第8話 未来の街

 気づかない内に空は薄明るくなっていた。


 「ムサ……」

 「ムサ?」

 「この街の名だ。どうだ? この街は。ムハハ」


 壁の上から街を見渡した。


 目を引いたのは、遠くにそびえ立つ一本の巨大な木。無数の藤の花が枝から垂れ下がり、紫色の濃淡が美しく混ざり合って、何とも幻想的に咲き誇っている。


 「ここが遥か先の未来世界……」


 綺麗に敷き詰められた石畳。中央に向かって真っすぐ伸びる幅広のメインストリート。整然と並ぶ左右の家々は、細い格子の窓が整然と並び、その向こうには柔らかな灯りが漏れている。歴史の重みを感じさせる木造の建物。軒下には提灯ちょうちんが吊るされ、黒光りする瓦屋根が連なっている。

 

 大きな街だ……。

 

 家々の屋根が果てしなく続いている。街の反対側は霞に包まれ、どこまで続いているのか見当もつかない。


 「ここは……日本なんですか……?」

 「ムハハハ。そう見えるか?」

 「え、ええ……何か昔の京都みたいですね」

 「そうか。お主にそう見えるなら……良かった」

 「えっ」

 「もう少し早ければ桜も見れたのだが。残念だったな。家に帰るぞ。お主は帰ったら病院へ行って一度診てもらえ」


 そう言って十三さんは壁を降り始めた。十三さんの後を追って街の中を歩くと、すれ違うように慌てた兵士達が何人も通り過ぎて行った。色とりどりの着物や袴を着た住人達も見える。



 「ここだ」

 「……。でっか……」

 「そうか? まぁ人も多いからな。まだ皆寝ているだろうから後で紹介しよう」


 門の中は綺麗に整えられた日本式の庭。玄関の横には広めの縁側が続き、後ろには障子戸が並ぶ。開いた障子戸の向こうには道場のような広間も見えた。

 玄関入ってすぐの部屋に通された。黒に近い茶色の木が至る所に使用されている。部屋の真ん中には掘りごたつ式の囲炉裏テーブルが設置され、その横で柴犬が寝そべっていた。

 

 何畳ぐらいあるのだろう。

 二十畳ぐらいか。


 「座れ。茶を入れてやる」

 「ありがとうございます」

 「どうだ……少しは頭の中を整理できたか?」

 「いや、正直まだ……混乱しています」

 「まぁそうだろうな。まだしばしの時が必要かもしれんな。これから何をすれば良いか。何がしたいのかも、まだ分からんだろう。まずはここで生きろ。懸命に。この世界は甘くない。この世界を生き抜くために、心も体も……何もかも成長させ順応させなくてはならん。できなければ永くは生きれんぞ。ましてやお主は平和な世界で生きて来たのだ。考え方から変えていかないといかん」


 十三さんは真剣な顔をしていた。


 「はい……」と気のない返事を返してしまった。

 「それとも……もう諦めてしまうか?」

 「諦める?」

 「お主はあの時、儂にアイが自分の全てだと言った。この世界にアイが存在しているかは分からん。少なくともこの街には居ない。この島以外に人間は居ないだろうという意見も多い。そうでなくとも途方もない時間が過ぎている。……アイの生存は絶望的と言って良いだろう」

 

 優しい目をした十三さんが穏やかな口調で言った。 


「俺は……」

「お主にとってアイがどんな存在なのかは分かっているつもりだ。そのことでお主が落胆していることもな」

「……」

「まぁ……あまりクヨクヨするな。今は余計なことは考えず我武者羅がむしゃらに生きてみろ。そうすればおのずと道は開けるもんじゃ。分かったな」

「……はい」


 『諦めてしまうのか?』十三さんの言葉を思い出し苦しくなった。俺は何をウジウジしているのだ……。もう止めよう。俺はまだ何も知らないじゃないか。この世界を知ることから始めよう。悩むのはそれからだ。

 十三さんをがっかりさせてしまっただろうか……。

 あの人を失望させたくない。

 

 俺のせいで、タイムトラベルしてまで叶えようとしたことは、達せられなかったのだ。多くの仲間を失ったとも言っていた。「勝手にしたことだから気にするな」と言っていたが本当なのだろうか……?


 そんな訳がない!

 悔しかったはずだ。

 いや……ちょっと待て……。

 十三さんが元いた世界はどうなったんだ……?

 ロボットに征服されたのか……?

 しかし大地は海の下……。

 今は止めよう。

 分からないことばかりだ。

 

 命を助けてもらった。

 二十年もの間ずっと守ってくれていた。

 恩に報いたい。

 あの人に認められたい。

 

 「十三さん!」

 「どうした」

 

 「俺、アイを探します! この世界にはもう存在していないかもしれません。それでも良い。この世界が何故こんな姿になってしまったのか。アイがあれからどう生きて何があったのか。調べてみようと思います」

 

 「ひどい生き方をしたかもしれんぞ?」

 「だったら尚更です」

 「そうか」

 「十三さん。戦うすべを……。この世界で生きる術を教えていただけませんか?」

 「元からそのつもりだ」

 「ありがとうございます。このご恩はいつか必ず返しますので。私にできることがあれば何でも言ってください」

 「あまり気負うな」

 「はい」

 「じゃあ奴らを起こして来るか。しばらくくつろいでいてくれ」


 十三さんはごくりとお茶を飲み干し、去って行った。



 「小僧。こっちだ」


 小一時間ぐらい経っただろうか。横で寝ていた柴犬と遊んでいると十三さんに呼ばれた。


 黒光りする道場。

 まず目を引いたのが、『一念天に通ず』と道場の後ろの壁に大きく掲げられた達筆の教訓。

 十三さんと向かい合うように座る少年少女。

 木製の机が床に置かれ、眠たそうな顔で七人が胡坐をかいていた。


 「小僧。前に来い」

 「はい」

 

 十三さんは金髪で優しそうな顔立ちしている少年を見た。金髪の少年は立ち上がる。


 「起立!!」


 少年少女が一斉に立ち上がった。


 「礼!!」

 「「「お願いします!!」」」

 

 ピシッと全員が揃ったおじぎ。十三さんも「お願いします」と言って礼を返す。俺も慌てて礼をする。


 「着席!!」


 よく見れば皆日本人ではない。異国の顔立ちに学ランとセーラー服。


 「楽にしてくれ。皆朝早く集まってもらってすまない。顔は皆も知っていると思うが、紹介したい人物がいる。知ってのとおり、二十年間この小僧は病院で眠っていたのだが、先程目覚めた。小僧、自己紹介をしろ」


 「はい。俺は青風朔太郎。この世界の救世主になる男だ。フハハハハ」

 「「「……」」」

 「小僧!」というドスが利いた声。


 まじめにやれということだろう。


 「……どうやら俺は二十年も眠っていたようだ。この世界のことは先程少しだけ十三さんに聞いたが、まだ何も知らないに等しい。迷惑をかけることもあるだろうが、助けてくれると嬉しい」


 「小僧もそっちへ座れ。他も全員一人ずつ前で自己紹介だ」


 先程、号令をかけていた金髪碧眼の少年が前に出た。サラサラのナチュラルマッシュ。ボタンを上までぴっちりめた学ラン姿。いかにも優等生といった感じの聡明そうな少年。


 「僕はロミー。十一歳です。この中では僕が一番の年上になります。僕達は皆、武田先生に助けてもらいました。少しでも武田先生の力になれるよう一緒にはげみましょう」


 爽やかな笑顔と声が印象的だ。

 

 続いて学帽をかぶった大きな少年が前に出る。四角い眼鏡にボサボサのコゲ茶の髪が帽子からはみ出している。


 「拙者はバル。十歳でござる。デブじゃないからね。ぽっちゃりだから。ここ大事。僕が一番背が高いのでござるよ」


 野太い声。暑かったのかサイズが無かったのかは分からないが、一人だけ学ランは着ておらず、白いシャツにサスペンダーが背中でバツを作っていた。

 何で語尾が『ござる』なんだ。

 

 続いて体格が良く顔に大きな傷を持つ黒髪の少年が前に出る。目は鋭く、髪は綺麗なリーゼント。


 「ユリアンだ。舐めんじゃねえぞっ!!」


 何とも近寄り難い雰囲気。学ランのボタンは全て留めておらず、内側に赤いシャツがチラチラ見えた。

 不良少年か?

 

 続いて肌が黒く小さい少年が前に出る。髪はくるくると巻いており、目もくりくりと丸くて可愛い。元気いっぱいで素早い動き。


 「僕はアベル。八歳だよ。仲良くしてね」


 片言の日本語。

 日本語に慣れていないようだ。

 

 続いて可憐な栗色の髪の少女が前に出る。薄い茶色の髪はフワッと緩いウエーブがかかり肩まで伸びている。ハーフアップされたお団子ヘヤと短いスカートに太腿ふとももまで伸びる白いハイソックスが印象的だ。


 「私は名前はアカリだよ~。アカリンって呼んでね~。美味しいご飯が大好きです。えへへ」


 この子は間違いない。

 不思議ちゃんだ。

 おっとりと話し、ニコニコとほほ笑みながら、手をこっちに振っている。明るい笑顔がこっちまで癒してくれるようだ。

 

 続いて少し赤みを帯びた茶髪の少女が前に出る。耳の下まで伸びた艶やかな髪。短めの靴下にすらっと伸びた生足が何とも健康的だ。


 「はぁ~眠たぁ~。うちは、タリア。まぁ良しなに」


 透き通るような凛とした声。

 アカリンとは対照的に、瞳の力が強く気が強そうだ。


 続いて白に近い金髪の少年が前に出る。肩に届かないぐらい髪は、少しウエーブがかかり横分けにされている。第一ボタンだけがはずされ腕を組んでいる。


 「アイスベルだ。お前は何歳なんだ? 二十年も経っていてその姿はありえないだろう。何者なんだ」


 すごい上から目線な奴だ。

 ただならぬ雰囲気をまとっている。

 何歳?

 俺は何歳なんだ……?

 四十三歳だったから二十年を足して六十三歳で良いのだろうか?

 これは正直に言っても良いの……かな?

 十三さんは頷いている。


 「俺は六十三歳になるはずだ」

 「「「――――ッ!」」」

 「色々あってな。こんな姿になったんだ」

 「小僧。全部言ってかまわん」

 「……知っていると思うが、この世界よりも遥かに高度な文明で栄えた旧世界が海の下に沈んでいることは、皆も知っていると思う。俺は沈んだ世界がまだ地上に存在した時代。恐らくだが世界が沈んだ時よりもずっとずっと過去の世界。何百年か何千年前かは分からないが……。俺はずっと過去の世界からこの世界へ時を越えてやって来た。信じられないかもしれないが……十三さんも一緒にな。俺が若く見えるのは高度な技術によるものだ」

 

 「そんな馬鹿な!」

 「アイスベル。小僧が言ったことは本当の話だ」

 「「「……」」」

 「少し永くなってしまったが、自己紹介はこれで終わりだ。小僧もここで一緒に暮らすことになる。皆助けてやってくれ」

 「「「はいっ!!」」」

 「今日はこれで解散とする」

 「起立!」とロミーが号令をかける。

 「礼」

 「「「ありがとうございました!」」」


 十三さんも含め全員が深いおじぎをする。


 「小僧。お主は風呂に入って身なりを整えて来い。それから病院だ。他はいつも通りだ」

 「「「はいっ!」」」


 浴場にある鏡に自分の姿が写った。これが今の姿なのか……。伸びきったボサボサの髪に痩せこけた姿だったのだが、十代にしか見えない。綺麗に髭を剃り、丁寧に汚れを落としていく。風呂桶は大きく足を伸ばして入ることができた。


 「ああああ……生き返る~……」


 先の自己紹介を思い出す。

 個性が強そうなのばかりだったな……。

 うまくやっていけると良いが……。


 「まぁなんとかなる……のか?」

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