第22話:自慢の店
「八月八日です、誕生日。小学三年生だったかな、弟がこのキーホルダーを。八百円くらいするんですよ、毎月三百円しか貰ってなかったのに」
質問に答えようとしたら、カタコトみたいになった。出島さんは意に介す風もなく「ああ、そういう」と、笑った眼をあたしのリュックに向ける。
「でっ、です! だから、その、あたしもパケモンに詳しくないんですけど。キバドラは好きです、ほんとに喜んでます」
「うん、良かった」
出島さんが「へへっ」と笑ってくれる。それであたしも、良かったと思える。
「仲、いいんだね」
「えっ?」
「家族と」
「家族と――」
仲がいい。それって?
明確なイメージができずにフリーズした。ほんのひと言を話せるくらいの間で、自分で気づいてすぐに続けた。
「い、いいと思いますよ。
そうだ、うちはそういう感じ。世に聞くような夫婦ゲンカや親子ゲンカは記憶にない。姉弟でも。
「うーん……」
どうしたんだろう。今度は出島さんが言葉に詰まっているらしい。
ヘルメットを取り、スクーターのミラーに被せ、あたしを見る。眉間にちょっと皺を寄せて。
「何かある? 話したいこと」
何かって何。今まで話した以外には、困ったことなんかない。あたしも家族も、普通に楽しく暮らせているはず。
「話したいことですか。ええと、あ、そうだ。今日、初めてのお客さんが来てくれて」
和栗のパイを半分こした、おばあちゃんとおじいちゃん。入店からの出来事を、掻い摘んで話した。
出島さんの眉間はすぐに平坦になって、あたしが息を継ぐたびに「うん、うん」と頷いてくれる。
「あはは、そういうの恥ずかしがる男は多いよね」
「出島さんも?」
「俺がそのおじいちゃんなら、やっぱり似たようなこと言ったかな。もうちょっと優しい言葉で、でも奥さんの為にパイを注文する勇気はなかったかも」
勇気とまで言うことなのか。大げさな気がしたけれど、冗談だよと訂正の入る気配はなかった。
「そうなんですか? おばあちゃん、お手洗いから戻って『あらぁ、美味しそうな物がある!』って手を叩いてましたよ」
「二人とも優しい夫婦だねえ」
「きっと出島さんもですよ。照れるのは分かりますけど、奥さんに物凄く甘々だと思います」
奥さんと言って、どうだったっけと記憶を手繰った。何となく独身と思っているけど、結婚しているほうが普通と言われる年頃。
「いやぁ、どうかなあ」
どっち?
奥さんが居るのか居ないのか、どちらともとれる。恥ずかしそうに頭を掻くのも、いつも通りのようなそれ以上のような。
「で、そのまま帰ったの?」
「え? ああ、おばあちゃん達。帰る時、食器を受け取りに行ったんです。そしたらお店のこと、お金持ちの土蔵へ入れてもらったみたいって」
言われた時、あたしは首を傾げた。目の前の出島さんも、同じく。
「それは褒めてる、んだよね?」
「みたいです。静かで落ち着いてて、空調の具合いもいいし言うことないとか」
ごちそうさん。と宙に向けて言ったおじいちゃんを追い、おばあちゃんも急ぎ足で店を出て行った。終始、「うふふ」と笑声を漏らしながら。
「お邪魔でなかったら、また来させてねとも言ってくれました」
「これ以上ない褒め言葉だね。でも土蔵みたいな店って、なまこ壁にでもなってるの?」
「何ですか、それ」
なまこは知っている。スーパーの魚屋さんでも売っているし、お酒のつまみになることも。見た目がアレで、あたしは食べたいと思わないが。
「ごめん、知らないよね。十字の形にデコボコした白黒で。よく土蔵の壁になってて、ってその説明だったか」
古い京都の街並みとか、語彙を足されてもピンと来ない。分かるのは出島さんが、申しわけないくらい懸命に教えてくれようとすること。
「うーん、写真でもあれば一発なんだけど」
「見れば分かるんです?」
そういうことなら。スマホを取り出し、なまこ壁を調べる。黒地に白く、格子状に盛り上がりの付けられた壁が山ほど表示された。直にでないけれど、何かでは見たことがある。
「こういうのですね」
「うん、そう。あはは、検索したらすぐだったね」
「お店の中は茶色と黒なんですけど、感覚的に似てるって言えばそうかもです」
「シックでいいねえ」
彼の眼が裏口へ向く。
自分が褒められたみたいで嬉しい。ただし同時に、カフェ勤めは友達のことと最初に吐いた嘘をそのままなのが気になる。
今さら謝るのも、おかしな感じだが。
「店長がオーダーしたらしいです。料理とかメニューのデザインも」
「へえ、何でもできる人って居るんだねえ。若い人もお年寄りもいいって言うなら、本当にいいんだと思うよ」
「そう思います。インテリアや建築デザインの学生さんとか、褒めてくれるお客さんがいっぱい居るので。できたら出島さんにも見てみてほしいですけど」
本当に店長を目当てのお客さんもある。明さんほど頻繁ではないが。
例の噂が立つまで自慢の店だった。今も同じくだけど、どこか靄がかかったように思う。
「俺? いや俺は」
「私が居る時、忙しくない時間なら大丈夫なので」
逆にどんなに忙しい時間帯でも、お客さんが分からないことは何でも答える。だから注文に時間がかかっても全く問題ない。
そこのところの自信を燃料に、珍しく思い切って言った。しかし
「うん、誘ってくれてありがとう。でも、ごめん」
出島さんは断った。声を落とし気味に、でもはっきりと。迷う空気など微塵もなく。
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