手錠で繋がる絆(2)

 では、どうするものか。自分達には鍵をこじ開ける技術など持ち合わせてはいない。

 そこでふと、同業者にいるのではないかと思い付いた。僕にはできないけれど、鍵がないから入れないという理由だけで開かずの間になっている場所へ侵入するため、鍵開けスキルを持っている人がいる。一緒に捜査したこともあったから、事情を話せば格安でお願いできるはず。

 

「他の女性にこれ、頼むの?」


 こちらの思考を読んできた彼女。


「よくその同業者が探偵だって分かったな」

「ってか、その事件の時、私も事件現場にいたじゃない。開かなかったドアの鍵を何かの道具で開けるの見てたんだから」

「知ってたら最初に提案してくれよな」

「嫌よ。何でわざわざアンタのためなんかに」


 アンタのため、だけじゃないのだが。しおらのためでもあるのだが。何故ここまでツンツンを突きとおそうとするのかは分からない。

 彼女のことは放っておこう。

 それよりも、だ。

 僕は警官に襲われた時のことを思い返していた。

 異世界に転移させる「特殊捜査部」。

 ネットやSNSで変情報が出てないか。僕と同じで異世界転移した人がいなかったか調べてみたが、頼りになりそうな情報は見当たらなかった。異世界転移する、なんて都市伝説すら流れていない。だから諦めかけていた。

 ただ今回探偵に合うチャンスができて、少しだけ期待が復活していた。僕が警察に襲われた訳が探偵だったからなのであれば。もしかしたら他の探偵も狙われている可能性もあるのでは。

 探偵の中での情報共有もあったかも、だ。僕が単に知らないだけで。というか、僕は現役の探偵とは言えないのだから、なくても変ではない。あれ、それなのに何故だか悲しい。いや、泣くのは堪えよう。号泣するのはハブられているとの真実が分かった後で良い。

 探偵のところへ行くことを決める。


「確か、この近くだったよな……」

「あれ? 探偵事務所ってこの辺だったっけ?」


 探偵事務所と言うのは、その探偵が所属しているビルのこと。彼女はそこで探偵の一人として働いている。ただ今回行くのは、職場ではない。僕が知っている彼女の家だ。


「ううん……彼女、中林なかばやしさんの家だよ」


 そのことを知っていると告げたのがまた迂闊うかつだった。


「何で女性の家のこと知ってんのよ!」


 なんか彼女なりの嫉妬が炸裂。何故、ここで俺はラブコメをやっているんだろうと思いながらも動こうとしたところだった。

 彼女の方が僕の体を引っ張ってきたのだ。いきなりだから驚いたのはもちろん、彼女と共に転びそうになってしまった。


「い、いきなり何!?」

「そっちの方で事件が起きてる!」

「えっ!?」


 心臓が勢いよく飛び跳ねる。事件とは如何に。


「人が庭に入ってった!」

「えっ!? あっ!? どういうことっ!?」

「怪しい人が! たぶん泥棒じゃないかな! 事件よ! アンタが活躍できるところっ!」

「いや……今の僕は……まっ、いっか……」


 彼女が指差したのは家。それも窓に向かって、石を放り投げようとしているちょび髭の酷く怪しい男だ。

 僕が逃げられないよう、敷地内の中に入ってから怒鳴ってみせた。


「おい! そこ、何やってる!? って、あっ! 待てっ!」


 と、いきなり声を出してしまったのが失敗だった。奴は驚いて、勢いよく窓ガラスを叩き割ったのだ。とても高い音が辺りに響き渡り、泥棒は開いた窓から家の中へ逃げてしまう。そのまま奴を追い掛けて、二人で続いて家の中に入っていく。途中で玄関から家に入ろうとする僕とそのまま入ろうとしたしおらで分かれようとして、手に痛みが走った。


「周り道してどうすんの!」

「ご、ごめん! そのまま入ろう!」


 今はしおらに従った方がいいと、泥棒が入った場所から入らせてもらう。

 廊下に失礼します、と思う前にこの家のことについて、ふと思い出した。


「あっ、この家……」

「何?」

「そういや、この家、中林さんの家だよ」

「探偵さんの家が泥棒に入られた、と」


 マズいと思ったのが一つ。彼女がこの家にいたら、泥棒の人質にされてしまうかもしれない。


「大丈夫かなぁ」


 そんなところで彼女が「大丈夫なんじゃない?」と投げやりに告げてきた。


「問題ないわよ」

「ちょっと……しおら。中林さんとそこまで仲がいいという訳でもないし……恋敵とかでもないんだし、そんな彼女が危険に晒されても、どうでもいいみたいなのは……」

「失礼ね。そういうことじゃないわよ」

「えっ?」


 驚いた瞬間、彼女から提示されたのは安心できる情報だった。


「だって、今日は月曜日。まだ五時にもなってないし、探偵の人達も定時まで仕事をしてるんじゃないかしら?」

「あっ、そっか」

「ってか、そのはずなのにこの家を訪ねようとしてたの?」


 細い眼の彼女にツッコミを入れられ、反省させてもらう。早く手錠を外したいと生き急いでいた僕の判断ミスだ。


「いやはや、お恥ずかしい……まぁ、とにかく早く泥棒を捕まえるしか……」


 この廊下の先は玄関だ。奴は焦ったのか玄関からは出ていない。階段を昇っていった音が聞こえたから、二階へ逃げてやり過ごそうとしているのだろう。

 そうは問屋が卸さない。僕は許さない。見逃さない。探偵ではなくなったはずなのだけれども、残された正義感が体を動かしていた。


「うわぁあああああああああああああああああああああああ!」


 だから悲鳴すら、聞き逃すことはなかった。

 僕もしおらも一旦、固まった。今のは中林さんのものではない。泥棒自身のものだ。何が起きてるか、と急いで二階へ直行。今は真実を知ることが先で二人の両手が繋がれてることなんて、気にもならなかった。息を合わせた手の動かし方で上へ上へと向かっていく。


「えっ!? えっ!? 何があったんだ!?」

「何があったのよ!?」


 二階の中林さん本人の部屋だと思われる。布団も服も時計もハンガーも全て散らばっていた。本棚から漫画も落ちていて本好きにとっては見るも無残な状態だ。

 酷く荒らされたと考えるべき一室の中で泥棒は腰を抜かし、ある場所を指差している。


「あっ……あっ……!」


 そして、その先に示されたのは開かれているクローゼット。中に掛かっていた服は全て外されている。

 その最奥部にいた。

 闇の中に真っ青な顔で首を吊り、手も足もだらんと垂れ下がっている、とても悲し気な女性が入っていた。目を閉じたまま、息をしなくなった彼女の姿に酷く心が痛んだ。

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