第32話
「やけに遅かったな。なにかあったか?」
ルティはサイドテーブルにお茶を用意しながら口を曲げた。
「フェルナンド様に嫌味を言われておりました」
「はぁ!?」
「オーウェン様の偽恋人だと確信を持っておられる様子です。それから、自分なら十年先は困らないくらいお金を出すとも」
ルティはお茶の用意をしながら、端的に話した。
「それで、君は……」
「あんな風にあなたのことを悪く言われて、腹が立たないわけがありません!」
オーウェンは目をぱちくりさせた。
「なんか私、あの人のことあんまり好きになれません。それに、挨拶のキスのあと、こーんなふうに指を絡めてくるなんてハレンチすぎです!」
瞬間、オーウェンがルティの手を強く引っ張った。
「わっ!」
バランスを崩し、ルティはオーウェンの膝の上で抱え込まれる形になる。オーウェンの手が頬に触れた。
「どこだ?」
「えっ!? はい?」
「だから、どこにキスされたんだ? まさか頬? 唇?」
殺気のこもる瞳で射貫かれて、ルティはぎょっとした。なにやらオーウェンは相当怒っているようだ。
「……手の甲ですけど」
「出して」
なにをされるのかと心配になりながら出すと、オーウェンはルティの手をハンカチでごしごし拭き始めた。
「あのエロジジイ、許さない。脛あたりに一発くらわせてやろうか」
「物騒なこと言わないでください! それに、もうそんなに拭かなくても」
「まだダメだ。菌が残っていたら困る!」
ぶつくさ文句を言いながらいまだに拭いているので、ルティは逆に恥ずかしくなってきてしまった。
「あの、オーウェン様。手を洗ってきますから」
「そういうことじゃない」
今度は強く手を握ってくる。さっきのフェルナンドとは違う、強さの中にいたわりがこもっているような触れかただ。
じいっとルティの手の甲を見つめていたオーウェンは、いきなりフェルナンドと同じところにキスをした。
「オーウェン様!? 挨拶の練習をするなら、そう言って――」
その間にもう一度、そして今度はルティをじっとりと見つめながら、再度キスされる。どうしたのかと思っていると、指先にまでキスされた。
「……なんで怒っているんですか?」
「君にじゃない。叔父に腹が立っている。わたしがまだ触れていないというのに、直に触るなど……君はわたしの恋人なのに」
「『偽』恋人ですよ」
オーウェンは心なしか気落ちしたような、拗ねたような顔をしている。自分ができないことをフェルナンドが難なくやってみせたのが癪に障ったのだろう。ルティは苦笑いになった。
「無理する必要はないですよ。素手で触れること以外の『熱愛アピール』で、仲良くしているというのが査定書に書かれればいいわけですし」
「まあ、そうだが。現時点でひどいことを書いているような気がしてならない。あいつは性格が悪いからな」
「内容を確認したいですが、そんなことするはずありませんよね」
ルティの言に、オーウェンは「そうか」となにかひらめいたようだ。
「それなら、こちらから見に行けばいい」
「まさか、お部屋に忍び込むおつもりですか?」
そんなことをするわけがないだろうと思いつつも訊ねると、オーウェンは真面目な顔で頷いた。
「ええっ!? 本当にお部屋に入っちゃうんですか!?」
「今日は、午後から港に行くと言っていた。しばらくは帰ってこないだろう」
フェルナンドに言われた嫌味を思い出すと腹が立つ。ルティは「私も行きます!」と両手のこぶしを握り締めた。
「君にはできれば自室にいてもらうほうがいいのだが……」
「おとなしくなんてしていられません! 私も評価が気になっていますから!」
ボーノにも協力を頼む形で、二人はゲストルームに勝手に入ることにした。
そうと決まれば話は早い。オーウェンは意気込んでルティの作ってきた眠気覚ましの苦みマシマシ茶を飲みほした。しかしそのあと絶句する。
「…………殺人茶二号だ」
「そんなことないですよ、美味しいはずです」
「これはレイルの弟子と言っても言いすぎじゃない」
それ以来、オーウェンはルティに眠気覚ましのお茶を頼むことはしなくなった。
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