手錠で繋がる絆(6)

 しおら自身も手錠の鍵が消えた理由を考え続けていた。


「警官が間違えて自分が落としたのだと思ったとか、かなぁ……? いや、待て。それだと、自分が持ってるから、すぐ気付くか……後で、誰か落とした人って聞くんつもりだったんじゃないかな? その前に自分達はこっちに来ちゃった。でも、違うか。警察が来るすぐ前なんだよね……で、まぁ、その時、見つからなくって。もう一回、後で見たけど、やっぱり見つからなかったんだよね……」


 もしも誰かが意図的に手錠を持ち去ったのであれば、何の目論見があるのだろうか。考えた途端、嫌な推測が頭の中を過っていく。

 思い出したのは、被害者の手首。

 まさかね、と僕は自分の首を横に振る。考えを捨て去ろうとした動作がエンジンを切って出てきた大次郎探偵におかしく思われた。


「おいおい……何してるんだ? 二人でまた、何か変なことでも話してたのか?」


 彼女がすぐ手を上げるものだから、こちらの手も引っ張られる。「痛い」と思っている間に彼女が説明していた。


「いえ、何でもありません! さてさて聞きに行こう!」


 その手が振り上げられるものだから僕の手が引きちぎれそうな感じがした。


「ちょっ、痛いって!」


 またも「あはは」と笑った後、大次郎探偵は事務所であるビルの中へと入っていく。

 ビルと言っても三階立てで、一階ごとに一部屋か二部屋入っている程の小さなものだ。ただエレベーターは備え付けられていて、僕達三人はそれに乗って職員が働いている三階へと移動した。

 事務所の中は動いているものの悲壮ひそうな雰囲気も漂っていた。皆からしたら、中林さんはアイドル的な存在だったよう。そんな彼女がいなくなったことで皆、落胆している。しかし、やらなければならない仕事もあるため、淡々とこなしているというところか。

 悲しすぎる空気の中で一番目立ったのが、左右の頬にもさもさな髪が当たっている一人の女性だった。初めて見る顔だ。

 一人だけ机の上に置いてある資料らしきものにも手を触れず、下だけを向いている。不自然なところがもう一つ。指を一つだけピンと上げて、資料を見ているのだ。この状況下、彼女の気持ちを推理した。

 その途中で、手錠で繋がっているしおらから横やりを刺し込まれた。


「何で、あの女性をジロジロ見てんの? ナンパ目的なら私、容赦しないよ」

「い、いや、そういうんじゃないから……気になってるだけだ」

「気になってるって……やっぱ恋心があるってこと!?」

「考えが極端なんだよ。そういうことじゃなくって、だな……」


 僕の考えが正しければ、やることは一つ。事務所の中にある救急箱を拝借させてもらった。


「えっ?」


 当然渡された方が一旦固まるだろう。困惑するのは当然である。知らない人からいきなり真実を見抜かれねば。

 ただ当たり前のように言うと、「何だこのナルシスト」と引かれる可能性もある。謙遜も必要だ。


「怪我してますよね。指? まぁ、予想ですけど……間違ってましたかね?」


 彼女は指から手を取って、出血している場所を露わにした。


「な、何で分かったの?」

「貴方の指、遠くから見たら血が出てるってのは分かりづらかったんですが、ピンと上がっているってことは普通の状態じゃないってことは何となく」

「そ、そこは、まぁ」

「後、仕事に手を触れてないってところが気になりました。さっきの普通じゃない状態ってのと一緒に考えて、もしかしたら仕事にその手で触れたくないんじゃないか、と」

「そっか。あたしの指に血が付いてるからね」

「はい。後はここに来たばかりで救急箱の場所が分からないとか、今のこの空気で人にものを聞くことがはばかられるとか、そういうのがあるんじゃないかぁと思って、この情報をまとめて推理しました」


 彼女は「ほぉ」と感心したかのような声を出した後、「ありがとね」と一言。その後に持ってきた消毒液を吹きかけ、「くぅうう」とかなり辛そうな顔をした。ただ、苦痛の理由は染みるから、だけではなかった。


「本当、あたしって、残念な人だよね」

「えっ……?」

「あっ、ごめん。こんなの初対面でする話じゃないかもだよね。でも、ごめんね」

「いや、大丈夫ですよ」


 彼女はどうやら僕と比較したらしい。


「服装からして、君、高校生でいいのかな? ってか、バッジからして、たぶんあたしの母校だ」

「ああ、先輩だったんですね」

「うん。まぁ、和久井わくい朝子あさこなんて名前、残ってはいないと思うけどね」

「和久井さんですか……」


「朝子で呼び捨てでも構わないよ。はぁあ、本業で探偵の事務所をしてる癖に本当、あたしって何の探偵の能力もないからね。あるのはフリーターで養ってきた根性かな」

「い、いや、そんなことないですよ。きっと……朝子さんにもいいところがありますって。まだ、分からないだけです」

「ふふふ、ありがと……で、高校生探偵さんは何の用?」


 ちょっとした会話の後に本当の用を尋ねられた。今の彼女を落ち込ませてしまうことになるかもしれない。だけれど、死者の考えを知るためにも聞かせてもらう。


「す、すみません。中林さんの件について、です」


 彼女は消毒液を机の上に置いて、大きな溜息をついた。どうやら朝子さんは中林さんを尊敬していたよう。


「……まさか、よ。まさか、あの人がいきなり亡くなったって報告を聞いて信じられなかった……何で亡くなっちゃったんだろう。あんないい人ばかり、早く亡くなっちゃうなんて、この世って無情だよね」

「自殺の件については心当たりとか、ないですか?」


 ここが重要だ。隣にいるしおらも気になっているのか、顔を前に押し出していた。今のところライバル視などはしていなさそうだ。


「全く。あたしがそうなったって不思議はないかもだけど……朝子さんはスカッとして、何の悩みもないような人だったから……。入ったばかりで何も分かってないあたしにも、色々教えてくれて。それでいて! 趣味とか漫画の話も……あたしみたいなオタクと一緒になって……それなのに! それなのに!」


 彼女の悔いや嘆きは十分伝わってきた。しおらの方も悲しそうに俯いた。

 新入社員から慕われる程の魅力がある中林さん。自殺の理由も謎のまま。たぶん中林さんは入ってきた人に対し、汚いところなどを見せるような人物ではなかったのだろう。自分の中で考え込んでしまうような、そんな女性だと思う。

 僕は朝子さんに情報に対してのお礼を告げた。


「ありがとうございます。この推理で、何故亡くなってしまったのか、調査してみたいと思いますので……」


 最後の「よろしくお願いします」をいう前のことだった。


「分かった。後で自分も協力させて」

「えっ?」

「いや、ちょっと待って。自分も今から協力する」


 立ち直りが早い女性は、何故か意気込んでいる。彼女には彼女のやることがあるはずではないか。


「ちょっと待ってください。仕事は……」

「この仕事なんて、後でできるし! まぁ、そうでなくとも、あたしよりもっと適任の人がいると思うし。今はこの事務所の調査に慣れない君をサポートする方が先決よ!」

「ええ……ええ……!? えええええ!?」

「って、冗談冗談! あっ、冗談ってサポートする方じゃなくって、あたしが君を見習いたいってこと。きっと社会勉強になるって、森探偵事務所長も許してくれるでしょ!」

「は、はい……どうか、どうか、よろしくお願い致します……大丈夫なのかなぁ……」


 その立ち直りの早さ。そしてこちらの仲間に加入するとの行為がしおらの気に障っていたようだ。少しずつ雲行きが怪しくなっていく。

 この雰囲気も知らず、彼女は口にする。


「で、何で二人共、手錠で繋がれてるの?」

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