File.1 一蓮托生手錠事件

手錠で繋がる絆(1)

「ねぇ、今日、更衣室に間違って入ったよね? 女子更衣室に間違えて入ったよね!?」


 最低な尋問をされている僕。名探偵の威厳など何処にもない中、家へ帰る道をしおらと共に歩いていた。


「それに関しては本当にぼーっとしてて、って言ったじゃないか……」

「でも見ちゃったことは確かだよね!?」

「ま、まぁ……」


 殴られたり、叩かれたりの制裁はもう覚悟しております。というか既に何人かからは引っ叩かれている。許してくれた女子の一人は「ちゃんとその様子をカメラに映しておいたから、次変なことしなければ許してあげるよー!」と。何故、女子更衣室にカメラを女子が持ち込んでいたのか。色々疑問は残るが、恐ろしいことになっている。

 更に追い打ちが掛かる。


「じゃあ、責任取って私にプロポーズしてよ!」

「発想が飛びすぎでは!?」


 幼馴染の腐れ縁とは厄介なものである。家が近く。というか、僕の親が管理に加えて住んでいるアパートに彼女の家族も居住しているとのことだった。小さい頃から大家の子供と居住者の子供が同い年だったこともあり、親しかった僕としおらの仲。


「一緒に同棲っ位ならOKだと思うんだけどな」

「同棲って、しおらの方には家族がいるだろ……家族との時間を大切にしなよ」

「ええ……まぁ、うん……」


 ちなみに僕の親は両方共、県外へ出てしまっている。だから僕は一人暮らしなのである。それもあって彼女は一緒に住みたいと言っているのだろう。

 危険すぎる。夜、勘違いか何かで寝首を掻かれそうな気がしてならないのは僕の思い過ごしか。

 

「できれば、探偵として事件を解決した後にプロポーズするってのが格好いいかなぁ」

「同棲を断られた上で何故、こちらからプロポーズしてくるって考えになるの?」

「プロポーズさせるから、だよ?」


 一瞬、冗談では済まされない空気が流れたような気がする。今度こそ、気のせいとは言えない。


「ええ……?」


 怖気づいていると、彼女は威圧的な発言をした。


「だって、まだ罰がまだだもんね。愛してもらうためには……やっぱり必要だと思うんだ」

「な、何を……!?」


 生存本能が今スグ逃ゲロ、と命令している。咄嗟にクラウチングスタートからの全力ダッシュを決めようとしたところで、僕の手に銀色の輪が掛けられた。

 彼女はもう一つの輪を自分に掛ける。


「はっ?」


 戸惑う僕に対し、彼女は笑顔で一言。


「これでもう逃げられないわね! サイン!」


 牛丼のつゆだくをとおに超える量の汗だくだくになっている僕。彼女にその真意について問うた。


「何で本物の手錠なんか持ってるんだよ!?」

「特注の奴を作ったんだ!」

「ええ!? だからって使うか!?」

「だって、こうすればサインが何処にも行かないし、女子更衣室を覗くこともない! 他の人が困ることもないね!」


 僕が焦って言葉を吐き出していくのに対し、彼女は優しい笑顔を見せて答えていく。心の持ちようが違う。


「そんなことしないし! 本当に大丈夫か!? どうやって外すんだよ! トイレの時とか」

「当然、一緒だよ」

「ダメだろ! ちょっ! 鍵とかはあるんだよなっ!? 風呂とか色々と本当困るし、冗談でもやめとけ!」

「ううん……仕方ないなぁ。鍵が……あれ?」


 またまた嫌な予感がした。

 しおらは着ている服や鞄に片方の手を突っ込んで、念入りに鍵を探しているようだった。ただ、何度探しても見当たらないようで。

 僕は一回、冗談ではないのかと確認させてもらった。

 

「し、しおら……? このまま、僕の手としおらの手がずっと一緒なんてことはあり得ないよな? 外れないのか? これ?」


 その間に彼女は手を止め、深々と頭を下げてきた。


「ご、ごめんなさい。鍵をどっかに落としちゃったみたいなのよ!」

「えっ!? ええええええええええええええええっ!?」


 驚きで声が出た。それも目覚まし時計として販売しておいた方が良い位の声量で。たぶん、近所迷惑になったことであろう。ただ許してほしい。こちらは男のプライドやプライバシーがかかっているのだから。


「まぁまぁ、落ち着いて」


 何だか僕が一人で騒いでいることになっている。手錠を掛けてきた張本人は自分はあくまでしっかり者ですよ、みたいな顔してやがる。

 そんな彼女の平常心が更にこちらを暴走させた。


「いやいやいや。って言うかさぁ、何で手錠を掛ける前に鍵のチェックをしとかないのさ!」

「だって普通、犯人を確保する際に鍵あるかどうか確かめてから拘束する? しないでしょ? その前に早く何とかしなきゃってなるでしょ?」

「なるかもしれんよ? でもな、僕は犯人じゃないし」

「でも、逃げようとしてたじゃない」

「君からしたら、逃げようとする虫や犬、猫、全員犯人なの?」


 こちらの問いはスルー。彼女は今後の妄想を語っていく。


「でも、本当、しょうがないかな。これからの生活はよ、よろしくよね。まぁ、お邪魔することになるけど、良かったじゃない。お母さん、お父さんにはこれから同棲するからって言うしかないね!」

「おいおい」

「下に置いてあるラノベとエッチな本、どっち読み聞かせした方がいいかしら?」

「何故、それを知ってるの!?」


 いやしい目で買った訳ではない。単なる興味本位だ。それに買う時、辺りを確認してしおらがいないことも確認したはず。それなのにどうして、バレているのか。

 色々な意味でもう焦りと涙がごちゃごちゃになっていく。鼻水なしには語れない展開だ。


「ううん。『しめ縄上手に巻けるかな』とか、『お姉さんの饒舌スペシャル拷問スキル』とか、凄いの多いね」

「待った待った! タイトル名全部記憶してんの!?」

「いやいや、大事な人の性癖をチェックしとかないとなってなって。縛られるの好きなの?」

「違う違う違う! 本当に興味本位であって! やられたいとか思わないし!」

「まぁ、これからはそんなことする必要ないけどね。ずっとこうやっていられるんだから」


 何にせよ、それは困る。彼女の方だって真剣な考えで手錠を使った訳ではないだろう。絶対後悔する。

 だから、僕は色々な対処法を考えることにした。例えば、鍵屋だ。


「専門家に鍵を外してもらうしかないか」

「ええ……? でも普通に外してもらうのって、高く付かない?」

「なけなしのお小遣いがぶっ飛んでいくのは目に見えてるか……ううん、困ったなぁ」


 鍵屋に頼むという案はしおらの言葉がきっかけで却下した。

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