第1章 未来の絆

第7話 青い世界

 目覚めると夜だった。


 目に入るのは満天の星。

 心地良い潮騒しおさい

 潮の香りにまぎれ、食欲が刺激される匂いが漂って来る。


 俺は………………。

 …………。

 …………。

 確か…………刺されて……。

 生きているのか……。


 「ここ……は……?」


 必死で体を起こす。

 全身が痛い……。

 

 海……。


 目の前には広大な白い砂浜。その向こうには、真っ黒い静かな海が、星の光をほのかに反射している。

 海の反対側には、砂浜を挟み樹木が立ち並び、うっそうとしていた。

 

 ここはどこなんだ……知らない場所……。


 「小僧……まだ生きとるか? ムハハハ」 

 「……十三さんっ!!」

 「ちと寝坊がすぎるぞ」


 焚き火の横で、十三さんが岩に腰かけていた。何故か涙がこみ上げて来るがこらえた。

 十三さんが助けてくれたのだろうか……。

 この人が傍にいるだけで物凄く安心できた。


 「十三さん……。お、俺……まだ時間があると思ってて……。油断して――」

 「もう良い。分かっておる」

 

 そうだ……アイはっ!? アイはどこにいる……。


 「十三さんお一人ですか? アイは……、アイはどこですか? あれから何が――」

 「そう慌てるな……。時間はある。まずは腹ごしらえだ」


 焚き火のまわりには、木の棒で串刺しされた五匹の魚が、地面に突き刺さり、じうじう音をたて脂がしたたっている。


 「ほれ、スープだ。ゆっくり食べろよ。腹がびっくりして吐くぞ」


 柔らかそうな肉の塊と、申し訳程度の野菜が入っていた。

 何の肉だろ――。


 「旨い……!」


 腹にしみ渡っていく……。

 癖のある味だが悪くない。

 いくらでも入りそうだ。

 そこで物凄く腹が減っていることに気づいた。

 魚も脂がのっていて身もホロホロ。

 調度良い塩加減だ。

 

 ガツガツと夢中で食べ進めた。会話は無い。二人で、ただ黙々と食べる。波の音と木がパチパチと燃える音だけが辺りを支配していた。


 「海はええのぅ」


 十三さんは海を眺め、物思いにふけっている。なんだか物悲しそうな顔。

 

 何を考えているのだろうか……? 

 昔のことを思い出しているのか……。

 

 この人は人類が滅亡寸前の世界で、二百年以上も生きて来た人だということを思い出す。俺なんかが想像できないような地獄を味わって来たのだろう。自分が倒れた後の話を早く聞きたい気持ちはあったが、しばらくの間、俺は十三さんに倣って海を見続けた。


 「しっ!!」

 

 十三さんが草むらのほうをにらんでいる。 

 何だ……?


 突然、十三さんが短剣を草むらに向けて投擲とうてきした! 立ち上がり草むらの方へ歩いて行き、何かを引きずって戻って来た。


 「な、何だこれは……!?」

 「機械に浸食されておる。この辺にはゴロゴロおるぞ。……この地球は、と言った方がええか。こいつは、まだまだ小さい方だ」

 

 「……」


 体の半分ぐらいが機械になった猪の眉間が串刺しにされている。

 二メートルぐらいの大きさだろうか。

 こんなのがゴロゴロいて小さいって……。

 何なんだよこの変異体は……。

 

 「な、何が起きているんですか? 十三さん」

 「小僧、今気配に気づいていなかっただろ? 外では常に気を張っておけ。あれぐらい気づかないとすぐに死ぬぞ。人間を見れば問答無用で襲って来るからな」

 「…………。十三さん。いいかげんそろそろ教えてください。俺もう何が何だか……あの後……俺が刺された後、何があったんですか!? 何で機械の猪がいるんです!?」


 十三さんは元の場所へ座り、焚き火へ薪をくべる。

 

 「落ち着け。そこに座りなさい」


 そう言って小さな酒瓶を懐から取り出しあおった。


 「はぁ……どこから話せばええかの……」

 

 砂浜に座り、十三さんの言葉を待つ。ユラユラと燃える焚き火から、パチッと火の粉が舞い上がった。


 「ここは―—未来。数百年いや数千年先かもしれん。詳しくは分からんが、お主がいた世界より遥か未来の世界だ」


 ————ッ!!


 はっ?

 ここが未来の世界……?

 俺は改めて周りの景色を見渡した。


 「お主はこの世界に来て二十年近く眠り続けていたんだぞ」

 「へ……?」

 「寝たきりも良くないからな。時折こうしてお主の体をベッドから移動させていたんじゃ。永いこと寝おって呑気なもんじゃな。ムハハ。小僧、自分の身体の異変に気付いておるか?」


 身体の異変……?

 俺は自分の身体を見る。手、足、腹を順番に確認していく。

 服も自分が知っている物ではない。

 張りがある……? 


 「お主の外見は今、十歳ぐらい……いや、十二歳ぐらいか……まぁ十代の少年の姿をしておる。お主の血液の中には、大量のナノマシンが流れ、今も細胞単位で再生を繰り返しておるのだ」


 ナノマシン……。


 「人によってかなり違いはあるが、寿命は格段に延びるだろう。力や瞬発力、耐久力、回復力、免疫力など、全ての面で以前とは比べられぬほど上がっているはずだ」


 拳を開いたり閉じたりして具合を確かめる。


 「本来なら治療ポットで完全に蘇生できていれば、すぐ目覚めたはずだったんじゃがな。お主の体は二十年をかけてゆっくり若返っていった」


 俺は二十年も眠っていたのか……?

 十三さんが嘘を言っているとは思えない。


 「儂がお主の元に着いた時、アイはお主を助けようと必死に治療を頑張っておったよ。お主の血で体中真っ赤に染めながら……もうそれはそれは必死な形相でな。……でも無理だった。儂はタイムマシーンの中にある治療ポットへお主を運び込み、間一髪のところで治療させることができたんじゃ……だが……そこで事故が起きた。もともと片道でしか使えない代物だったからの。タイムマシーンが限界を超え暴走した」

 

 「戻れるん……ですよね? アイは? アイはどうなったんです!?」

 

 思わず立ち上がり十三さんへ詰め寄る。


 「戻れない。この時代にタイムマシンは存在しないからの」

 「そんな……。数百年や数千年も先の超未来文明なら可能ですよね? 十三さんが元居た世界よりも未来なんですよね!?」

 「そうだ。この世界は儂が元居た世界よりも遥かに先の未来だ。だが、この時代の文明は……お主が暮らしていた世界よりも、退化しているといっても良いだろう」

 「そんな馬鹿なことがっ! ありえない!」

 「沈んでいるんじゃよ」

 「は……?」

 「儂らが住んでいた大地は、ほぼ全てが海の下に沈んでいる」

 

 ――――ッ‼


 「海の下に……」


 俺は目の前に広がる海に視線を向けた。


 「お主がいた世界に比べれば、この地球上にある大地は残りわずか。大地の量に比例して人類の数も少なくなっておる。それに街の外には、人類の天敵みたいな存在が数多くいるのが現状なのだ」

 「そんな………………。じゃあ……アイは?」

 「許せ。どうにもできなかった。アイがどうなったのかは……分からん」

 「……」


 十三さんを責めることなんて……そんなことできなかった。

 自分が一番悪いのだから……。

 

 「どうしてです? ……どうして俺を助けてくれたんですか? 殺したかったはずなのに。……あのまま俺なんか放っておいても良かったのに……それじゃあ十三さんが元いた世界はどうなったんですか?」

 

 「どうしてだと? フン! そんなもん知らん。気づいたらそうしておった……。儂のいた世界がどうなったかなど知る由もないわ」

 

 「…………。フフ、何か十三さんらしいですね。この世界に来てからも大変でしたよね? 二十年近くも全く知らない世界で……。寝たきりの自分を連れて生きて行くことは、さぞ大変だったと思います。もし、俺が逆の立場ならできなかったと思います。助けていただき……ありがとうございました」


 立ち上がり十三さんに深く礼をした。


 「フン。感謝など必要ない。儂が勝手にやったことだ。気にするな」


 十三さんの優しさに触れた気がして涙腺が緩んだ。

 そもそも十三さんは俺を助ける義理なんて全く無い。

 むしろ死んでほしかったはずなんだ……。

 もう一度泣きながら深々と頭を下げた。


 「お主はいつも泣いておるのぅ。本当に困った奴だ……。そろそろ街に戻るぞ」


 二人で後始末をした後、森の方へ歩き出した。


 

 辺りをキョロキョロと見渡しながら、十三さんの後ろをついて行く。先ほど聞いた話を思い出し、頭の中で嚙み砕いていく。


 どうして世界は海に沈んでしまったのだろうか?

 やはり十三さんが嘘をついているとは思えない。

 何より若返った体や機械化した猪が、本当の事だと告げている。


 「十三さん、その猪食べることができるのですか?」

 「ああ、問題ない。機械化している部分も全て活用される。小僧、もう少しで森を抜けるぞ」


 十三さんが言うには、この森を越えればすぐ街の壁が見えて来るはず。

 

 その時――。

 鳥たちが一斉に空へと飛び立ち、葉が舞い上がった。

 

 地面が揺れた気がした。

 地震か……?

 いや違う。

 

 静寂に包まれていた森の奥から、異様な音が響き渡った。樹々が折れる音、金属が擦れる音、そして地鳴りのような重い振動が、大地を通じて足元まで伝わってくる。何か巨大で恐ろしい存在が尋常でない速度でこちらへ近づいて来るっ!?

 

 「な……何だっ!」

 「いかん!! 逃げるぞ。走れ小僧っ! このまま真っ直ぐ行け!」

 「十三さんはどうす――」

 「良いから早く行けっ!! 時間を稼ぐ!」

 

 言われたとおり、真っ直ぐ指さした方へ走ろうとするが、うまく体が動かない。二十年も寝たきりだったのだ。動けるだけでも奇跡なのかもしれない。


 グオォォォォォォォォオオオオオオオオオオオッ――――!!


 森そのものを揺るがすような咆哮。怒りと苦痛が混じり合ったような雄たけびがとどろいた。金属的で、深く、共鳴するような低音が骨の芯まで届き体が硬直した。

 早く逃げなければとは分かっているのだが、思うように体が動かず進めない。俺は後ろが気になり、ちらちらと振り返りながらも少しずつ足を前に踏み出し歩を進めて行く。


 そして、視界の隅にそれが見えた――。

 

 「何なんだ……あの怪物は……」

 

 ロボット……いや、人間……なのか……。体の至る所が機械に浸食されている。

 周りの樹々よりも頭一つ高い巨人の怪物が、その巨体には似合わない驚異的な速度で、樹々の間を突き破るように、風を巻き起こしながら迫って来る。前傾姿勢で陸上選手のように大きく腕を振り上げるその走りは、恐ろしく速い。


 「あんなものに……かなうわけがない」


 巨人はその猛烈な速度を機械の拳へ乗せ、十三さんへ叩きつけた。その衝撃音と共に土と石が四方に爆散する。


 「十三さん――ッ!!」


 一瞬潰されたかと焦ったが、十三さんはうまく躱している。さらに巨人の猛攻は続く。その巨大な腕が振り下ろされるたび、風が唸り、大地が削れていく。巨人の動きは、一つひとつ信じられないほど速いが、十三さんの動きは巨人を凌駕していた。繰り出される攻撃をことごとく余裕を持って躱し続けている。

 これが未来で戦い続けた十三さんの力……。


 それにしても――――。


 十三さんは怖くはないのだろうか。

 俺は怖い。

 遠くで見ているだけなのに体がすくんでいる。

 怖くて怖くてどうしようもない。

 あんな怪物から圧倒的な殺意を向けられて、立ち向かうことなんて誰ができる!?

 

 「何なんだよっ!! この世界は……」


 巨人の左腕が横薙ぎに振るわれた後、右腕が叩きつけられた。しかし、その攻撃は当たらない。十三さんは、すぐさま猛烈に加速し、巨人の右腕を駆け上がって行く。巨人の肩まで来ると顔へ向け飛び上がり、両手で握る大きな長刀で巨人の右眼を切り裂いた。


 響き渡る巨人の怒りの咆哮。


 「小僧っ! 何をもたもたしておるっ!」


 いつの間にかすぐ傍まで来ていた十三さんが、俺を肩に担ぎ走り出した。


 「た、倒したんですか!?」

 「あんなもんであれは死なん。少し黙っておれ。舌を噛むぞ」


 なんてなさけないんだ……。無力で臆病な自分が嫌になった。


 騒々しい壁の前に到着した。

 金属製の大きな門。樹々よりも遥かに高い石の壁。壁の上には人影も見える。

 

 壁のすぐ横では機械に浸食された巨人と、刀や槍を持った甲冑に身を包んだ人間達が戦っている。甲冑は軽装で、袴のような和服の上に肩当や籠手、すね当だけを装備している人が多い。

 さっき襲われた巨人よりも小さい巨人だ。


 「何があった?」


 十三さんが近くの兵士を捕まえ尋ねる。


 「ハッ。突如、巨人型が数体現れ、壁を壊し始めました。大和やまと将軍が全軍の指揮をっております」

 「そうか……。れつに伝えてくれ。『儂の力が必要ならすぐに呼べ』と」

 「ハハッ」


 兵士は頭を下げ去っていった。

 これが今の世界の戦いなのか……。

 あまりの凄惨せいさんな光景に声がでない。

 馬に乗った兵士達が、巨人を壁から遠ざけようと、玉砕覚悟で突進している。巨人の腕に叩き潰される者。薙ぎ払われて吹き飛ばされる者。大勢の兵士が仲間の犠牲を乗り越えながら、巨人の足を切り刻んでいく。


 「壁に上に行くぞ。小僧。ここは危険だ」

 「はい。十三さんも戦いに行くのかと思いました」

 「多くの死傷者が出ているからな……行きたいところだが、儂の出る幕はないだろう。烈が指揮をとっておるなら大丈夫だろう」

 「随分信頼されているのですね。その烈という人物を」

 「……そうだな」


 十三さんの後について、門の横にある小さな扉から中に入り、何枚もの扉を抜けて階段を上がる。途中で見張りと思われる人が何人かいたが、十三さんへ頭を下げただけで、何も言われることはなかった。

 

 さっきも感じたが十三さんは、けっこう上の立場なのかもしれない。

 

 壁の上に上がるとすぐ壁外の戦いが眼下に見えた。怪物の咆哮と人間達の雄叫びが壁の上まで聞こえて来る。壁の下は地獄だ。多くの人が簡単に死んでいく。それでも巨人を足元から切り崩し、一体一体ととどめを刺していく。


 それにしても……この怪物は何なんだよ……。

 どこから現れた? 

 これが普通の日常なのか?

 この世界に何があったというんだ。


 少し考えこんでいる間にも、何とか全ての巨人を倒し、収束しそうな状況になっている。


 「よく見ておくんだぞ。小僧」

 「はい……」

 「彼らの尊い犠牲なくして、今この国は成り立たない」


 十三さんもどこか悔しそうな顔をしているように見えた。


 「小僧。こっちだ」


 十三さんは壁の反対側へ歩いて行く。

 そこから街の様子が一望できた。


 「これは……」

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