プロローグ 2

 急速に上昇。

 僕は気付けば砂浜の上で、腹部に猛烈な痛みを覚えていた。

 なんたって、お腹に何度も殴打を喰らっていたのだから当然だ。


「起きて! 起きて! 起きて!」


 目に入ったのは少女が連続で腹に拳を打ち付ける姿。このままでは物理的にお腹と背中がくっついてしまうような気がして、すぐさま最後の力を振り絞って声を出す。


「ぐえ、待って! 待って! ぐぉえ!」

「あっ、そっか! こういう時って人工呼吸!?」


 赤髪の白肌少女はハッとした様子でこちらにそのきめ細やかな唇を近づけてくる。起きているから人工呼吸の必要などないのに。

 しかし、こんな彼女からキスを受けるのも悪くない。そんな下心で気を抑えようとしたが、痛みによるショックと緊張によるショックでまたもや意識が危うくなる。

 聴覚だけが残っているようで、騒がしい声だけが響き渡った。


「何で何で!? 人工呼吸拒否されたんだけど!? 大丈夫なの!?」


 ただ、そのおかげでまたもや意識は取り戻すことはできたよう。ジンジン抑える頭を抑えながら、彼女に礼をすることにした。彼女に悪気はない。僕を助けてくれた。ただただ焦ってとんでもないことをやっていただけで。


「うう……ともかく、ありがとう。心肺蘇生の方法だいぶ間違ってたけど……」

「あっ、起きた! 良かった良かった! いきなり海に人がドボンと落ちてったから、どうなっちゃったかと思った……って言っても、あんま平気そうじゃないよね。頭から血垂れてるし」


 頭を擦ってみる。今更ながら痛いことを思い出す。更に塩水が入って、傷口に染みていることすら分かってしまった。ジンジンジリジリ痛みが疼き出す。


「うう……アイツら」

「誰かにやられたの? それとも、わたしにやられたってこと? それだったら、本当にごめん」


 彼女は眉を下げて、心配してくれているよう。ただ異世界の人に転移する前の世界で起きたことなど説明してもどうもできないだろう。

 相談するとしたら、この世界であったことだ。


「い、いや、別に……さっき浮かび上がる時に邪魔されてね」

「ああ、海の人魂って奴だね。獲物を溺れさせて、捕食しようとしてきたんだ……」

「人魂……?」

「どうかした?」

「いや、嫌なことを思い出しただけ」


 怪物への恐ろしさよりも過去のトラウマが勝ってくれやがった。

 前の世界では人魂の謎が全く解けていなかったのだ。そのことを思い返し、気になってもいた。死人が復活した訳でもないのに何故、怪奇現象が起こってしまったのか。

 屋敷を作る時に墓場が出たとも、誰か屋敷で人が死んだとの話もなかった。何故、怨霊らしきものがあの家に憑依したのか。首を捻っても分からない。

 そんな僕の悩みが顔に出ていたのか。たぶん僕と同等であろう表情をしてくれた。


「大丈夫? その魔物に復讐したいってのなら手伝ってあげるよ!」

「いや、その魔物は今はいいや……」

「だね。それよりも怪我を治さなきゃ」


 彼女は手当てをするのかと思いきや、こちらの額に彼女自身の柔らかな頭を付けてきた。彼女の小さな口から不思議な言葉が流れ出す。


「えっ? 何々?」

「これで大丈夫。詠唱がどうかしたの? スペル間違ってなかったよね? ちゃんと治ってるし、問題ないよ」

「あっ、いや……」


 察した。

 やはり異世界であることを痛感させられたとも言うべきか。先程まで我先にと主張していた痛みもすっかり消えて無くなっている。

 となると今の不可思議な言葉の羅列も魔法詠唱なのであろう。回復呪文を口にして僕を助けてくれたのだ。


「ありがとう。ほんと、凄いよ! 凄い! こんな魔法が使えるなんて!」


 突如現れたおっちょこちょいなヘレンケラー。

 彼女に何か恩返しがしたいと考える中、彼女はこちらの手を気に留めた。


「いや、ちょっと待ってよ。この手、凄い毒に侵されてるじゃん!」

「毒? えっ、毒?」

「さっきから凄い掻きむしってるみたいじゃん」

「ええ?」

「こっちも回復してあげるから、手を出して!」


 彼女のおかげで体の異変が消えていく。


「漆とかでも触ってたのかな?」

「いや、アレルギーとは違うわよ」

「漆ってアレルギーだったっけ?」

「うん。ウルシオールっていうアレルギー物質があって。アレルギーの場合、体の免疫系統が問題になるから。で、ウルシオールは毒物じゃないから、毒対処魔法じゃどうこうできないの。毒対処魔法は毒そのものを消してから、かぶれや炎症とかを消す魔法だよ」


 魔法の仕組みを知って、ふぅんと声を出す。それと同時におかしな情報が脳裏に蘇った。


『海岸で……気を付けましょう』


 たぶんテレビから聞こえた声。初めて聞いた時には、「そっかぁ」位にしか思っていなかったのだが。

 今になって重要な情報であると思えた。

 目にある光景が思い浮かぶ。


「そっか……簡単なことだったんだ……! 犯人はあの手を使って……!」

「ん? どうかした?」

「いや、悩んでた謎が解けてったんだ。これで……やったぁ! やった!」

「ええっ!? どうかしたの!?」


 この事件は解決する。

 僕は彼女の手を掴んで、飛び跳ねていた。彼女はこちらのおかしなテンションに戸惑うばかりであろう。苦笑いしていた。

 落ち着いた時に襲い来る不安。後は帰るだけなのだが。帰り道が分からない。そもそもあちらの世界で死んでいたら、戻れない。火葬でもされていたら、帰る体もないのだし。

 なんて思っていたら、急に体が黄金色に輝き始めた。「えっ!? 何々!?」と僕が不安で混乱しているのに彼女は興味津々。


「もしかして、貴方って異世界転移してきた人?」

「えっ、知ってるの? 異世界転移!?」

「うん。いきなり現れていきなり消えちゃうって噂はあったんだよね。まさか、こういうのとは……もう帰っちゃうの?」

「これ、帰る時の? ってか、僕、生きてたんだ……それは良かったけど……」


 完全に助けられただけだった。一部とどめを刺されそうになったのは忘れておいて。

 彼女は彼女で何だか名残惜しい様子を見せてくれていた。僕も同じだ。


「でも、何のお礼もできてないけど……」

「また来るの?」

「分かんない……でもまた来たいな……」

「じゃあ、その時は! あっ、そうだ! わたしの名前はメア・リリー! ちょっとは有名な魔術師だからさ……! 人に名前を訪ねれば、また会えるかも!」

「分かった! あっ、そうだ。僕の名前は中根沙因。サインってみんなからは呼ばれてる!」

「じゃ、サインくん、またね!」


 必ず会おう。

 事件の謎を解き明かし、披露した後で。

 

 

 

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