プロローグ 4
奴の言い逃れは、始まらなかった。それだけは、だ。シェフは殴りかかってきた。
探偵によくある推理をした後に殴られる場面。避ける心の準備をしていなかった。やられると思い、目を閉じた。
と言っても、その間に何かが横を通り過ぎる。誰かと思って目を開けて確かめてみると、シェフが拳を前に出したまま、当主の方へ突っかかっていったのである。まず、当主に一発。
それを止めようと執事が引き剥がそうとして、一発執事。キレた執事が奴に一発。それでも奴は抵抗する。「取り押さえろ!」と怒り狂う当主の命によって、メイドが二人飛んできた。一人がまず腕を引いてから、シェフに攻撃しようとしていたところ、肘が当主にぶち当たる。鼻に手を当てて、よろけだす当主の足をもう一方メイドが踏んでいた。「日頃の恨みだ」と言っていたのは気のせいか。
で、そのメイド二人の攻撃をシェフが上に流したため、執事に総攻撃。一人は「あわわ」となっているが、もう一人は「いっつもアンタセクハラ酷いのよ! 紳士的なふりしやがって! ああ、もうムカつく!」と吠えている。
「いえ、私は奥方一筋ですよ……お前等のような若造など興味は……あっ」
「何だと!? お前……怪しいと思ってたら、あいつと浮気をしてたのか」
なんて話にメイドがポツリ。
「いやいや、貴方だって奥様がいるのにパパ活とかよくしてるじゃないですか!」
「お前等ぁ、そこに叩き直れぇええい! 全員ぶった切ってやらぁ!」
当主も闘いに参加して、それはもう大乱闘の始まり始まり。探偵など忘れて口論と殴り合いが開催されている。まさか、これを大人のやることだと高校生として思いたくない。
その騒ぎ声に惹かれたのか、少女がトイレから飛び出してきた。
「ええ、何々? お祭り?」
「いやぁ、血祭だと思う」
「私も参加していいかなぁ?」
「やめとけって! 巻き込まれないように逃げるぞ!」
花瓶やら椅子やらが壊れる音がする。一応、シェフは人が死にかねない危険なカツオノエボシを館に持ち込んでいたし、この館の当主は脱税とかやっていそうだし。警察に通報する。ついでに怪我人も出そうなため、救急車も呼んでおいた。
やることはやったし、相手がこちらを大乱闘に誘い込む前に逃げよう。
しかし、だ。一つだけ言っておきたいことがある。
あの異世界で出会った少女のことが想起されたのだ。
「人に優しさを与えなくとも……人の優しさに甘えすぎて、その人に無理させてもダメだ。あの子のような優しさを見習ってもらいたいもんだな」
なんて言ったせいか。後ろから殺気が漏れている。
心当たりしかない。誰が発しているのか、分かっていた。
少女、
ただ、その人達は知らない。
彼女が相当病んでいるということを。僕のために暴走するなどはただ格好いい女の子なのかもしれないのだ。しかし、そのためにカッターナイフなどの物騒なものを取り出して、笑う姿。時折見ていて恐怖でしかない。
そんな彼女は僕のことを少なからず好意を持っているようで、何をするにも追ってくる。今日も彼女に事件の依頼があることなど教えていないはずなのだが。
ヤンデレ気質の彼女の前で「あの子」なんて女性を臭わせるようなことは言ってはいけなかった。
「あの子って誰のことかなぁ?」
彼女の手からバチバチ鳴っている何かが見えたような気がした。すぐに姿を消したが、まさかスタンガンをチラ見せさせた訳ではないだろう。
「ちょっと待って! あの子って言っても、だなぁ、そうだなぁ。別に女の子じゃなくって」
「その目、揺れてるよ。違うよね? 絶対違うよね?」
この少女、今回探偵役をした僕よりも鋭い。彼女を探偵に推薦したいのだが、たぶん僕に対する嘘に限るのだろう。
言うしかないよう。
異世界のことをまとめて彼女に教えていく。きっと信用されずとも。
「……へっ?」
ここまでこちらをおかしそうな目で見てくる視線が痛かった。やはり言わなかった方が良かったか。
「やっぱ、信じられないよな。異世界でヒントを得たから謎が解けただなんて」
「……つまり、あの警察の人達はそれを目的でサインを襲ったってことで間違いないの?」
「奴等の言い方からしたら、そうなるよな……」
「異世界の話は信じられないし、夢だと思うな。血は私が拭いたんだし」
「ああ、手の処置もしてくれたのも、しおらだったのか。ありがとう」
「それはともかく、よ……! 何が目的だか知らないけど、警察名乗って異世界転移させようとしてる奴がいるってことだよね。ぶっ潰さないと……!」
僕よりも奴等の打倒に燃えているしおら。
ただ僕も少なからずは奴等に痛い目は見させたい。僕を殴ってきたし、しおらにも心配をさせてしまった。僕が一撃で不能になったから分からなかったかもだけれど、彼女も怖い思いをしたかもしれない。
何とか奴を捕まえたい。そうはあったが、見る限り秘密組織の感じがしてならない。一応、しおらが呼んだらしき警察の方も今はピンピンしている僕のことよりも、館の中で起きる大騒ぎを何とかしないとと動いていく。
たぶん、警察も僕に対する傷害事件のことを大きな問題とは捉えないのだろう。いや、もしかしたら今も館で起きた大乱闘に巻き込まれて怪我をしたと思われているのかもしれない。目の前にいる警察も「ああ、君が通報してくれた子? 二回あったけど、大変だったんだね……頭打って混乱してるかもだから……」と。絶対、異世界転移だの警官が殴ってきたのだと言っても、信じてもらえない。
なんたって、今の僕に狙われる程の探偵としての価値もないのだ。
しかし、調べるしかない。
たぶん警察自体が隠していることもあり得る。全国の警官がそんな訳ではないだろうが間違いなく、この街にいる警察官は僕の事件を隠蔽しようと思えばできる訳で。
警察に頼ることをせず、自分自身で全てを知らなければ。
奮起したところでしおらがポツリ。
「でも夢の中でその異世界の子に惚れたってことで間違いないんだよね」
「えっ? 惚れた、までは」
「どうして私の夢を見てくれないのぉおおおおおお!」
「ちょ、ちょい待てぇ! そ、それは無理だってぇ!」
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