手錠で繋がる絆(3)
しおらは顔を陰らせながら、中林さんに近づく僕に聞いてきた。
「中林さんは……」
僕は首を吊っている彼女の首に片手を触れさせ、項垂れた。とても残念なことだが、肌が冷たく脈もない。死体のふりをしたメイクだったという結末もない。
他の探偵程ではないが、基本的な知識を使って状況を口にする。死臭や死後硬直は昔知った通りで間違いないだろう。
「もう、ダメだ。亡くなってる。たぶん、この冷たさと硬直具合から考えて、時間は経ってる。で、涼しい部屋だからか、まだ臭ってない。たぶん、亡くなってから二日三日だろうな」
知り合いが亡くなったことに関して、心の中から何かが消えていった気分だ。ただ、このままここでじっと絶望していても何も起こらないことは知っている。少しでも市民としての行動はしないと、との使命感が僕達を悲しみから遠ざける。
「分かったわ。とにかく、現場は保存しておいて。警察へ連絡しないとね」
しおらが片手でスマートフォンを出そうとしているから、少し手間取っていた。しかし、女子の鞄に手を出すのも失礼な気がした。
この手錠が繋がっている状態を警察は不審がるだろうけれども、仕方ない。こちらも今の警察には色々疑問もあるが人が死んでる前でどうこうは言えない。呼んでもらおう。
彼女が通報している間に僕が泥棒を質問攻めにしなければ。
「さて……アンタはこの家で何をしようとしていたんだ」
男は腰が抜けて動けないようで、逃げようとはしない。ただ、その代わりに殺人についての関与を否定した。
「ちょっと待て! わしはこの女を殺してない!」
「それは今見たところで分かったよ。それにアンタが入ってから、二階にいた彼女を首吊りに見せかけて殺すなんてこと、できる時間がないだろうし」
僕が知りたいのはこの部屋を荒らしたのが誰か、だ。男はその点についても否認し始めた。
「もう、この部屋に入ってきた時にはもう、荒らされてたんだ! で、クローゼットも開いていて……!」
「そうか……じゃあ、単にアンタは泥棒に入って、そこで偶然にも殺人事件に遭遇した、と」
「ああ! そうだよ!」
途中で少しだけ開き直っている泥棒。見張っておかなければ、何をするか分からない。大事な証拠を持ち去ってしまわれたら、泥棒の事件すら迷宮入りになってしまう。
やるべきことをチェックしている間に、一つインターホンの音が鳴った。しおらが素早く対応しようと廊下に出ていこうとして引っ張られる。
「ちょ、ちょ、しおら、手が! 手が!」
「あっ、そうだった」
「あぶねぇ、もう少しで階段を引きずられるところだった……」
警察にしては早すぎる。この状況を作り出した犯人だろうか。ふと不安になって、しおらの前に立つ。逆にしおらを泥棒男の前に晒す結果になるだろうけれども。もしも泥棒が襲ってきても、奴の急所を蹴り上げられるだけの力はあるだろうと思っておく。
用心していると、男の声が響いた。
「何だ何だ!? 窓ガラスが割れてるし、中で一体何が起きてるんだっ!?」
声が一人。しかし、足音は二人分。ギョッとした。また怪しい人達が入ってきたのか、と。
ただ一旦はその人達の顔を見て、落ち着くことができた。
ひょろひょろだけど背が高い男と大男。
背が高い方が知らないが、大男の方は分かっている。
「大次郎探偵……!」
彼はこちらが手錠で繋がれているなんて奇妙なことにも気付かず、部屋の中に入った。そしてひょろひょろの男が「美佳、美佳! 大丈夫か!」と中林さんの名前を呼ぶ。大次郎探偵の方はベッドを見てから、すぐさまクローゼットの方を確かめる。それから後ずさった。
「おい……どういうことだ……!」
すぐ彼が崩れようというのをしおらと二人で受け止めた。大男の体重は二人では受け止められない程だ。
「お、落ち着いてください! 探偵」
「つ、潰れる……!」
そこでようやく僕達の存在に気付いた探偵。
「あっ……お前等……? 何で……ここに」
僕はすぐ泥棒のことを紹介し、中林さんの家に入った理由を説明した。彼が「なるほど……」と相槌を打ったのを見てから、気になったことを確認させてもらう。
「中林さんは貴方のところの探偵のはずです。今日は休暇か何かだったんですか?」
「いや……普通に出勤日だ。だから、来なくて心配はしてたんだ。後でそこにあるスマートフォンを充電してもらえば、分かるだろうけど」
確かに連絡していれば、スマートフォンの着信履歴が残っているはずだ。
「繋がらなかった、と」
「ああ……まぁ、ただ、彼女の
「なるほどです……で、今度はそちらの男性は?」
「こっちは
彼らがここに訪れた理由はだいたい理解できた。ただ話をすればする程に疑問が湧いてくる。今度は彼氏の方に、だ。
その心が繋がったのか、しおらが突然ムッとした顔になって、恋愛面について質問していく。大次郎探偵が「その前にその手錠は何なんだ」との疑問を口にしていたのだが、彼女の声によって掻き消されていた。
「あのさ、ちょっと聞いてたんだけどいい?」
泣いている男、金田さんへ容赦のない質問だ。
「えっ?」
「泣くのは後でもできるでしょ。今は被害者がどうして亡くなったのかを追求してあげなさいよ。仇を取ってあげるのがお世話になった相手への筋ってものでしょ!」
心の整理がついていない相手に対して、酷い物言いである。ただ止められはしない。彼女のおかげで一旦、ひくっひくっと声は出ているものの、金田さんは落ち着いていく。話ができる状態になっていくのだ。
「ええと、君は……」
「まぁ。そこにいる探偵の相棒とでも思ってて。で、それよりも何で彼女のことを思っててあげなかったのよ。どうやら土日にはもう亡くなっていたらしいじゃない。それなのに、どうして二日三日も黙っていたのかって。愛してるのなら、もっと相手してあげなさいよ!」
「そ、それは……」
皆、しおらがしおらと同じ恋愛観ではないのだが。まぁ、問題はない。会話は続けてもらおう。
「それは何? 恋愛より仕事とかって思ってないでしょうね?」
「いやいや、恋愛と仕事どっちが大事ってよく、彼女にも言われてたけどさ……!? もし恋愛だけを優先しちゃったら、今いる小さいアパートですら、追い出されちゃうよ! 二日間出張に行ってて……それでようやく、さっき帰ってきたところ! で、一回呼び鈴がなくてさ。探偵さんのところに行ったって」
「合鍵は? 合鍵は普通、三、四本、用意しておくでしょ! 私なんて、コレクションして部屋に飾ってるわよ!」
合鍵の件についてはよく分からない。そんなに必要とする理由も分からない。そして、もし彼女が僕のことが飽きたら、どうするのだろう。合鍵を燃えないゴミとして出すのかな。そんなことしたら、うちの鍵、知らない人達に持っていかれるんだけれども。
違和感を口にしたかったものの、口を挟む訳にもいかず。ただじっと見守っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます