手錠で繋がる絆(13)

 しおらは少しだけ眉をひそめて「確かに……」と。彼女も納得しそうになるのも無理はない。

 皆も大次郎探偵の言葉に押され気味。ただ少なからず反発する者もいた。「何か、言い方が変じゃありません?」と。

 それが朝子さんだった。


「やってないのなら、もっと落ち着いた言い方してくれませんか……?」

「うるさい……! こちとら大事な話をしているんだ。首を突っ込むな!」

「ひっ!」


 これでは僕が言葉に詰まって無実が証明されたとて、立場が危うくなっていることに気が付いていないのか。

 それだけ痛いところを突かれ、周りが見えなくなっていることなのだろう。そう自分で決定づけ、どんどん奴を攻めていく。

 何故、事故で死ぬことを望まなかったのか。


「それは簡単、大次郎探偵が望んでいたのは、中林さん自身の死ではなかったから、です」

「えっ?」


 しおらが目を見開いた。何もかもをひっくり返されたことで驚いたよう。当たり前だ。


「まぁ、殺人事件となれば、相手はその人物に死んでほしいからって動機を考えることになるけど……実はそうじゃなかったんだ」

「ん? どういうこと?」

「しおら、警察からの話を覚えているか。ほら、中林さんの家で泥棒が高価なものを盗んでたって話」

「そういや、あったね。身の丈に合わない宝石を盗んでいたって……」


 彼女はじっとそれが何に繋がるのか、顎に指を付けて考えた。沈黙の一瞬。誰かが溜息を吐く間もなく彼女は「ま、まさかっ!?」と叫び出した。


「まさか、それって大次郎探偵を脅して、お金か何かを貰ってたってことじゃないよね!?」


 ただ、それだとおかしいところが一つ。


「そっ……大次郎探偵は何か不正をしていたって考えた方がいいな。それを知った中林さんは脅迫して請求していた、と」


 今度は探偵事務所の所員である朝子さんが震えて喋る。


「ふ、不正って何?」


 僕が考えるに、だ。この古い建物のこと、事故が起こるようなエレベーターのことを考えて告げる。


「たぶん点検されてないってことかな……この建物自体が」

「で、でもあたしみたいな人にアパート貸して、給料は多いとは言えないけど、結構いい待遇だったんだけど……それなのに、どうしてお金がないの!?」


 元々、薄々感じていたことではあるが、彼女の証言で確信した。


「大次郎探偵は点検の費用をけちっていた。それだけでなく、きっと会社の金を横領していたんでしょう。彼にとっては、そんなことを脅してくる中林さんの生死などどうでも良かった……自分が手を汚すまいが汚そうが関係ない。ただただ、この建物に捜査の手が届かないようにしたかったんだ。だから、自宅で自殺をしたように見せかけるのが一番だったって訳だ」

「そ、そんな……」


 朝子さんが紫色に顔を染め、後ろに下がっていく。まるで暗闇に無数に群がる手に連れていかれるような、そんな動き方に見えた。

 闇の中に引っ張られる気持ち。何となくだけれども、分かる。信じていたものに裏切られ、暗闇の中に放り込まれる。僕も同じ気持ちだ。少なからず、大次郎探偵には期待していた。憧れがあった。自分も彼のようになりたいと思っていた。彼のように堂々と真実と戦えたら、と思ったことがあったからだ。

 だから静かな怒りを再度、ぶつけてみせる。


「大次郎探偵、貴方が人を殺してでも隠したかった不正の数々。警察が来れば、明らかになるでしょう。証拠がなくとも、貴方は社会的に終わりです」


 プツリと切れた大次郎探偵。彼は、ことの真相を語り出した。


「違う……違う……違う」

「何が違う!?」


 つい声を荒げて聞いてしまった。隣でしおらが少々固まっている。悪いことをしたな、と思いながら奴の言葉に耳を傾けていた。


「動機だ……それだけじゃない。自殺に見せかけてみたかったんだ……どうせ死ぬはずだった命……殺人に使っても、いいだろう……? ちょうど良いと思ったんだ」


 しおらはここまで来て普通の感情を取り戻す。探偵の助手から普通の人へ。


「この、悪魔……! そのために人を殺したっての……? 人の命を何だと思ってるの!?」


 そこに続く声。


「こっちは名探偵なんだ。様々な事件を明らかにした名探偵なんだ! たまには実験してもいいだろう? それに不正なんかが明らかになって、こっちの推理を警察が聞き入れなくなったら、どうする? 世界は闇のままだぞ……? 真相が全て闇の中……!」


 今度反証したのは朝子さんだった。


「貴方を認めない……」

「えっ?」

「貴方を探偵として認めない! 世界が闇の中!? それはアンタの目の前だけですっ! アンタの視界が真っ暗だから、未来がお先真っ暗だからってこっちまで未来が暗いとか真相は闇の中とか決め付けないでくれるっ!?」

「いい口を利くようになったなぁ……! 一人前になったつもりか……!?」

「いいや、まだ一人前じゃありませんよ。それすら分からないんですね! あたしはこの少年がいて。彼の助けがあって、やっと一人前になれるんですよ! アンタよりもこの子に未来を託します!」


 彼女の言葉、それは僕を探偵にする、とのことか。探偵として生きるのをやめた僕に何を要求しているつもりか。

 だけれども、少しだけ心に響いて言葉が離れない。

 その上、言葉が役に立ったようだ。否定の言葉を様々な方向から浴びせられて、暴走しそうになった大次郎探偵。その前に警察二人が奴を止めに入ることによって、簡単に制圧されることとなった。

 憧れの人が逮捕されていくことになって、かなり気落ちしたくなる。

 しかし、それよりも絶望を感じて、体から力を失くしたかのように崩れ落ちていったのが朝子さんだった。


「……信じてたのに」


 どう告げるべきなのか、全くと言って程分からない。励ます方法をもっと知りたい。探偵として推理はできても、落ち込む彼女を何ともできないことに関して、無力さを感じてしまった。

 しおらも一緒。


「……人を信じるって難しいことだね……信じるって……やっぱ、簡単なことじゃないんだよね。その人の素性も知らなかったら……その人の過去を知らなかったら。こうやって手錠で繋がっても平常でいられるような絆なんてそうそうできないから……」


 彼女のおかげで僕は何とか言葉を吐き出せた。


「だから……人と人は出会って、それがいい人か悪い人か、裏切られながら知っていくしかないんだ。人と何度も何度も出会い続けていれば、それがきっと経験になって……って、それ、年下の僕が言う話じゃないですよね……生意気言って、すみません……」

 

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