第18話


 *


 仕事もそろそろ終わるという時、レイルを呼ぼうとすると「しーっ!」と止められる。


「オーウェン静かに。見て、ぐっすり寝ちゃってるよ」


 レイルの指さした先では、読書をしていたはずのルティが、ボーノを抱っこしながらソファで寝落ちしていた。


「可愛いねぇ、ルティ嬢。素直だしいい子だし。君の手の痛みも心底心配していたよ。大事にしないと、オーウェンはばちが当たるぞ」


 ルティの頬にかかった髪の毛を払おうと伸ばしたレイルの腕を、寸前でオーウェンが掴んで止めた。


「コルボール伯爵令嬢はわたしの『恋人』だ。勝手に触るな」

「『偽恋人』でしょう?」

「誰がいつどこで見ているかわからない」

「ここは、僕と君しかいないよ」


 オーウェンが明らかにムッとすると、レイルは「悪かったって」と立ち上がり一歩離れる。


「彼女のこと、好きになっちゃった?」


 レイルの質問に、オーウェンは腕組みしたまま黙り続ける。


「まあいいや。茶器は僕が片付けておくから、ルティ嬢をお部屋まで運んであげてね。じゃあおやすみ!」

「あ、おい……!」


 レイルはひらひらと手を振ると出ていった。

 オーウェンは色々あきらめて、ルティを抱えあげた。


 廊下をすれ違う使用人たちは、オーウェンがルティを抱き上げて運んでいる姿を見ると、一様に微笑ましそうにしてから一礼する。


 部屋に到着し、彼女をベッドに横たえた。起きる様子がないので、オーウェンはそのまましばらくルティの顔を覗き込む。


 この二週間近く、手袋をしていれば彼女に触れることに躊躇がなくなっている。


 以前は、痛みがないとわかっていても人に触れるのが嫌だった。特に女性は下心が強すぎるから、絶対に近づかないようにしていた。それなのに……。


 ――直に、彼女に触れてみたい。


 あくまで彼女は『恋人役』なのに、まさか、こんなに誰かが気になるなんて思ってもみなかった。


 手袋をしていない指先をすっと伸ばしたが、先ほどと同じように、彼女の頬の手前で止めた。


 もしルティが自分のことをよく思っていなかったら……。


 触れた時の痛みは、そのままオーウェンの心の痛みに直結する。


 いつもなら気にしないのに、ルティに触れて痛かったらと思うと、なんだか切ないような気がした。


 先ほどボーノの温もりを感じてしまったからかもしれない。


 掛け布団をかけると、ボーノが外気を求めてもぞもぞと隙間から鼻先を出す。


 オーウェンはボーノの鼻先をツンツンとつつく。ぷぷっと鳴く声とともに、指先をぺろんとなめられた。


 痛みはない。


 くすぐったさと舌のつるんとした感触が残る。もう一度頭に触れてみたが、ボーノは嫌そうではなかった。


「お前はずいぶん温かいな」


 そのまま撫でてやると、気持ちよさそうに目をとろんとさせたあと『ぷすぅ、ぷすぅ』と寝息をたてはじめる。


 オーウェンは「おやすみ」と言うと、静かにルティの部屋を出た。

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