推理クイズと虚構世界の大ヒント
夜野 舞斗
プロローグ 1
「早くしてくれよ。もう、人魂事件の謎は解けたのだろう?」
薄暗い館の中、広間で推理ショーの場に立たされた僕は脳の中を真っ白にさせて突っ立っていた。
謎はまだ、全く解けていない。
館の中で青白い人魂が次々と発見される事件。人伝に僕が探偵役として頼まれた訳なのだけれども。
たった今発言したシェフが怪しいとのことだけだ。
彼はこの館にいる人間の中で扱いが酷い。街の名所でもあると言える位、大きな洋館に住んでいるのだからさぞ大金持ちなのだろう。来るまではそう思っていたのだが、違った。ケチの成り上がりとでも言ってしまえば、良いだろうか。メイドやシェフに関してもブラックな感じで働かせているため、恨まれても仕方がない。殺人が起きなくて良かったと思える程だ。
その時は被害者第一号になるであろう館の男当主が首を横に振り、僕に口を開けた。
「もう分かっているんだろ? ここで話してくれなかったら、何のために高いお金を使って探偵を呼んだのか分からない。もったいぶってないで推理ショーを始めてくれよ」
貰ったの、駄菓子が詰まった相当三百円の遠足セットだけだったのだが。何で大金をはたいて雇ったみたいになっているのだ。
緊張のせいか、熱くなった手。一生懸命に抑えたり、掻きむしったり。
シェフの方は手袋と一緒に手を振り回し、声を荒げる。「探偵だか何だか知らないが!」だとか、「時間がもったいないんだ!」だとか。
メイドの話によると、シェフは普段は人以上にのんびりした性格だとか。今の反応は怪しすぎるのである。間違いない。この人が犯人なのに人魂の正体が全く分からない。
青白い人魂。
「ええと、電気……」
「電気ってのは、ないな。電源コードが使えない場所でも目撃されてるんですからな」
執事に反論された。すぐに誤魔化しを入れる。
「って、電気って言ってもライトですよ。電池で使える奴なら」
今度はメイドがやってきた。
「あの……人魂はもっとゆらゆら揺れてたんですよ。懐中電灯や影絵でできるものとは思えません。まるで人魂自体が生きてるみたいな……」
「ってのは、ないってことを言おうとしてたんです」
今考え付くアイデアは全て否定された。どうやって推理ショーをするか。もう後が残されていない。
「……ちょっとすみません。トイレへ行ってきていいですかね?」
「近くにコンビニがあるから、それを」
「この館のすら使わせてもらえんのですか!?」
そのまま逃げたいところ。しかし、駄菓子を一度でも食わされた僕が逃げたら後で何を言われるか分からない。僕を頼ってきた人のため、と思ってつい奮起してしまったのが運の尽き。
僕、名探偵サインは推理をミスして三年前に死んだはずなのに。
過去の友人に呼び留められても無視していれば良かった。館を飛び出して、館の周りを歩いていく。
後悔しつつもメイドさん達から聞き込んだ情報をまとめていく。
『あの人、釣り好きなのに最近ずっと行ったって報告聞いてないんですよね』
『青白い人魂は夜中に上下に揺らめいているんですよね。何なんですか、あれ……』
サッパリ、だ。
事件などどうにでもなってしまえ。投げ出そうとした時だった。館の前にパトカーが停まった。誰かがこの事件を通報したのだろうかと考える。当主の言い分としては警察の手を煩わせる訳にもいかないとのこと。どうせそれは建前で本音は内情がバレるとヤバいから、だろうが。
警察の捜査があるなら、一安心か。
三人の警官らしき人が降りてきた。随分若い人達で出会ったことはない。路上駐車をしたまま、中に入るのかと思ったが。
「おい、君……」
「えっ、僕?」
相手の警察官の顔は帽子を深くかぶっているためか、よく分からなかった。声質からして男だろうと判断できただけだ。
他の二人が黙っている中、一人は冷たそうな視線をこちらに向けつつ語ってくる。
「名探偵の中根サイン君だね?」
「えっ、いや、名探偵って程までは……」
何を言っているのだと思う。今も僕を探偵として呼ぶものはほとんどいない。彼等の様子が少しおかしいような気もして、距離を取ろうとした。
しかし、だ。
がっしりと掴まれた手を離してはくれない。
「ちょっとちょっと!? 何ですか!?」
「大丈夫。怖いことはしないよ」
「いや、何も言ってないんですけど!? 何で!? えっ、この館で起こってる、しょうもない人魂事件を捜査しに来たんじゃないんですか?」
「それは君に任せるよ」
「はっ?」
「はっ?」との言葉は奴の言葉から出たものではなかった。二人の警官が催涙スプレーやら、スタンガンのようなものやらを懐から取り出したから、だ。
目の前にいる警官は警棒を振り出した。
「君は実験台に選ばれたってところだ」
「お前等、警察じゃないのか……?」
「いいや、立派な警察組織の一員。『特殊捜査部』って奴でね」
絶対違う、と心の中でツッコミを入れた。避けようとしたのだが。その棒が頭に振り降ろされるのはこちらが動くよりも速かった。
頭から生暖かいものが噴き出した。口が切れて、うまく喋れなくなった。その中で誰かが飛び出した。
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおお!」
こちらの意識は途切れていて、何が何だか分からない。視界としてはうっすら、誰かが三人を蹴り飛ばしたり、投げ飛ばしたり。ポニーテールがふりふりしているのが印象的だ。
女性の声と奴等の悲鳴が合わさって、更に気持ちが悪くなる。
意識が遠のいた。
僕は本当に死んだのか。
長い長い時が経った気がした。ほんの一瞬かもしれないし、一時間二時間経っているのかもしれない。
死んだら人は何処に行くのか。僕はあの世とこの世の境目を漂っているのか、などと下らないことだけを考えていた。
しかし、次に
「えっ?」
海中だ。
冷たい感触が肌にちくちく刺さってきて不思議な感覚に襲われる。三途の川に放りだされたか。
何だか辺りを見回すと恐ろしい生物もいる。
リュウグウノツカイにトゲが付いた不思議なものから、角の生えた馬なんかが泳いでいる。あの世と言うより、これは異世界か。
チョウチンアンコウみたいなものがいた時、驚いた。先端には美少女を付けている。あれで逆に現実世界の男を釣っているのだろうか、と。海から魚が人間を釣ろうとしている光景に驚きを禁じ得なかった。
驚いている間に口からの空気が無くなっていくことに気が付いた。
段々と苦しくなってくる。
口で手を抑えて、すぐさま上へ上へと動こうとする。体の方は前の世界よりも自由に動ける気がした。ただ、何だか青白いものがこちらに飛んできた。人魂のようなものがこちらに当たっては、沈めてくる。
上に行かなければならないのに。邪魔して何度も何度も沈めてくる。
強い力ではないものの、水で呼吸していない僕にとっては不利に違いない。ああ、現実世界で死んだ後、またこちらの世界でも苦しんで死ななければならないのか。なんてところで誰かが見えた。
紅い髪の少女がこちらに手を差し伸べている。こちらの手を掴まんとばかりに何度も何度も手を伸ばしてくれている。
夢か、幻か。
僕は気付けば、その手を握りしめていた。
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