激安霊感商法!(6)

 タダとは無料。タダより高いものはない。そんな言葉が頭に渦巻いて、「はい!」と答えることはできなかった。

 何か理由があるのでは。


「壁、壊しちゃったんですか? それとも床抜けちゃいました?」

「まだやってないって!」


 つまるところ、いつかやるとの示唆だろうか。もし本当に破壊された時に「前に言ったでしょ」と説明されても困る。


「これからもダメです。壊しそうだからってこともないですよね?」

「一旦、壊すってのを忘れて!」

「じゃあ、家賃滞納しそうだとか?」

「うっ? いや、それは……」


 彼女の目がスイミングを始めていた。そこはハッキリ答えてもらいたいところであるのだが。大丈夫かなぁ、と不安になってしまう。

 そんなこちらの感情を誤魔化すように叫び始める朝子さん。


「ってか、まぁ、そんなの関係なく! お礼としてだって! 本当にいいから!」

「でもやっぱ幾らかしたんじゃないですか? 厄落としだったって言ってもタダじゃないんですから」

「いやぁ、そんなにしてないよ。五百円ぽっきりで……」


 一回、五百円との安さが理解できなかった。百円玉が五枚。十円玉が五十枚。五円玉が百枚。結構多いではないかとも思ったが、その後に五百円玉一枚と認識し、更に驚いた。

 霊感商法にしては、安すぎではないだろうか。

 骨董品の茶碗を見ても、大差ない。わざわざ霊感商法でやる必要などあるのかと思う位だ。今では中古品を販売するアプリもある。それを使わず、わざわざ霊感商法などと理由を付けて売るのは何故だろうか。


「安すぎませんか?」

「まぁ、最初だからって、とっても安くしてくれたかな。こっちがバイト探しの真っ最中って言うのも考えてくれたかな。そうでなくてもお得意様にはまた別のオプションで千円で壺売るとかって言ってたかな」

「ええ……? ちょっと見せてください」


 少し茶碗の中身について見せてもらうことにした。中に盗聴器が隠されている訳でもない。


「何を怪しんでるの?」

「あっ、いや……」

「何も入ってないと思うわよ。これ、君にプレゼントするって言ってたし」


 茶碗の中に何も埋め込まれている様子はない。金継ぎやツタの模様をした、個性的な装飾はあるのだが。

 盗聴器や盗撮カメラで個人情報を入手する。女性が被害者の場合、個人情報として売り出すことができる。五百円で情報を買えるのなら、お得なものだろう。しかし、それもない。

 中を観察する様子だと五百円だと採算が合わないような気もする。


「金継ぎって幾らするんだろう」

「ああ、この模様ね。結構したとは言ってたけど……でも、それでも安くしてくれるんだって」

「ええ……?」


 美味しい話ではありすぎる。骨董品に興味のない人からしたらどうでも良い話題であろうが。こういう風に欲しがっている人にとってはあまりのもお得すぎる話なのだ。何処かに裏がないかと疑ってしまう。

 自分達が損して、何が困るのか。

 考えているうちに縮こまっていた。


「そ、そうだ……」

「えっ?」

「ごめん。ゴミの方、ちょっと遅くに出しちゃったかも……そして中に色々入れちゃったなぁ……」


 前にゴミ収集車の人に「住民にちゃんとゴミ出しのマナーをちゃんと教えといてくださいよ」と怒られている父の姿を見たことがある。父親の土下座が綺麗だなとあの時は子供ながらにそれしか印象に残らなかったのだが。今ならその苦労が分かる気もする。


「……気を付けてくださいね。ってか、女性のゴミ出しってだいぶ、狙われやすいって言いますし……。そんな目立ってると、ああ、この麗しい女性は最後にゴミ出しをするのか。最後のゴミを漁れば、その女性のものをって……探られちゃいますよ……探られなくとも、ゴミを調べる人ってのもいますし。このアパートにはいませんけど」


 そこに隣から冷たい息が耳に飛んでくる。


「でもまぁ、私の奴は集めちゃってくれても構わないよ。ストーカーしてくれるのも私、嬉しいからね。きゃー、サインにストーカーされちゃーう!」

「し、しおら?」


 逆にしおらが僕のゴミ袋を漁っていないかが心配になってきた。いや、大丈夫だ。彼女は時々家の中について色々アドバイスをしてくれる。「紙ごみとプラスチックのゴミ、間違ってるよー!」だとか「ペットボトルのキャップは外して」とか「牛乳パックはリサイクルの方に」だとか。色々教えてくれる。やろうとするなら、その時に探しているはずだから。

 いや、待て。彼女はその時、ゴミを持っていただろうか。ペットボトルの時は何も持っていなかったことは間違いない。

 まさか中のものを漁ろうと考えて、人の家のゴミ箱を覗いたとか……。あり得る訳がない。あり得て良いわけがないと首を横に振って、考えを全て吹き飛ばした。


「でも、そんなに安いんだね……驚きですね」

「やっぱ、世の中には優しい人達がいるってことだね」


 その間に話が進んでいた。

 本当にその真実を受け止めてしまって良いのか。少しでもあの人達が怪しいと感じた勘を外れと考えてしまって問題がないのか。

 同じお金を貰う存在としては納得ができなかった。

 アパートの部屋を貸してお金を貰う存在。家賃を収集しないといけないのに。幾ら相手が困っていたとしても、一定のお金は払ってもらわないといけない。優しさだけでは家主も借主もどちらも幸せにはなれない。

 何故。

 今はもう、あの人達を責めようとしている訳ではない。

 ただの好奇心だ。


「……もうちょっと調べてみるか」


 朝子さんを後に家を出た。しおらの家が行っていた場所へと向かおう。女の家に行ってみれば、少しでも何かが分かるかもしれない。

 探偵としての知識を限界まで使ってしまおう、今だけは。

 三日前に何か起きていないか、なども調べてみる。会社が無くなって、抱えていた在庫を全て処分することになったとかはないだろうか。

 差し押さえがされるから、その前に取引をして他の人に預ける。なんてこともできるかもしれない。となると後からその骨董品を返してなども言われるのだろうか。いや、だとすると朝子さんの「骨董品を僕にあげる」との発言は否定すると思うのだけれども。

 ううん、考えても謎が解けてくれない。真相は闇の中。

 そんな中スマートフォンにピコッと着信が来た。どうやら市から速報が入ったらしい。

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