第39話


 *


 ルティのパーティー用のドレスが仕上がったということで、仕立屋がクオレイア公爵邸にやってきた。


 監査も終わり、フェルナンドからの報告はすでに王都で受理されていた。もちろん、オーウェンとルティは愛し合っている恋人同士で間違いない、という結果で。


 つまり、もうルティはこの偽恋人の役割のほとんどを終えているとも言える。

 早期に屋敷を去っても良かったのだが、王弟殿下主催のパーティーには出席しないとやはりマズイ。


 そういうわけで、クオレイア家の滞在と、パーティー用のドレスは必須だった。


 さっそく試着をしたのだが、オーダーとあって身体にぴったりだ。さらにルティに合わせて色味を厳選したこともあり、顔色もよく美しい立ち姿になる。


 当日着られることを楽しみにしながら過ごし、そしてパーティーが開催される五日前の夜――。


 使用しているゲストルームの、廊下を挟んで反対にある部屋の扉をルティは開けた。


「……やっぱり、あなただったんですね」


 ランプを差し込むと、部屋の中にいた人物はまぶしそうに目を閉じた。


「あなたが私の悪い噂を流したり、フェルナンド様を手引きしていた……そうでしょう、メル?」


 後ろからやってきたオーウェンとレイル、そしてメイド長も、大きなランプを室内に向ける。そこには、おびえたような表情をしたメルがいた。


「なんのことでしょう、ルティ様」

「とぼけないほうがいいよ、メル。君が手に持っているハサミを、僕は今きっちり見ちゃったし」


 レイルの言葉に、ハッとしたようにメルがハサミを隠そうとしたがすでに遅い。ハサミを持つ反対の手には、ルティがパーティーで着る予定のドレスが握られている。


「それを切り裂いて、ルティ嬢をパーティーに参加させなくするつもりだね?」

「違います……ほつれていたので、直そうと……」


 オーウェンが重たいため息を吐く。


「それくらいにしておけ。レイルは名門法律家の出自だとわかっているだろう。下手に取り繕おうとしないほうがいい」


 レイルは「そういうこと」と、いつものようにニコッと笑った。


 フェルナンドの監査の結果が良好だったため、パーティーに出席させないようにするにはルティに危害を加えるだろうとオーウェンは踏んでいた。


 ただ、今までの傾向やコソコソしたやり方から推測し、直接ルティになにかしかけてくるとは考えにくかった。


 そういうことで、ルティを足止めさせるには、パーティーに行かれないようにドレスを着られない状態にするだろうと予測した。


 だからあえてドレスをルティの部屋に置かず、不寝番も解除して、内通者の様子を探っていたのだ。


「なにか細工をするだろうとオーウェン様がおっしゃっていましたけど、大当たりでしたね」


 ルティは茫然としたまま動けなくなっているメルに近づいた。彼女の手からハサミとドレスを取り、幼い印象の瞳をまっすぐ見つめた。


「メルは、フェルナンド様になにか弱みを握られているんですか?」

「……違います。私が勝手にお慕いしているだけです」


 メルはそれからポツポツと自分の状況を話し始めた。


 地方貴族だったメルの両親が借金を負ったこと。それでフェルナンドの元で勤めることになったこと。


 優しく知的なフェルナンドを、いつの間にか慕っていたこと。


「フェルナンド様は公爵の地位を欲していました。だから私は、自ら進んでこの屋敷にきたんです……内情を報告し、フェルナンド様が公爵になる機会をずっとうかがっていました」


 オーウェンはメルの言い分を聞き終わると、静かに彼女を見下ろす。


「噂を流すのも叔父を手引きするのも、明確な罪名をつけにくい。公にしたところで、ただの内輪もめと世間は捉えるだろう。叔父の入れ知恵だな」


 メルの肩がピクリと震える。それだけで十分、肯定と捉えることができた。


「叔父はおそらく、君の気持ちを知っていたに違いない」


 それにはレイルも同意した。


「フェルナンド様って、そういうちょっと嫌なところあるよね」

「ひとまず君には自宅で謹慎でもしてもらおう。レイル、書類を作ってくれ」

「了解」


 法的な力を持つ書類によって、正式にメルはこのあと解雇されるだろう。おそらくルティの侍女として名乗りを上げたのも、フェルナンドのためだったに違いない。


 レイルに引き連れられて去っていくメルは、ぽつりとつぶやいた。


「……フェルナンド様のほうが、公爵の地位にふさわしいのです」


 メルは悔しそうにうつむく。


「フェルナンド様は、痛みに立ち向かっています。痛みから逃げ周りを遠ざけ続けていたオーウェン様、あなたとは違います」


 それにオーウェンはムッとする様子もなくただただ静かにうなずいた。


「たしかに叔父は強い人だ。わたしとは違う」

「そうです、あの人は――」

「君にも認めてもらえるような、立派な人間になるよう努力する」


 オーウェンはメルをじっと見た。


「わたしにできるのはそれだけだ」


 さらに口を開きかけたメルを、レイルが促して退散させた。


 こうして困難は去り、ルティとオーウェンは王弟殿下主催のパーティーに無事に出席することができた。


 その数日後に開かれた議会では、見事に誓約を守ったとしてオーウェンの噂は完全に噓であったと認定された。


 オーウェンの悪評はそれ以降聞こえてこない。

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