第28話:アツい修羅場
「相談、ですか? いえ今のところは」
「無い?」
尻窄みで消え入った言葉を、彼が継ぎ足す。穏やかに、強く。
「ええと」
いつもの出島さんと違う? どうして、と思うけれど。それより心の中の自分から、責める声が大きかった。
正直に言うって決めたでしょ。
そんなこと言ったって、何て言えばいいの。それにやっぱり、これ以上の迷惑はかけられないよ。
問うのも答えるのも、どちらもあたしで嘘は吐けない。でも、本当に? と改めて問う。
「本当は」
「本当は?」
「いえ、何でも……」
嘘は吐きたくない。事実を言うには、カッコ悪すぎる。出島さんに、あたしなんかのこんな有り様を。
「何してんの。マジ信じられないんだけど!」
夜の街の静けさが、誰かの叫びに打ち割られた。どこかでケンカでもしているかと思ったが、それにしては声が近い。
例えば隣の、バイク屋さんくらいの距離。
「ま、真地さん? 賀屋くんまで!」
どこへ隠れていたものか、自動販売機の向こうから人影が二つ。
すぐに見えた顔の一方は、さっきまで一緒に働いていた。もう一人の男の子は、今日はお休みのはず。
「ねえ、何で言わないの。彼氏さんしょ、心配するじゃん」
「えっ、いや、彼氏って」
両手を腰に、ゴージャスな髪をザッと揺らし、真地さんは堂々と問う。引き替え、賀屋くんは所在なさげに「あ、どうも」という風で頭を下げた。
出島さんはと言えば、完全に目が点だ。
「そ、それより、お隣で何してたの」
「ハシイさんと彼氏さん、何話すかと思って隠れてたに決まってんでしょ」
「そんな威張って言われても」
バイク屋さんの裏手には、ダンボール箱や大きな缶が積んであったかな、なんてことはどうでも良く。
また、バカにするネタ探しか。そう思うと虚しくて、次に言う言葉を見失った。
「店長とイイことしてんのに、他にも不倫とかウケるし。どうやって騙してんだろって思うじゃん? そしたら彼氏さん、日曜も月曜も来てたし。本気なら美香、応援したいし」
「えっ」
出島さんが日曜と月曜に? 驚いたのはそこだが、他にも放っておけない発言が多々。
「出島さん。あの、あたし」
「うん。どっちもお休みって、端居さんは間違いなく言ったよ」
どこから釈明したものか。あせるあたしに、彼は深く頷いて見せる。
「じゃあ」
「心配だったから。他に会う方法が思いつかなくて。結局、ボケッと待ってるだけになったけど」
何をそれほど。と考えると、あたしには思い当たる出来事があった。ただし出島さんが知るはずがなく、何が何だか分からない。
「真地さんが言ったの?」
「まだ。美香は黙っといて、勝手に修羅場になるほうがアツいし」
まだ、って。
突っ込みたいところだけど、それなら真地さんが言っていないのは本当っぽい。あたしは「ええ?」と頭を抱えた。
しかし構わず、真地さんの指が出島さんへ突きつけられる。
「彼氏さんも彼氏さん」
「はっ、はい?」
「ハシイさんもいい歳なの。何のプレゼントか知らんけど、パケモンはあり得んくない? そのせいでお客にまでバカにされて、マジないわ」
瞬間、彼の背すじが伸びた。その時点で緊張していた面持ちが、パケモンに言及されると怖いくらいに厳しく歪む。
「俺のせいで?」
「そ。ハシイさん土下座して、泣いて救助したけど壊れてたっぽい?」
真地さんの感性が不明すぎる。いかにもお説教のように振る舞ったかと思うと、今度は半笑い。
おかげで割って入るのも、完全にタイミングを外した。
「や、やめて!」
立ち上がり、真地さんと出島さんの間へ。
「想像で勝手なこと言わないで。あたしはキバドラが好きなの。出島さんだけが気づいてくれて、あたしは本当に嬉しかったの!」
あたしの声が、そこらじゅうの建物で跳ね返る。ビリビリと耳が痛いような中、ますます気持ちが抑えられない。
「ううん、違う。もし好きな物じゃなくたって、出島さんがくれるなら何でも。真地さんだって、賀屋くんと付き合ってるんでしょ。賀屋くんからなら、その辺の石だって嬉しいと思わないの? あたしなら、一生大事にする!」
息を吸うことも忘れ、大声を張り上げた。どこかで窓を開け、また閉める音が聴こえる。
はあ、はあ。全力で走った後みたいに切れた息が、少しずつ戻り始めた。すると目を丸くしていた真地さんも、「おおー」と拍手をした。
「一生だって」
ひと言だけを切り取った反復は、あたしに向けてでない。あたしの後ろを覗き込むように、意味ありげにニヤリと。
「えぇ?」
なぜその部分をか、意味が分からなかった。言ったばかりの、けれど勢い任せの自分の叫びを、必死に思い返す。
もしかして。
とんでもないことを口走った気がする。出島さんはどんな顔で居るだろう。振り返ったら、何を言うだろう。
「ご、ごめんなさい!」
怖くなって、あたしは逃げ出した。顔を隠し、それでも出島さんの居る辺りへ頭を下げてから。
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