手錠で繋がる絆(4)

「いや、合鍵は渡してもらってなくって」

「自分で作りなさいよ」

「それは……普通しないでしょ。まぁ、とにかく、そこでもしもの時に鍵を開けられる探偵を呼びに行ったってことだよ」

「へぇ……」


 しおらのおかげで何とか情報を引き出せた。

 納得しているところで、視界の端、窓からパトカーの姿を発見。泥棒の見張りを大次郎探偵にお願し、しおらを連れて警察を出迎えていく。その際、しおらは手錠に関して口にする。


「これ見て、みんな私達が付き合っているって思ったかな」

「いや、その前に唖然としてたけど……大次郎探偵なんてしおらが聞いてないだけで『何処でそれを……』、『何で持ってるんだ』って大量にツッコミ入れてたよ」

「あららぁ……もっとイチャイチャしないとダメだね。事件が終わったら!」

「いや、事件が終わってもそれは遠慮する……!」


 そんな話をしていたために最初に降りてきた渋いコート姿の刑事に睨まれてしまった。彼の姿を見て、こちらの心もドキリとする。変な汗も止まらない。

 相手は威圧的な発言をした。


「何で、ここにお前がいる……! それに何で、あの探偵の車が停まってるんだ……!」


 相手は探偵が大の嫌いな探偵だ。だけれども、残念だ。今回は探偵が関わりまくりの事件なのだから。


「被害者が探偵で知り合いが集まったんですよ。僕達は偶然にも発見者になってしまったんですが」


 奴は納得できないような顔で唸るも、事実は認めざるを得ないと感じたのだろう。


「分かった……その代わりに少しでもこちらの指示に反するような真似をしたら、どうするか分かるな? お前の下らない推理を一言でも……」


 コートから隠し持っていた本物の銃かモデルガンか分からないものをこちらに向ける。どうする気だ、と思っている僕。自分でも分かっている冷静さを持ち合わせているのにしおらの方が興奮をして口を出す。


「ちょっと! ちょっと! この名探偵に何度も助けられたことがあるんでしょ! 鈴岡刑事! それなのに何でそんな!」

「それは過去の話だろ? 今のこいつは違う。それにこいつの推理がなくとも、過去の事件は解決していた。お前も手錠だか何だか知らないが、警察が使う大事な道具をおもちゃみたいな使い方をされたら、困るんだよ」

「そっちだって! モデルガンを拳銃みたいに振り回して! 現場で煙草なんて吸ったりして! 自分達こそ、自分達を馬鹿にしてるじゃない!」

「こっちはいいんだよ」


 関わらない方がいいのだが。熱を上げているしおら。ただ口論していても事件の全貌が明かされる訳ではない。

 いや、この言い方が間違っているかもしれない。

 元々はこの事件、推理する必要がないのだ。なんたって、警察が遺体を見れば、明らか。

 事件捜査の現場を準備してから、ぶら下がっている遺体を見つめて彼は告げた。


「ふん、探偵などいらない。これは九十九パーセント、自殺だな」


 その反応に金田さんが絶望する。


「そ、そんな……嘘だ……!」

「見りゃあわかるだろう。ハンガーを掛ける場所に首吊り用の縄を巻き、自分の首に括る。それからクローゼットのタンスに立ち、そこから飛び降りた。一気に重さで首が絞まった」

「だ、誰かが絞殺してから自殺に見せかけたんだ!」


 刑事は本来なら持ってはいけないだろうパイプをふかし、窓の外に煙を吐いてから語っていく。


「吉川線って知ってるか?」


 はて、となる金田さんに対し、今度は奴に対し殺意も抱いているだろう大次郎探偵が拳を震わせながら解説する。


「吉川線ってのは首を絞められた場合に抵抗する後だ。これがあるかないかでだいぶ他殺か自殺かで変わってくる。必死で首を絞めてくるタオルか縄かなんかを取ろうとして、その強さのあまり首の皮膚まで爪が食い込んだって証だからな。自殺の場合も思ったより苦しくてってなって、吉川線が出る場合もあるが、その逆は少ないな」

「ってことは探偵さん……彼女は、美佳は……自殺の可能性が高いってことですか?」

「そうなるな。見たところ目立つ外傷はなかった。睡眠薬を飲まされて、吊るされたってことがなければ、自殺で決まりだろうな」


 話を進めていく中で、しおらもコメントする。その目は少し潤んでいた。


「ってことはこの散らかったのって……自殺の前に気分が滅茶苦茶になって、自分で放り投げたってこと……?」


 その上で僕を引っ張って死体の元まで連れて行こうとするため、鈴岡刑事に「おい!」と叱られた。僕は捜査しようとしていない。勝手にしおらが事件現場の中でずかずか動いて、手錠で繋がっている僕が引きずり回されているだけだ。


「お、おい……しおら」

「見てよ。腕の傷」


 中林さんが長袖であったため、気付かなかったが少し背の低いしおらから袖の中が見えていたようだ。刑事が「お前等勝手に触るんじゃない!」と喚いているのをスルーして、長袖の中身を僕に見せつけた。

 生々しい中身が見えた。


「す、すごいな」

「これ、リストカットかな。心に凄い苦しいのがあったんだね」


 本当に滅茶苦茶だ。ここには使った刃物は落ちていないから、分からない。ただとても古いものであることは分かる。錆なんかが付いているのだ。きっと古いカッターを使ったがために腕へ付着したのだろう。

 恋人であるはずの金田さんは気付いていなかった、とのこと。


「ああ……そんなに、悩んでたのか……うう……前に会った時は……」


 そんな彼をすぐ慰めようとしたのが、大次郎探偵だ。


「まぁ、仕方がない。彼女は証拠品を扱う時に指紋が付かないようにと普段から手袋をしてたからな……」

「確かに、そうか……でもメッセージに気付いてあげられていれば……」

「今まで何度も人を見てきたつもりだが、何もかもに応えられる人間などいない」

「うう……」


 嗚咽している金田さんに対し、大次郎探偵が寄り添ってくれている。かなりの手慣れであるな、と思っていたところで鈴岡警部が大次郎探偵に質問をした。


「となると、職場では変わった行動を取られることもなかった、と?」

「あっ、ああ。こっちが見ている時は別に……な」

「じゃあ、自殺だな。きっと推しの後追い自殺でもしたんだろう」

「ん?」


 その内容に皆が困惑していたが、鈴岡刑事は漫画を手に取って説明し始めた。


「この漫画だよ。漫画。巨人と戦う漫画なんだが、主人公がこの前呆気なく死んでな。それに悲しみに明け暮れた彼女が首吊って、死んだってところだ」


 自殺、は納得できた。

 だけれども、何ともぞわぞわした。他の警察はこの刑事の威厳や権力が強いためか、誰も逆らうものがいなかった。

 自殺の理由だけは不審に思ってしまった。

 漫画のせいで自殺とは。物語のせいで自殺とは。ライトノベルや漫画を愛読する身としては些か、不自然だ。

 それにもし、記者がこの事件について騒ぎ立てたらどうなることか。日本の漫画が悪影響だとされる。僕の大好きなものが悪い噂によって汚されていく。

 今の言葉だけは、どうしても許せなかった。

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