プロローグ 3
目覚めた時には見慣れた道路の端で倒れていた。そこで誰かが必死に僕の名を呼んでいる。
「サイン……! サイン! サインってば、起きてって!」
今度は酷い人工呼吸もなく、ただ誰かの膝の感触に揺らされるだけ。たぶん、彼女は目を開けたことにも気が付いていない。
「お……はよう」
「あっ、サイン! おはよう! 起きてくれたんだね。良かったぁ! 一生目覚めないかと思った……」
やはり、あの男達に襲われたのは本当のことだったらしい。あの不審な男達を用心して辺りを見渡すも、姿はいない。
僕の名を呼んでいた少女が事のあらましを告げている。
「あっ、さっきの人達なら私が追い払ったよ。鞄を振り回したら、逃げてっちゃった」
「で、パトカーのナンバーは?」
「……あれ確かめようとしてたら、
つまるところ、相手はナンバーを控えられるのを恐れて、壊してあったのだろうか。厄介だ。
「ううん、最初っから……そこを最初に怪しんでおけば」
「あっ、いや、たぶん私が暴走してぶっ壊したんだと思う。あれ、たぶん最初に見た時は壊れてなかったから」
「えっ?」
「……ごめんね。一応、警察には通報しておいたんだけどね……探してくれるかなぁ」
彼女の暴走についてはこれ以上踏み込まない方が良い気がした。後は警察に任せて、今はするべきことがある。
謎解き推理ショー、だ。
「で、僕、何分位気絶してた?」
「あっ、二分位かな」
異世界にそれよりももっと長く滞在していたはずだ。間違いなく夢ではない不思議な存在の力があると確信してしまった。
あの男達は何を企んでいるのか。分からないが、今はそれよりもやるべきことがある。
「了解……そろそろ戻らないと、な」
「おっ、私もついていっていい!?」
「いいけど」
「良かった! ちょうどトイレ借りたかったんだ!」
「あっ、僕の推理目当てじゃないのね……ってか、無理じゃないかな?」
なんて思ったのだが、ご主人の方は快く彼女にトイレを貸していた。探偵と迷い込んできた少女との扱いの差が酷すぎる。
微妙な心持ちのまま、当主が広間の椅子にふんぞり返って吐いた言葉を耳にする。
「さぁて、戻ってきたってことはもういいだろ? さっさと推理を聞かせてくれたまえ」
きっと僕の推理が失敗することも視野に入れているだろう。恥を掻く僕をもしかしたら笑い者にするのかも。
しかし、残念ながら無理だ。
一旦深呼吸をしてから推理を口にする。
「まず人魂を誰が演出したか、から行きましょう。シェフさん、貴方ですよ」
目の前にいるシェフは興奮冷めやらず、全身の毛を逆立てている。
「何を言うんだ!?」
「焦らずに。焦ると、貴方が犯人だ無かったとしても怪しく見えてしまいますよ」
「だから、何だ!?」
落ち着けるのは無理らしい。しかし、問題ない。異世界の広大な海の中と比べたら、全く恐ろしさもない。目の前でただただ人間が憤りを覚えているだけ。
「動機は簡単。アンタはたぶん、当主から予想以上のサービス残業などをさせられてたんだろうな。報酬と労働の対価が見合ってない。それに怒りを覚えて嫌がらせを繰り返したってところでしょう」
そこに関して当主が茶々を入れてくる。
「そんなことは、とっくに読めているんだ。真実を教えてくれないか?」
そこまで知っているのなら、環境を改めろ。そう言いたいのをぐっと抑えておく。そうでないと推理ショーが滅茶苦茶になりそうだったから黙っておいた。
「お望み通り、教えましょう」
僕はスマートフォンを取り出した。これで青い人魂について解説することができる。
「青い人魂の正体はこれ、ですよ」
メイドが「えっ、ナニコレ可愛い!」とおかしな反応を見せてきた。言う程、可愛いのかと疑問に思い、体の力が消える中、説明した。
「か、可愛いですか……カツオノエボシ。海岸にも上がることのある毒性のあるクラゲの仲間、です。青く光るクラゲです。夜中、寝ぼけ眼で見れば、間違いなく人魂に見えるでしょう。こんな海のものがカーテンなどについて、ぶらぶら揺れてるとは誰も思わないでしょうからね。不気味に思えるはずですよ」
テレビの話で思い出したのだ。
『海岸にカツオノエボシが打ち上げられました。一見綺麗で触りたくなるものでもありますが、こちら毒を持っております。気を付けましょう』
レポーターの言葉が今になって、僕を助けてくれた。それから、メイドの証言も、だ。
「メイドさん、言ってましたね。シェフは釣りが好きだって。しかし、最近は誰にもそのことを話していない。貴方の性格、その酷く自分のやったことに動揺する性格なら、事件のことに関して何でもかんでも隠そうとするでしょう。そう、貴方が釣りに行ったことすら、人魂事件に関係しているんですから……貴方は口にしたくなかったのでしょうね」
一気に論理で攻撃されていく様子にシェフは真っ青な顔で憔悴した様子を見せる。それでも、隠したがる性格を暴走させていた。
「違う……!」
「手袋をしているのはシェフだからの理由だけじゃない。扱うカツオノエボシに刺されないようにするため、だ」
「カツオノエボシなんか……知らない。見た覚えだってない……! そんな! そんな! 釣りも本当に最近行ってないだけだ!」
しかし、証拠についてももう検討がついている。
「いや、カツオノエボシが使われたのは間違いないと思いますよ。僕の手がそれを語ってます。痛くて痛くてたまらなかったんですよ……。たぶん、探索している最中に触ってしまったんだと思います」
「へっ?」
「そこまで証拠が何処にもないと言うのなら、見せてください。貴方の釣りをするための鞄を。僕を刺したってことは生きてた奴がいたってことなんです。まだそいつが生きているかどうかは分かりませんが……海水の入ったバッグがありますよね」
「そ、それは活きのいい魚を生かすためのもので」
何回言い訳しようと、もう負けない。僕の心に灯されている業火を絶やせはしない。
僕を攻撃しようとしていた異世界の生物の生き方から学んだことだ。
「カツオノエボシは毒で攻撃して獲物を狩るんです。さて、本当に食材用の魚と一緒に持ってこれたのでしょうか……!」
「うう……!」
「魚を持ってくるものとは別の海水が入ったケースを探せば、もしかしたらまだカツオノエボシがいるかもしれませんね。干されていたとしても、だ。数が合わなければ……そして、それに貴方の指紋が付いていれば! どう言い訳しましょうか?」
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