手錠で繋がる絆(11)

 に、してもだ。証拠は見つかったけれども、まだ謎は解けていない。あの人が犯人だとして、動機が見当たらないのである。

 真実を突き付けた後に犯人から直接聞くこともある。ただ今回の場合は相手がきっと動機を要求してくることも考えられる。


「……動機」

「えっ?」

「犯人はこの殺人トリックならやる必要なかったんだよなぁ……」

「んん? さっきから変なことばっかり言ってるよね?」

「あっ、だいぶ置いてきっぱだったな。ごめんごめん……」


 手錠のカチャカチャと鎖と鎖のぶつかる音がする。無言の時間。これから何をすればいいか分からないのだ。彼女は彼女でこちらをどうサポートすれば良いのか分からず、困惑している。

 そこに電話が掛かってきた。しおらの方に、だ。


「ええと……ああっ、さっきの空き巣のことですね。分かりました」

「ん?」


 今度は彼女が僕を置いて話を進めている。何のことだろうか。


「警察から。空き巣が色々盗んでたんだって……でも、その中に手錠の鍵はなかったみたい」

「ああ……ってあそこの家に金目のものってあったの?」

「うん。結構高級なダイヤモンドとかあったみたい」


 あの人はそこまで金持ちだったか。ふと疑問に思ったところ、朝子さんが隣に現れて首を捻っていた。


「一体、何処からそんなお金が……いつも苦しいって言ってたのに……」


 僕は恐る恐る朝子さんに質問をする。失礼なのは承知だ。


「ここの探偵事務所って世間と比べて」

「薄給ではあるからね……残念ながら……ううむ。危険なことも多くて割に合わないような」

「実際、何やってるんですか」

「浮気調査とか……まっ、仕事は一区切りついて、みんな先週の金曜日はゆっくりできたとは思うけどね……そのせいで今回の事件が殺人だったら、探偵事務所のみんながみんなアリバイ無くて、疑われてるんじゃないかしら」


 そのアリバイとの言葉を聞いて、すぐにしおらは「金田さんと空き巣にもアリバイがないか」尋ねてくれた。電話相手は鈴岡刑事ではないらしく、結構簡単に情報が田に入ったよう。どうやら、僕やしおらを探偵だと思ってくれている人がいるようで。

 まぁ、今回だけは探偵になるしかない。

 全てのピースが整った。誰もがそれを声にしないのだから、僕が動くしかない。


「なるほど……危なかったね。真実が盗まれかけていたよ」


 他の人が意味の分からないセリフを吐く。

 そして、興奮するしおら。


「その目付き! 何々!? 事件が解けたの……? あの頃と同じ顔してる……!」


 さて、久々に殺人事件の真相を語らせてもらおうではないか。

 朝子さんは僕の推理を初めて知るのだろう。半信半疑でこちらの様子を窺っている。


「自殺じゃないの? 警察が自殺って断定してるのに?」


 「ううん」と唸る朝子さんとは別にしおらは僕を引きずっていく。


「じゃあじゃあ、やっぱ推理ショーは格好良く玉座とかいいよね!?」

「そんなのないだろ!」

「じゃあ、事務椅子で! ほらほら、座って!」

「おわっ!」


 半強制的に着席させられた僕。手錠のせいで近くにいないといけない彼女は背もたれに手を掛け、秘書みたいな立ち位置になっている。

 朝子さんが背もたれを押す。


「頑張ってね」

「はい! って……」


 そのおかげで事務椅子の車輪が動き出した。「ちょいと待て待て待て待て!」と言ってるところで事務椅子が階段の方へと向かっていく。シャレにならない。落ちたら、死体にならずとも、大けが間違いなし。


「誰かぁ! 止めてくれぇ!」


 そのせいで皆、推理するからというよりも事務椅子の暴走を止めるために集まってくる。

 しおらも一生懸命止めてくれようとはしているけれども、それでも止まらない。このまま建物の中、大変なことになると危惧したところ。


「あぶねぇな」


 そう言って止めてくれた者がいた。

 大次郎探偵。彼だ。彼がさっと手を添えるだけ。それだけであら不思議。暴走事務椅子も停止してくれた。

 際にポロンと彼のポケットから鍵が落ちた。事務椅子を支えるしおらと僕に謝ろうとしていた朝子さんが不思議がる。


「その鍵って、あれ? 私のじゃ」

「鍵、何のです?」


 ちょうど良いタイミングだった。

 大次郎探偵はすぐに首を横に振った。


「これは家の鍵だ。落としてしまったようで」


 僕はすぐ朝子さんに命令した。


「その鍵を拾ってください!」


 突如として落とした鍵を大次郎探偵の足元から拾うとのミッションに焦る彼女。彼の方が有利だが。朝子さんは僕の気迫に負けてくれたのか、それとも先程の負い目があったのか、素早く滑り込む。


「お、おい……!」


 大次郎探偵が大きな声を出すも気にせず、彼女はすぐに僕の方へ動いてくれた。


「この鍵って、手錠の鍵?」

「朝子さん、たぶん間違いないです。それを」


 ついに、ついにだ。手錠の鍵が穴にはめ込まれた。ポロリ落ちていく手錠。少々錆びと痕が付いた僕達の腕が視界に入る。

 走る緊張感。またも起きる一瞬の沈黙。

 しおらがついに口を開いた。


「何で……何で……私の手錠の鍵を持ってたんですか? 手錠の鍵がないかって聞いた時、何も言わなかったじゃないですか?」


 大次郎探偵が汗を出しつつ、「それは……」と。「それは家の鍵と間違え」と言おうとしたところで先を越してやった。


「手錠の鍵を反射的に拾ってしまったんじゃないかな。それで言えなくなった」

「言えなくなったって何で?」

「それが事件の大きなヒントになっちゃうかもしれないから、かな。本来ならすぐ返せば良かったものを……返せなくなっちゃったんだよ。何で隠し持ってたって言われるのが怖くてね」


 黙り込んだ大次郎探偵。恐ろしく暗い顔をしているが、邪魔されずちょうど良いと僕は思っていた。

 今度は朝子さんからの質問が飛んできた。


「隠し持ってたって……事件の大きなヒントになるって……それじゃ、今回の事件が殺人事件で中林さんが……大次郎探偵に手錠か何かを使って殺されたみたいじゃない……!」


 素敵な説明をしてくれたと思う。

 僕は奴に指を差し、その意見に賛同した。


「ええ。間違いないです。今回の事件は自殺なんかじゃないです。森大次郎探偵。貴方が自殺に偽装した殺人事件なんですよ」


 同時に二人の女性の声が響き渡っていた。

 その騒がしい声を更に上回る力を持っているのが大次郎探偵だ。


「おいおいおいおいおい! 冗談はよしてくれっ!」

 


 

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