烏の人

ある竹藪にて

 もう10年程が経ったか。正直曖昧なのである。あの出来事がいつのことなのか。まぁいいさ、それほどの時間が経った。無論、家柄の関係上このような縁が途切れることは無いと言うのは重々承知であるが私もまだ若い。興味本位ながら綴らせていただく。

 夏の日だったことは覚えている。嫌な蒸し暑さの中、同じような顔ぶれを揃わせて私の部屋で遊んだあの記憶はどうにも忘れることは無いだろう。もちろん、外は暑いので家の中でゲームと言うのがもっぱらであった。

 当時、私は小学生であったゆえ親からは外で遊べと口酸っぱく言われたものだ。だが、私の地元と言うのは田舎もいいところであり、おおよそ出掛けて楽しめるような場所など存在していない。なので普段はそんな言葉など無視し、ひたすらその液晶画面を眺めていたのを覚えている。

 その日、私とその友達はあまりにも疎まれていたので渋々外へ出た。照りつける日の光が鬱陶しく、5分と経たない内に額から汗が吹き出る。だからと言って何をするかも決めていない中、思案しているとその友達はこう言った。


「肝試しせん?」


 と。その言葉に正直心が踊った。当時の好奇心は今の自分から見ても恐ろしいものがある。だが、その提案。これにはよっぽどの幽霊嫌いでもなければ乗らない筈はないだろう。

 家の近くにちょうどいい場所があった。玄関を出て真正面にある神社を抜けた先、少し行くと墓地がある。さらにそれを抜けるとそこには竹藪があった。特段、その日までは何の噂も立ったことのない普通の竹藪。しかし、立地の関係上、そしてその薄暗さと別世界に迷い混んだような特別感は私達を惹き付けるものがあった。

 場所も近いと言うこともあり、即決であった。

 決めたら即行動と言うのがあの頃であったため、何も考えずにその場へと向かう。その場所までは非常に近く、1分程度もあれば青々と生い茂ったその場にたどり着く。

 竹藪の中に踏み込んでみれば気温が格段に下がる。高く伸びた竹どもが日を遮り、吹き抜ける風が心地いい。この場所には、何度か来たことがあった。結局のところ何かがありそうで何もない、そんな時間を楽しみたかったのかもしれない。奥へ奥へと進んでいく。道などはなく、獣道のようなものだ。だからと言って急な斜面などもなく、それなりに整備もされている。


「もうちょい奥行かん?」


「ええで。」


 そんなことを話しながら一段下がっている地形のところまで進む。非日常と言うのは実に唐突なものであり、いつでも起こりうることを自覚させられる。そこにあったのは、黒い帽子と両足分揃えられた靴。ばらまかれたお金。嗚呼、異常である。困惑だけが有った。


「え………?」


「………これやばくない?」


 そんな異質な空間に、小学生が2人。何も察することはできなかった。謎だけが残った。その時は。

 水死体が発見されたのは3日と経たない内の出来事であった。場所は、あの竹藪の下にある川が流れ着くダム付近。後に女性だったと風の噂程度で聞いた。

 さて、件のダム付近であるが水流の関係も含めその場所にはよくのだそうだ。そこは地元でも有名なとなっている。近くには大きな赤い橋があり特徴的である。夜に通ると違和感を抱くものも多いそうだ。かく言う私も、竹藪の出来事から数年経ってその場所へ行ったことがある。

 ふと最初に感じたのは何とも言えない浮遊感であった。身体が軽くなり、今思えば1人で居れば川に落ちていたのではないかと錯覚する。いいや、呼ばれると言ったほうが正しいのかもしれない。


 中学生になったその日のことである。ふと、その付近に釣りに行くことがあった。4~5人程で、その道のりを30分ほど掛けて自転車で向かう。現地に着いたのは、まだ昼前だったと記憶している。そこから1時間ほど粘ってみるも釣果は0であり、当たりもない。だんだんと皆飽きてきた頃、ふと1人が藪のなかに入っていった。それは、竹藪の中で私と共にあの現場に遭遇したあいつだった。


「お前どしたん?どこ行くん?」


 そう聞いたのだが返事はない。そうこうしている間にも葦の影に吸い込まれていく。唐突なその行動に、疑問符を浮かべる。呼び掛けにも答えず、ただ進むそいつを仕方なく皆で追いかけた。進むにつれ、足場が悪くなっていく。もともと、水の中まで入る気など無かったため、靴の中に嫌な感触が広がっていく。そんなことに構いもせず、そいつは進んでいくのだ。だが、そいつも数分と経たない内に立ち止まった。見てみると、その先は完全に川の中に繋がって居る。


「もう、危ないけん戻るぞ?」


 誰かにそう言われた。私もそいつを連れて戻ろうとした。が、頑なにそいつはそこを動かない。


「お前、いい加減にせんとおいていくで?」


 そう声をかけた。微動だにしない。そいつは何処かを見つめているようだった。その方向を見てみると、流れに淀みのある場所があった。


「おる。」


 ただ一言、そいつはそう呟いた。


「は?なに言っとん?」


 そこには何も居ない。こいつは、既におかしくなっていた。その事が不気味に思えるのに、その川の淀みから目が離せなかった。確かにそこには何かが「居る」気がしたのだ。


「おる。」


 私と共にいたそいつはそれしか呟かない。何か、その淀みが妙に気になる。一歩、足を踏み入れた。その瞬間、ぬかるみに足を取られ水面に引きずり込まれた。そこまでは記憶している。

 日も傾きかけた頃、その馴染んだ顔ぶれ達に囲まれ私は目を覚ました。


「大丈夫か?」


「………ぇ?」


 起きてしばらくは何が起きたかわからなかった。そして次第に理解していく。助けてくれたやつによると、どうやら私は制止も聞かなかったと言う。そして、独りでに川の中に入り、そのまま溺れていたと。そんな筈はないと反論した。確かにあいつは居たのだ。


「お前、ほんま大丈夫か?あいつ、今日来とらんで?」


 その一言でそう言えばそうだったと思い出す。では私があの時見たのは何だったのかとそう言う話になるのだが、私が溺れたその場所に答えがあった。あの淀みこそ、流れ着く場所なのだ。そして、あの人が流れ着いた場所なのだ。

 あそこの流れだけは異質であり、川床に向かう水流が発生している。何かが手招きするようにそこに吸い込まれていくのだそう。

 どうにも、私とあの友人はあの竹藪を通じて縁を結んでしまったらしい。それ以来、当然ではあるがその場所には行っていない。彼も同様だ。

 

 とまあ、語ってきたが特に変わったことも起きなかった。それが何よりである。この後も何事もないのを祈る他無いのだが、如何せん私がこの話を掘り返してしまった為、保証はできない。


 何、ただのつまらないよくある話だよ。本当に申し訳ない。

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