激安霊感商法!(2)

 気を取り直して前を見る。メアには白い着物を着用したいかにも大人しそうな女の人がいた。

 一瞬で見てはいけないものが見えてしまったのだと理解してしまった。驚きのせいでぶふーっとこちらも口から紅茶を噴き出していた。


「ちょっ!? ちょ!? サインくん!?」


 怖がりモードの彼女に真実を話したら、何を考えるか分からない。見なかったことにしよう。


「ご、ごめん。ちょっと思い出し笑いをしちゃって……」

「そ、そうなの?」


 後ろにいる幽霊みたいな女は意外と綺麗な顔をしていて、白い服さえなければ幽霊とは気が付かなかったのかもしれない。

 いや、足がないから無理だろう。完全にあれは幽霊かお化けの類だ。

 そんな幽霊だが、こちらの様子に対しきょとんと首を横に曲げている。「あれ? 私、なんかしちゃいましたか?」みたいな感じである。いや、完全にお前のせいだから。この怖がりが気付かない間に成仏してもらいたいものなのだが。

 ただこちらがスルーしていることにハッと目を見開いて気が付いたかと思えば、変顔をし始めた。

 メアに気付かせてはいけない。彼女が「後ろに何かいるの?」と確かめたら、一巻の終わり。

 平静を取り戻そう。


「そ、それよりもこの前、僕が解いた訳じゃないんだけど、面白い事件の話があってね」

「ええ!? 聞かせて聞かせて!」


 彼女は鼻を吊り上げたり、頬をびろーんと引っ張ったり。こちらに存在を誇示しようとしている。これ以上、無視を続けるのも可哀想だ。しかし、彼女が僕と話してしまったら、この世界に未練が残って成仏できなくなるのではないか。

 二つの要素に阻まれた時、彼女は頬に指を当てニコリ。もう耐えられなかった。


「ぶーっ!」


 今度は紅茶ではなく、口に溜まっていた唾みたいなものが出そうになった。彼女もまた驚いて、口から何かが飛んでいく。それからこちらに文句が飛んできた。


「わたしに対抗しなくていいんだよ!」

「いや、別に対抗しようとした訳じゃなくって……ええと、まぁ、うん……ちょっと待ってて。手を洗いに行ってくる。何処? あっ、動かなくていいから。言われれば、分かるから」


 場所を案内するからと言って、後ろを振り向かれたら困る。

 僕は幽霊の方に小さく指で左へ進めと指示する。そこで、とことん話そうではないか。何故、彼女がこの家に不法侵入しているかの件について、と何故変顔で笑わせたのかについて。

 しかし、だ。


「あっ、でもわたしもトイレに行きたいから」


 彼女にバレないようにするとの地道な努力は呆気なく水泡と化す。彼女と幽霊と目が遭う。最後に彼女にどうか霊感がないようにと祈ったが。その祈りも無駄。彼女の口から「ひぇええええ」と。

 幽霊の方はしっかり喋ってみせた。


「どもっ!」

「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 圧倒的な悲鳴。こちらの鼓膜を破壊せんばかり。頭がどうにかなりそうで。実際どうにかなったのかもしれない。

 いきなり、プツンと脳内の中の何かが切れ、視界が暗転した。


「おーい! 大丈夫!? 大丈夫!?」


 気付けば青い空。見慣れたアパートの天井が見え、背中には階段の感触がくっきりと残っている。

 僕は現実世界に帰還したのだ。

 しおらが何度も僕の意識を問うていた。


「大丈夫!? 頭痛くない?」

「いや、あんま……」

「良かった……でも、驚いたよ。思い切り、滑り落ちたんだから!」


 彼女は階段の中間を指差した。かなり高い場所から滑って落ちたよう。普段なら、そこまで運動神経が悪いとのことはないのだが。


「心配掛けてごめん……」

「いいよいいよ」


 まずは謝罪だ。


「で、朝子さんの方も見失っちゃったかな」


 気絶していた時間が正確に分からない。異世界での時間は気絶していた時間の数分とのことももう珍しくはない。

 ただ、今回は更にほんの少しの時間だったらしい。


「大丈夫だよ! ほら、まだあそこに豆粒みたいにいるの!」


 確かにまだアパートからそこまで離れていない。一応、僕が階段から転落したことに気付いていないとのことから、距離はあるとは思われるが。追おうとすれば、まだできる。

 しおらは心配してくれた。彼女の冷たい手が僕の手を優しく握っている。


「でも、頭打ってるのに大丈夫?」

「うん。毎回、回復魔法を打ってもらってるからね。すぐに頭の痛みも消えてたし……問題はないと……って……」


 言ってからしまったと思った。彼女は笑顔で握る手の力を強くした。


「ふぅん、かわいい子だった? この前も確か言ってたよね? へぇ」

「あっ、いや」

「じゃあ、その子がサインを回復できない位滅茶苦茶にしちゃえば……サインはもう私以外を頼ることはできないよね……」


 こちらはこちらで酷い寒気だ。


「しおら! さっきと言っていることが違うぞ! ってか、こんなこと言ってたら、朝子さん見失っちゃうから!」

「そうだったそうだった! この話は追いながらしよう」

「話を終わらせるって選択肢はないの?」

「ない! ささっ! 走れー!」


 僕が指摘した途端、あっけらかんとした笑顔で走り出す。彼女は彼女で切り替えが途轍もなく速いように思える。こんなに感情のコントロールができるヤンデレキャラなんて、しおら位しかいないのではなかろうか。

 朝子さんを追って朝の街を駆ける僕達。電柱に隠れては彼女が距離を話した途端、建物の影に移動して。その繰り返しで何とかできそうだ。前に犯人だと思った人を尾行した時よりもやりやすい。何たって、まず朝子さんは自分が尾行されているとは夢にも思っていないのだから。

 逆に怖いと思える程、気が付いていない。

 平気で転んで、スカートの中をこちらに見せてくる。その際に僕はしおらに「見ちゃダメ!」と目つぶしされるから、これまた怖い。

 目の痛みをどうにかしようと思いつつ、異世界のことも妄想する。僕が消えた後にどうなったのだろうか。幽霊とメアはどうなったのか。

 それと同時に退屈を感じていたのだろう。しおらが異世界について踏み込んできた。


「で、そういや、あれから手掛かりって増えたの? 異世界に行くようになった理由の、あの悪い奴等……」

「ああ……気になるよね……でも……」


 調査結果を言うのが酷く恥ずかしく感じてしまった。僕はもう一般人であって、探索力に老けている人間でもないのに、だ。

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