手錠で繋がる絆(7)

「これは色々と訳がありまして、ですね……」


 説明しようとすると、彼女は朝子さんから僕を引き離すように動いていく。


「ほら行こ!」

「ちょっとちょっとちょっと! まだ話とか聞いてないんだけど!」

「だいたい話は聞いてきたんだよ」

「えっ?」

「貴方がそこの女に鼻伸ばしている間に情報はゲットしてたんだよ……!」

「嘘っ!?」

「中林さんはこの中で一番残業系統は多かったみたいね……この前の金曜日も一番最後まで残ってたんだって」


 となると、だいぶ話は違ってくる。

 長時間勤務のし過ぎで心を壊し、誰にも知られぬまま自殺を選んだ。過労死は過労のし過ぎによる心臓発作等で亡くなることだから、この場合は過労自殺と言ったところだろう。

 そこに近くにいた朝子さんが就業環境についてコメントする。


「いや、うちは結構貧乏な探偵事務所だけど、働く環境は結構楽しいのよ? 大抵の失敗は大次郎探偵のごり押しで何とかなってるし……そこまで、死にたくなるような環境じゃないのだけどなぁ」


 それはそれで朝子さんから疑問が残ってしまうようだ。朝子さんの言葉に賛同し、辺りを見回すしおら。


「確かに凄い葉っぱの装飾とかで誤魔化してるけども、だいぶ内装がヤバいかも」


 敵の働いている場所だと認識して、かなりディスっていくスタイル。しかし、朝子さんもそこは否定しない。


「そうなんだよね。エレベーターも結構ガタが来てて、壊れそうで……」

「それでそれで」

「そうは……」


 敵だったはずなのだが、職場への不満などで一気に盛り上がっていく。女子高生と探偵事務所の社員との奇妙な組み合わせが奇跡を起こし、気付けば僕は蚊帳の外。今度は僕がさっと動こうと思ったものの、彼女がお喋りに夢中でその場を離れることができない。


「ちょっ、しおら……」

「ちょっと待ってよ。何か新しい発見ができそう!」

「そうそう。サインくんだっけ? 焦らないで焦らないで」


 何だか心が騒めいている。早くしなければ、朝子さんが好きなオタク文化も危ういというのに、だ。

 事情を話しておくべきかと悩んだが、今はしおらと談笑中。これが事件の捜査の役に立つと考えているから質が悪い。

 できる限り、他の探偵社員に話を聞くもこちらの様子を不思議がってそれどころではない。


「君、それどうしたの? 刑事ごっこでもしてるの? 普通犯人が手錠で捕まるものだと思うけど……あっ、そっか、そこの女の子が逃がさないために……何したの? 痴漢?」

「い、いや、違うんで……」

「女性の敵は抹殺よ!」

「違うってのに!」


 不審がって変な噂が立つ始末。これもどれも、しおらのせいだと思う。怒りたくもなるも、彼女達は彼女で真剣に話すタイミングもある。


「しおらちゃんはどう思う? これ、他殺っぽくない?」

「他殺だったら、夜遅くまで残っていて、そこで襲われたってことかなぁ?」

「だよねだよね! 間違いないよね! きっと、あたしが推理するに帰る途中に不審者に襲われたんだよ!」

「それだと何故抵抗しなかったのかが疑問なんだけどね。猶更なおさら、その不審者に酷いことされてそうだけど……」


 最後に帰った彼女。ふと思う。ここは結構古い場所で鍵もハイテクなものではない。建物の戸締りをする際に鍵が必要だ。

 しかし、彼女の部屋から鍵は見つかっていない。というか、皆普通に今日入っている。


「鍵の管理って、普通に考えれば……」


 大次郎探偵がやっているはずだ。彼をすぐに呼んでもらって、聞いてみることにした。


「あの……ちょっと気になったんですけど」

「おっ? 何か? もしかして大きな鍵でも掴んだか?」

「あっ、いや、期待されても困ります。そうじゃなくって、ちっちゃな鍵についてなんです。ここの戸締りってどうしたんですか?」

「鍵……か。それについてはいつも彼女はこちらに鍵を返して、自分で戸締りしてたからな……こっちが何言っても勝手にサービス残業しちゃうような人でもあったから……ああ、それに関しては何度も言ってたんだけどね……」


 勝手に合鍵を作っていたか。入口に針金か何かで細工したかの二つに分かれた。合鍵については見つかったとの報告がないから、針金で細工して帰ったと考えられよう。個性的な帰り方をする人、だ。

 そこに関して他の社員が語っている。


「だから彼氏との付き合いは悪かったかな……彼氏となかなか会わなかったみたいでさ、価値観ってのが違ったのかな」


 そこに反応したのがしおらだった。


「こっちは違うよね。帰る時間とかも結構同じだし」

「無理矢理同じ時間にさせられてるような……」


 すると彼女はぐっと力強い笑顔でこちらを圧迫させてくる。


「価値観合うよね?」

「えっ?」

「あっ、でも合わなくても最高のパートナーってのはいるか」

「何か勝手に納得してくれたようで何より、だ」


 その間に色々と中林さんの恋愛話に空気が包まれていった。


「愚痴に関してはあんまり聞いたことがないってことは、それだけのものなんじゃない?」

「ってことは愛に縛られ過ぎて、それがきつすぎるけど、あの性格じゃ反論できずに殺害されたってこと?」

「いや、その逆もあったりして。うちに秘めたものがあって、殺されそうになって思わず手元にあった縄で彼女の首を絞めたとか」


 あらあらあらあら。

 少し静まり返っていた事務所が、サスペンスな話題に包まれているではありませんか。と言っても、ここは探偵事務所。謎や事件に興味津々な人が集まった場所なのである。

 しかし、これだけノイズがあると結局、自殺の動機が分からない。

 どれか一つに決められない。早くしないと、結局どの可能性も混在している。そして漫画のせいとも言い切れないとなってしまう。

 誰か一人が口にする。


「あっ、でも彼女ってオタクなところがあったよね……まさか、推しの死で……?」


 そこにすぐさま朝子さんが喋っていた。


「いや、推しの死は逆に沼にハマることもあるよ。応援している人からしたら、悲しいことでもあるけど、その感触が癖になるってこともあるから!」

「えっ、そうなの?」

「好きなものってのは、例えどんな展開になっても応援したい。それがあたしの生き様……中林さんはそう言ってたかな」


 不意にしおらの口から一言漏れた。「じゃあ、やっぱ違ったんだ……! 良かった」と。

 彼女も思っていたのだ。漫画やライトノベルが悪であってほしくない、と。何だかその気持ちが話さずとも一緒だったことが嬉しかった。もしかしたら手錠で伝染させてくれたのかもしれない。

 ホッとして後ろの棚に背中を当てた時だった。何かがグラッと。物音がしたと見上げれば、棚の上から大きな段ボールが。

 ここで逃げたら、しおらに当たるかも。

 それ以外、何も考えられなくなってただただ面食らっているだけ。

 他の人は言っていた。「あれって確か、花瓶とか入れといたんじゃ!」、「誰だよ! あんな高いところに置いといたの!?」、「朝子さんじゃなかったっけ?」、「あっ、そう言えば……!」と。

 聞こえた気がした。意識が失う直前だったから、確かかどうかは分からないのだが。

 

 

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