだ喋ってる、それにトイレに行きたいらしいからな、今ではないだろう。
三限が終わったあとの休み時間
「いやほんと、このペンいいなー、可愛いなー」
「そうだねー」
「·····ぺ、ペン可愛いなー、このペン可愛いなー、誰かに見てもらいたいなー」
「はー私見てるじゃん」
「ごめん違うの!そうじゃないの!」
よしまだだな、まだ行けないな。
四限が終わった後の昼休憩でも俺はずっと森さんのことを横目で見ていた。ずっと直視していてはただの気持ち悪い奴だからな。
「それでよー、他の問題を解いて見たんだけどよー、色々分かんない問題が多くてーって村田聞いている?」
城前が何か言っているのは分かるが何を言っているのかまるで分からなかった。正に耳から耳へと通り抜けていく感じだ。
「え、あいやごめん聞いてなかったわ」
「全くよぉー、ちゃんと人の話は聞いとかなくちゃダメだぜー」
「悪かったって、んでどこが分からなかったんだ?」
「ここだよーここ」
「あーそこはなー」
城前が重い指を持ち上げて指した問題について丁寧に解説しているだけでこの時間は終わってしまった。
いや、俺がわざと終わらせたのかもしれない。
その後の五弦と六限の休み時間も同じように喋りかけることなく過ぎていき、放課後になる。
「じゃあねー」
「おうじゃあねー」
森さんは優香に別れを告げて教室を後にする。俺はその後ろ姿を見るだけだった。
何も、言えなかった。喋りかけられなかった。色々言い訳をつけたとしても森さんが一人になる瞬間は一回以上はあった。·····勇気が無かったんだ。
「馬鹿だよな、俺」
ほとんどの人がバイトや部活で帰って行ったあとの教室で一人ぼそっと呟く。
「お前は帰んねーの?」
上から聞こえてきたその聞き馴染みのある声に対して一気に背筋が凍った。
「ブフぅぅぅぅぅぅぅッ!?優香ァァァ!?お前まだ·····!」
「え、何どうしたのそんな戸惑って」
優香の若干の引き気味の目を見ているだけで俺の心が崩壊しそうだ!だ、だがこの口ぶり何も見ていないし聞いてないよな、な?
すると優香は突然俺の隣の席の森さんの椅子に座り、背もたれに体重を預け頭の後ろで腕を組み始めた。一体何を?
「馬鹿だよな俺」
そう言い放った。
「見てたじゃん!やっぱ見てたじゃん!」
「馬鹿野郎、あんなおもろい瞬間見逃すはずないだろ、ほら」
優香は自分のスマホを俺に見せつけて来た。そしてそこに映っていたのは天井を見つめている俺の姿だった。
「馬鹿だよな俺」
「馬鹿だよな俺」
「馬鹿だよな俺」
俺の声が繰り返し流される。
「もうやめて下さい」
震えるような声を出しながらその場で土下座を行う。プライドなんかないこの姿は傍から見たら滑稽だろう、それでもこの動画だけはもう見たくなかった。
「けけけ、いいだろう消してやるよ、だがその代わりに」
優香は少し愉快そうに笑みを浮かべ椅子の角に左腕を置く。
「代わりに?」
「房菜のこと追いかけてあげな、あいつは今日もずっとあんたに話しかけたがってたんだから」
優香はポケットから取り出した紙パックのりんごジュースにストローを突き刺し、中身を吸いながらそう言ってきた。
「森さんが?」
「あぁ、ずっと喋りかけたがってたぜ」
「っ!」
俺の足は頭で何かを考えるよりも早く動いていた。
森さんが?まさか昨日のことについて話したかったんじゃ!ごめん森さん、気づけなかった、今からちゃんと話すから、だから、まだ学校にいてくれ!
二階にある教室を出て階段を1段飛ばしでかけおりる。階段を下りてすぐ目の前にある下駄箱の森さんの場所を確認する。よし大丈夫まだある。
森さんは部活をしてないはず、だから学校の中で行くとしたら職員室ぐらいのもの!多分、なんとなくそんな気がする!!
再び走り出した。
「·····森さ」
そして見つけた。彼女の忘れるはずも無い後ろ姿、すらっとしたスタイル、姿勢のいい歩き方、美しい黒髪、紛れもない森さんだ。
「·····村田、君?」
彼女も気づいたらしく、振り向いてくれた。向かい合ったことで心臓の音が聞こえるほど大きく高鳴った。
俺は息を整え、口を開く。でも声が出ない、心臓の鼓動がどんどん早まっていく、喉が震えてくる。くそ、言え、言うんだ俺!
「あの、昨日の、紙のことって、あの、どういう·····」
よし言えた、よく言えたぞ俺!
目を丸くした森さんは俺の問いかけに答えるべく頬をあげて口を開く。
「私と、君と、誰かと」
「はえ?え、それってどういう」
「答えは秘密だよっ?」
「っ!!」
森さんは口に人差し指を当てて、ウインクをしてスカートを翻しながら下駄箱へと向かっていった。
あぁダメだ、答えを聞きたいのに心臓の音がうるさくてしょうがない。さっきとは違う理由で声が出なかった。
今日の意味深ワード「私と、君と、誰かと」
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