手錠で繋がる絆(14)

 今回の事件、彼女には大きな影響を与えていた。上司が逮捕され、探偵事務所は閉鎖されることとなった。つまるところ、朝子さんは住んでいた社宅すら追い出される羽目になったのだ。

 自分の家の前でそのことを延々と嘆いている。


「もうそろそろ、家を出ないといけなくなるんですよね……」


 どうして僕を頼っているのか。ただの高校生である僕を、だ。先程まで僕と一緒にゲームをやっていたしおらも部屋から出てきて話を聞いている。


「ええと、僕よりも頼りになる先輩とかいたのでは……?」


 すると朝子さんは手をぐっと握りしめ、悔しそうに唇を噛みしめていた。


「みんな言ってたんですよ! 転職なんか考えてないとか、この探偵事務所で一生やってくとか……それなのに、実際はみんな転職の準備できちゃってるんですよ!? あたしだけだよ! 置いてかれたの!」


 それは危機感がなかっただけではないのか、と思われる。しおらはぼーっとして「この人、誰だっけ?」と。完全に忘れてやがる。こちらはこちらで危機感や緊張感が全くない状態だ。

 目の前に危うい女性が二人。

 朝子さんの方は僕に縋った。


「だから信用できるの君だけなんだよ。同僚とか先輩とか、今は信用できないの」

「高校生に職探しとかを頼りにされても困りますって」

「そうじゃなくって……」


 言われてからハッと気が付かされた。一応、僕はアパートの管理人の息子である。親に相談し、ここの物件に関して口を出せる立場ではあるのだ。


「貯金は」

「一応ちょっとばかし……」


 しかし、ここでしおらの方が過敏に反応した。何もかも思い出したように手足をバタバタさせ、朝子さんに告げる。


「えっ、こんな場所でいいんですか!? ここ、ちょっと夜中にネズミとかゴキブリとかハエとかめっちゃ運動会してますよ! 私、よくここのレビュー書いてますけど、ここに住んでもいいことないですって!」

「おいおい、隣に大家さんがいるってこと忘れてない?」


 僕の周りに女性が増えることを許さないヤンデレ娘の猛攻が始まった。しかし、逆効果。朝子さんは目を輝かせて、こちらに顔を近づけた。


「ってことは、その分、他より安いってことだよね!?」

「まっ、そうなりますかね」


 僕の方はただじゃ済まないことになりそうだ。今、しおらから熱い視線を向けられている。


「いいの? 本当に入れちゃって」

「うん……」


 一応、僕は知っている物件の情報を語っていく。すると少しまだ家賃が高いのかと抗議する。


「もう少し何とかならない……?」

「ううむ……」

「そうだ。住み込みで家事やるから、安くしてくれない?」

「えっ?」

「君の家で家政婦みたいなことするから! もう少しだけ」


 そんなことを言うと、しおらがどうなるか。予想通り、化け物の如く邪気を放って、朝子さんの方を睨みつけていた。

 確かに実際家事はできていない状態。遊びに来るしおらが部屋を散らかすものだから更にとんでもないことになっている始末。

 どうするべきか。

 下の階に住まわせて、もう少し値段交渉をしてみるか。


「でも、住み込みだと貴方が仕事をする時間が無くなっちゃいますから。まぁ、後払いでいいってことで、できる限り親に相談してみます……それで、いいですよね」

「話が分かってるね! ありがとう!」


 何故自分は彼女のわがままに付き合ってしまったのか。たぶん、探偵に裏切られた自分を重ねていたのだと思う。彼女には僕と似た何かがある。

 生き方は僕と違えど、何か同じものがあるような。

 しかし、帰った後が大変だ。


「ちょっと! サイン!? 何でOK出しちゃったの?」

「だって、困ってたし……」

「困ってるって言ったって、それで家賃払えてもらってなくて困ってるの、サインでしょ!」


 しおらが僕を責めてきた。確かにしおらは僕のことを心配してくれていたことも本当のことだ。ただただ僕を取られると思って、暴走していた訳ではない。


「ううん、どうにかするよ」

「全く……後先のこと、考えないんだから、そこがいいところでもあるけどさ……」


 後先考えていない。

 それは僕のことも同じであろう。結局、探偵として動いてしまった。この前もそう。SNSでまた僕が探偵として注目されていることも知っている。復活か、それともまぐれか、なんてネットの一部界隈で密かに呟かれている。

 どうなるのか。

 それに対して、あの特殊捜査部とか言う奴等も目立った動きは見せなかった。結局、探偵事務所にいた人達も、逮捕された大次郎探偵にも「知らない」と首を横に振られてしまった。

 アイツらは本当に警察に準ずる人間なのか。それとも、全く関係のない警察に成りすました怪しい人達なのか。

 ただ、嫌なことにアイツらが異世界に行く能力を開花させてくれなければ、僕は今回の謎を解くことはできなかった。

 結局、助けられてしまったのだ。

 どうすれば良いのだろう。僕は今、探偵として生きれば良いのか。異世界に頼って謎を解くべきなのか。アイツらの力を使って、アイツらを見つけて倒すべきなのか。今は何も分からない。

 考えたくもなくなってきた。

 但し、だ。異世界のあの子には会いたい。もう一度……。

 なんて思っていたら、しおらがまた手錠を掛けてきた。


「やらしいこと考えていると逮捕しちゃうぞ」

「いや、もう逮捕してんじゃん……」


 今度は近くの水道管に引っ掛けられている。今回は僕だけが拘束されている形となった。ふざけている場合でない。


「誰かに見つかったら、誤解される……いや、もう前に警察とかに誤解されてるけど……近所の人に誤解されるのとまた違った、あれがあるから」


 彼女は笑って、鍵を持っている。今回は失くすことなどはなさそうだ。彼女はさっと鍵を差し込もうとした。

 瞬間、何かが足元を走った。


「きゃっ!」


 瞬時に落ちていく鍵。それを口にくわえて持っていったのが野良猫だった。どうやらネズミを捕まえるためにアパートの中へ入り込んでしまったらしい。


「あっ、待てぇええええ!」


 しおらがそのまま追っ掛けていく。猫がぴょんとアパートから飛び越えて、逃げていくものだから僕の顔から血の気が引いていく。


「鍵! 待てぇ!」


 もしかして、僕ずっとこのままなのでしょうか。


「ちょっと! しおらぁあああああ! どうにかして壊してってくれぇええええ! これじゃあ、動けないって!」


 異世界では巨人に勝ったはずなのに。現実世界では猫や女性一人に何もできない無力な自分。

 僕の災難はこれからだ。

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