手錠で繋がる絆(5)

 彼の滅茶苦茶な推察を壊すために何をするべきか。遺書を探す、べきか。

 他の警察官の話によれば、警官全員で探してもこの家の中では被害者の遺書が発見できなかったらしい。まぁ、遺書を書くか、書かないかは人によりけりだ。見つからないかもしれないが、探してみることも必要だ。

 金田さんが大次郎探偵に視線をやった後、こちらにも顔を向けてきた。涙ぐんだ低い声で、ある確認をしてきたのである。


「森探偵さんは当然ですが、そちらの子達も探偵、ということで? 何で手錠をしてるかは分からないんですが……」


 しおらが「それは愛っていうか……なんというか」と顔を紅くして、下を向いている間に僕は考える。

 探偵と答えるべきか。僕はもう探偵をやめているはずだった。どうにもこうにも閃かない。真実に辿り付けないはずだ。何度頭を捻っても探偵のようには動けない。前の事件のようにたまたま異世界でヒントを見つけたから良かったものの、そうでなかったら。

 不安も混じったが、心の中にはたった今決意した熱いものも眠っていた。

 前みたいな閃きの奇跡が起きてくれたら。

 熱意につられたまま、口にする。


「はい。一応は……何度も事件を解決してきています。まぁ、この事件は自殺ってことで片付いたみたいですけれど」


 ただ、終わってはいないと思う。彼がしたのはちょうど僕達が考えていた話について、だ。


「自殺した原因について、もっと調べてくれませんか? そうでもしないと、自分が納得できないんだ……。心の整理ができなくて……お金なら幾らでも払います……」


 とのお願いごとだが、僕が最初に首を横へと振った。


「いいえ」

「えっ?」

「お金はいりませんよ。僕はまだ、この自殺が終わったとは思っていません。人が亡くなるからには何かしらの事情があったのだと思われます。その事情を調べ、二度と同じ悲劇を繰り返さないようにする」


 他の探偵は知らないが、僕はそうだ。僕が描くファンタジー小説の主人公だって、誰かが悲しまないために戦っている。この前に会った異世界の少女も同じ気持ちだろう。

 大次郎探偵も「まぁ、部下の死について調べるってのは完全に俺の義務だ。金は必要ない」と言ってくれていた。

 方針が固まったところで外に停めてあった大次郎探偵の車へと直行することとなった。その前に、だ。しおらが口にした。


「あっ、トイレ行きたいんだけど」

「へっ?」

「どうする?」

「耳栓かイヤホンかない?」


 彼女の何かをする音を聞いていたら、失礼だろう。それを求めるも、誰も用意していない。当たり前だ。

 大次郎探偵に当たってみる。


「あの、鍵とかこじ開けられません?」

「警察に聞くか?」

「いや、特にあの刑事がすんなり聞いてくれるとは思いませんし……って、大次郎探偵は?」

「残念ながら、俺はそのスキル持ってないんだ! 悪い悪い!」

「悪いと思ってる態度ではない……」


 警察も頼れない状況。それでいて、しおらは欲情している。


「ううん、お風呂の方も入りたい」

「後でな。今することじゃないよな? 事件の後にしような?」


 トイレに関してはどうしようか。結局、手で耳を塞ぎそちらを見ないとの話になる。僕の場合も少し催していたが、我慢することにした。

 後は気を付けなければ。

 最近動画サイトで「○○をしたらどうなるか」なんて動画が流行っている。左が幸せな状況で右が不幸な結末の画像で人の興味を誘っているのだが。

 それにのっとって、左が「手錠で繋がれて女の子ウハウハとなっている僕」で右が「女の子に『他の女を見たね』って言って、目つぶしを喰らっている僕」の画像が簡単に想像できてしまった。

 「ヤンデレ少女と手錠生活をしたらどうなるか」の最悪なオチを招かないよう気を付けながら、動こうと自分で考えた。

 落ち着いてから、早速張り切る彼女。


「さてさて、行くわよ」


 一番探偵でない人物が仕切っていることについて、大次郎探偵は呆れ笑いをしていた。それと同時に役割分担について、口にした。


「あはは……元気がいいなぁ……。まぁ、それで俺は遺書を探してみる。沙因さいんとしおらは職員への聞き込み、ということでいいか?」

「はい。そうですね。こういうのは、内部の人間が調べるより外部の人間の方が話しやすいってこともありますでしょうから……」

「じゃあ、決まりだな」

「はい……!」


 窓を開けた時、外からふと聞こえた声がある。


「弱い奴等は真実なんて、知らなくたっていいんだよ……」


 奴も何か関わっているのか。僕を殴ってきた警官と。しかし、奴等は奴等で僕を探偵と呼んでいた。だからか、奴等と鈴岡刑事とは違う存在だとは思えた。だからと言って、彼に特殊捜査部について調査してもらうなどとの話は無理だろう。まず信じてもらえないというのがオチになる。

 考えていると、しおらが声を掛けてきた。


「で、サインくん! 女の人にちょくちょく話し掛けちゃダメだからね?」

「いや、あの探偵事務所、大次郎探偵を除いてほとんどが女性じゃなかった?」

「あっ、分かった。女性に迷惑掛けちゃうと困るからね。サインくんは取り敢えず口と手を縛っとくってことで!」

「それじゃあ、聞き込みになんないだろ!?」


 その会話にも大次郎探偵は控えめに「あはは」と笑っている。普段の彼はよく大口を開けて「ガハハ!」と朗らかに笑うのだ。たぶん、共に働いた同僚が亡くなったことで酷く落ち込んでいることは間違いない。

 だから僕としおらが真面目に調べなければ。彼のことは頼れないと思った方が良いだろう。

 様々なことを頭の中で回しているうちに、探偵事務所へと到着した。最初に自分達が歩いていた通学路から中林さんの家とは正反対の位置に当たるが、実はそこまで遠くなかったりする。

 駐車場に停めたところで、しおらが降りてきた。ただ、何故か彼女は耳打ちするような仕草をする。


「どうしたんだ? 耳が凄いくすぐったいんだけど……」

「ごめん、ちょっと気になる話があってさ」

「うん? どうしたんだ?」

「手錠の鍵、実はスマホを探している時に見つけたんだ」


 つい「えっ」と強めの声で言いそうになる。


「じゃあ、何でそれを出してくれなかったんだ!」

「ちょっと!」


 そう興奮したところに、しおらが口を塞いだ。


「むぐぐ……いきなり、何を……」

「サインくん、うるさすぎ。その時はそれよりも通報ってことで急いでて……その後に無くなってるのが分かって。通報した時に落としたと思ってさ。その後に手錠の鍵、探したんだけどさ、何処にも落ちてなかったんだよ。これはもしかして、神のお導きかな?」


 その冗談を言うためなのであれば、僕の口を塞ごうとはしないだろう。


「何かあるんだな?」

「何かって程は分からないけど、変なことは確か。警官が拾ったって話は聞いてないし……何回か確かめたけど、来る前に無くなってた。それでいて、サインが聞いたよね。手錠をどうにかできないかって……誰も鍵の話をしなかった……間違いなく拾っている人がいるはずなのに」


 しおらが見落としている、可能性は低いと思う。彼女の部屋は意外と綺麗で散らかっていることが少ない。

 つまり、本当に誰か拾って黙っている人がいる訳だ。

 何のためか。


「僕としおらをくっつけたい誰かがいる……? 捜査の邪魔をしようとして……?」

「そういうことかな?」


 言っておいて、すぐ自分の中で否定した。大次郎探偵はこちらのことを期待してくれてはいる。しかし、本音は違うはず。とっくに探偵をやめている僕を心の中では役立たずの探偵だと思っているはずだ。

 ならば、邪魔する必要もないはず。ならば、金田さんか。それとも泥棒か。手癖でつい盗んだなどの可能性はありそうだけれども。しかし、それだと逆に警察が泥棒が盗ったものがないかどうか探った時に気付きそうなものではあるけれども。

 謎は深まっていく。

 

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