手錠で繋がる絆(12)
「何がですか?」
奴の怒鳴り声に対し、こちらは冷静に対処しようと意識する。実際、怖くない。先程異世界で戦ってきた巨人の方が相当威圧感を持っている。今更大次郎探偵が何を言おうが、少しも怯えられない。
「あれは自殺と言ってるだろ……!? あれをどうすれば、殺人にできるんだ!?」
「じゃあ、聞きます。何で自殺なんですか?」
「縄についていた指紋もあるな。それに睡眠薬なども検出されていないのに吉川線もなく、警察もあの縄が宙に浮いてる状態で絞めたと言っていた。つまり、他の縄で絞殺していたら別の痕も付くが、それはなかった。中林は自殺したとしか考えられないじゃないか!」
僕は首を横に振る。
「では、その状況に殺人でも可能だってことを証明すればいいんですよね」
「はぁ? 何言ってやがんだ? それってつまりはだな。縄を持ってください。そして、このまま首を吊ってください、どんなに苦しくても手を動かさないでください。とでも言うのか!? 無理だろう?」
「そんなことしなくても、できますよ」
「どうやってできるんだ!?」
今、証明すべきこと。
何故、吉川線がなかったのか。
吉川線の問題から解説してしまおう。手錠をカチャリと動かしながら、彼に見せつける。このことをバレたくなくて、彼は手錠の鍵を返せなかったのだ。
「手錠じゃないですかね。手錠を二つ用意し、貴方は中林さんの手を片手ずつ拘束したんですよ。手錠で繋がれていれて、貴方が引っ張れば、苦しくても首に手を持っていけない。幾ら締め付けられても縄に何もすることはできません」
「変な妄想をしやがって」
「妄想じゃないですよ。貴方が証拠として、ちゃんと残してくれたじゃないですか」
「はっ?」
「中林さんの手首に錆びが付いてました。最初は錆びの付いたカッターで手首を切ったのだと考えましたが……本当は錆びは手錠のものではないか。手錠の痕を隠すために手首を切ったのではないかって考えました。本当にこれが妄想なら部屋から錆びついたカッター出てきますよね?」
奴が少しずつ押され気味になっていく。僕の推理が間違っていなければ、カッターが出てくるはずだ。それがないと分かっているから奴は顔が引きつっている。
その話に無茶があると口にしたのが朝子さんだった。
「で、でも待って……そんなぼけーっとしてる? 中林さんって……もし突然一つ目の手錠なんて掛けられたら、相手にバンッて一発でも殴りそうなものだけど……ってか、あの人、普通に痴漢対策に思い切りハイヒールのかかとで相手の親指を踏んづけたり、急所を勢いよく足で蹴りつけたり」
痛そうなことを口にする。推理ショーの最中だから表情には出せなかったが、こちらもその部分が痛くなっている気がした。
その助けに少しだけパァーと明るくなっていく大次郎探偵。
「そうだそうだ。今、俺には傷なんてないぞ!」
異世界であれば、彼の体力が回復魔法で少し戻ってきたとの感じか。
しかし、そんなちまちまな治癒魔法。僕に対しては効果がない。
「どうやって手錠を付けたのか。どうして中林さんは真犯人に対して抵抗できなかったのか。何故縄に彼女の指紋が付いていたのか。それを一気に教える方法があります。しおら、さっき見せたものをもう一度やってくれる?」
「あっ、そういうこと!? 了解!」
しおらと共に確かめたものがある。彼女はすぐスッとエレベーターの扉を開いてくれた。
それから一つ、皆に注意をする。
「あっ、みなさん、来ないでくださいね。今、エレベーターの動きを一階で止めてるんで、足場ないですから!」
大次郎探偵は手を強張らせて、焦っていた。
「何だと……!?」
「貴方はきっとこのエレベーターを利用したんだ。中林さんが足場のないエレベーターに落ちそうになった……たぶん、それは偶然だったんだ。エレベーターの床がなくて転落する事故、ひと昔前はよくあったらしいし……。その事故がたまたまここでも起きてしまった……。そして中林さんは落ちそうになった。で、助けに来たように見せかけたのが大次郎探偵です」
「偶然の事故だと?」
「ええ。貴方がこの状況を設定して押したとしたら、この後、貴方からの助けを受けようとはしないでしょうから。縄に指紋が付いたのはこの時です。殺人トリックを不意に手に入れてしまった貴方は証拠品の縄がたまたまあったからなどと言って、輪のできている縄に手を付けるよう、伝えたのでしょう」
しおらは「確かにそうすれば、指紋が付くよね」と。納得している状態だ。朝子さんは「その状況なら……手錠が?」と先の推理を予見する。
頷いて「その通り」と告げた。
「それじゃあ、助けられないからと言って手錠を用意した。そして落ちないようにと手錠を掛けさせた。その後に、彼女を救っていたわっかのあった縄を首に括りつけた。貴方が縄を引っ張って、彼女の首を絞めれば……時間が経てば、首吊り死体の完成です。他殺の首吊り死体の、ね」
ここまでの推理、なかなか難しいものであろう。大抵の人はまず、首吊りの順番を首に縄を引っ掛ける、それから椅子などを蹴って足場を崩すと考える。しかし、今回の場合は逆だ。足場を崩してから、首に縄を引っ掛けた。
異世界で足場を崩すなんてことがなければ、僕は今の発想が出てこなかったであろう。あの出会いや闘いに感謝しつつ、推理を続けていく。
「貴方は中林さんの助かりたいと思う気持ちを利用して、床のないエレベーター内で偽装の自殺遺体を作り上げた。それから見られないよう、車で彼女の家まで運んだんだろうな。この犯行はここの鍵を管理している貴方にしかできないですよね……?」
「ここで犯行が行われたって証拠は……」
「ありますよ。エレベーターのちょっと下のところに爪で削ったような傷がありました。きっと手錠で操られながらも、手は動かしていたんです。きっと苦しみながら爪痕を残そうと……ある意味、彼女からのダイイングメッセージですよ。これは……」
警察が調べれば、終わる。
そう、ここで推理を全て終わらせようとしたところ、だ。くくくと大次郎探偵は肩を震わせ、笑い出す。
「頑張ったなぁ」
「はっ?」
「頑張ったけど、名探偵サイン、その推理は滅茶苦茶だ。本当に殺したいのなら、そのまま見捨てておけば良い。そうすれば、アイツは勝手に転落して死んでいたんだ。それなのに、何故そうしなかった? 何故、偽装自殺死体を作り上げる必要があったんだ? なぁ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます