激安霊感商法!(5)
その心の隙が一つの油断であったことに気が付かず。ポンと肩を叩かれた。
「あらぁ、貴方も骨董品屋さんが気になるの?」
見ると、そこには若そうな女性がいた。清潔感があり、笑顔の印象も悪くない短髪の人。ただ僕からしたら全く知らない人、だ。
「貴方は……?」
「あっ、そこのファミレスでバイトが終わったところで……ずっとあの骨董品屋を君が見てたから気になっちゃって。それとも君はあの女の人のストーカー?」
「いや、骨董品屋さんとして気になってるだけですって!? あの人ってどういう感じなのですか?」
ウエイトレスの人らしい。どうやらあの二人のことを知っているようだから、情報を貰ってみることに決めた。
「最近ずっとお客さんと交渉してるみたいよ。立ち聞きはできなかったけど……」
「最近って」
「三連勤の始まった頃からだから……三日前からかな……その頃からいろんな人に営業回っていたみたいだし。スマートフォンやパソコンカチャカチャしてたから、いろんな場所でたぶんセールスしてたんじゃないかな」
「ありがとうございます」
ほんの数日前に生まれたばかりの悪徳商法。家庭科で習ったクーリングオフの期間は八日間だったはず。自分の意思で買ったものだから受け付けられないと考えることもできるが、そもそも霊の情報がでっち上げだと分かれば、詐欺罪待ったなし。問題はないと思われる。
となると困るのはネットだ。
ネットでも買われていると、確かクーリングオフはできなかった気がする。その被害者もいないか調べてみるも、目ぼしい霊感商法の話は出てこない。
SNSでも、だ。
ネットの方が騙しやすいはずだし、クーリングオフもできない点でお得だと思うのだが。何故そちらをしないのだろうか。できない訳があるのか。
先程の女性はもういない。きっと明日が休みだからとのびのび気分で帰宅したのだろう。
ファミレスの方を確かめてみると、そちらにもいなかった。頭の中で雷を落とされたようなショックを受ける。ついに見失ってしまった。
出てくるのはのそのそと歩いてくるお婆さん一人。から草模様の風呂敷と随分古いものを巻いて出てくる始末。
しおらに「見失った。ごめん」との連絡をしてから、お婆さんの方に語り掛けた。
「お婆さん、すみません!」
「何でしょ?」
「今の骨董屋さんって何処で連絡されたのでしょうか? 自分も骨董品に興味があったので、知りたいのですが」
彼女は首を曲げる。少ししてからこちらの意図が分かったのか、話してくれた。
「そういうことね……でも悪いねぇ……全然知らないのよ」
「えっ?」
「街中の歩道橋で重い荷物を運べなくて困ってるところであの二人が来てくれてね。そこでちょっと立ち話をしてたら、亡くなった爺様の忘れ形見である茶碗をどうにかできるって話をしてたもんでね。欠けたのを金継ぎできるってものだから、頼んでた訳さ。ついでにその悪霊もどうにかできるって聞いたからね」
「……そう……なの、ですか?」
金継ぎ。
骨董品を売るだけではなく、修理する方法でも霊感商法を使っていたらしい。あまりにも不思議な霊感商法だ。
金継ぎしてもらったこと自体は悪くはない。きっと、それで壊れた形見を戻してもらったお婆さんは満足なことだろう。
何だか今は悪いことを言えなくなってしまった。価格についても知りたかったものだが。亡くなった人に関しての思い出には幾らでも掛けたくなるものであろう。それが霊感商法でなくても、だ。
それをお婆さんも納得した。価格は別の人について尋ねたいところ。
「ありがとうございます……」
「じゃあね……」
悪い人とは段々思えなくなってしまう。いや、別の視点で見れば、奴等は人の死までもを口実に私腹を肥やす化け物であろう。
そうであるはずなのに。
またもや不思議な感情を覚えてしまった僕に電話が掛かってきた。
『あっ、サイン!』
「しおら……」
『調べてみたけど、事務所みたいなものはなかったみたい。二人共、別れて家に帰っちゃった……』
「えっ、家の方は……?」
『ううん、女の方は分かったんだけど、男の方は何か決まってないみたいで……路地裏に消えちゃった……裏山に入ってったから、たぶん、そこに生息してるんだと思う』
「容疑者を熊みたいな言い方……するなよな」
結局は真実は分からないまま。証拠を抑えることはできるのか。だとしても、本当に良いものなのか。
今は彼等に助けられている人がいる。もし、捕まったとなったら、そのものはどうなるのか。仮に奴等が悪い奴だったとしたら、警察が来たとなれば預かったものを全て処分し、逃げるだろう。しかし、その処分されたものは。
食器が燃えるゴミに出せるのかどうかは知らないが。それでも大変なことになることは間違いない。
「ううん……」
結局、収穫はない。すぐアパートの一室に帰宅することにした。しおらもだいぶ疲れたよう。
僕の横で寝そべっている。
「しおら……」
「おやすみなさーい」
「寝るんなら、自分の部屋で寝ろよ。何で僕のベッド占領するんだよ」
「隣で寝ていいのよ」
「分かった。しおらのベッドで寝てくるよ」
「そうじゃなくって! 私の家でってことじゃなくて! こっちこっちこっち!」
騒いでいるしおらのせいで眠気も消えてしまった。午後はもう有意義に過ごすべきか。
事件のことなどもう考えたくない。
ただの善良な霊感商法なのならば、誰かが困るまで待っていれば良い。今のところ誰も困っていないのであろうか。
本当に霊媒師のような存在だとしたら、霊感商法も詐欺ではないのかもしれないし。
いや、怪しいと警察に相談はしておくべきか。いや、だとしてもだ。関わったせいで先程考えたようなことが起きれば。
困ったものと嘆いている最中に訪れた者がいた。
「おおい! サインくんいる?」
「な、何ですか?」
すっかり寝入ってしまったしおらを置いて、僕は外に出る。朝子さんが外で骨董品を持ってくる。
「最近色々と事件に遭遇して困るって言ってたよね?」
「言ってましたが……」
「はい、プレゼント」
何かと思えば、朝子さんが霊感商法で騙されたとのものだった。彼女はきっと僕まで被害者にするつもりか。
霊感商法、と言うよりはマルチ商法だったのか。この商品を売りつけて貴方も儲かりましょう、的な。
一応、警戒しながら聞いてみる。
「いくらで売るんですか?」
「えっ?」
「いや、いくらで買えば、厄落としできるんですか? 一万円? 二万? あっ、いえ、払うつもりはありませんが」
どうにかしようと考えながら、彼女の顔色を窺っている。しかし、悪だくみの意図はなさそう。完全完璧に純粋に騙されているのではなかろうか。
用心したところ、彼女は妙なことを口にした。
「いや、タダでいいって! プレゼントなんだから!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます