05 ほかの言い方って

「何と申しますか」

 ジードはチャルナたち姉妹をちらっと眺めた。

「――人の命を使って、怖ろしいことを企む人間もいる、ということです」

 それは説明になっていなかった。だが、当の少女たちの前で言いたくないことなのだ、という推測はついた。

 星々がどのような形を取って、それにどのような意味があり、実際に何かしらの力を持つものか、魔術師や神官、学者でもない限りは理解しがたい。

 しかしこの一件は、ティオが――というより、その一派の頭が、と言うべきか――何かしらの力を使うために生け贄のようなものを欲した、そのような話ではないか。

 ユファスは大まかにそういったことを想像したが、ジードに確認することはしなかった。わざわざ神官が避けた話題であるのだし、星が動けば少女たちが無事だと言うのであれば、そこには反対意見などありはしない。

「神殿まで、送ります」

 ザックは町憲兵の顔をして言った。

「星がどうのこうのは、正直、俺には何のことだか判りません。でも、チャルナとシャンシャをはじめ、アーレイドの民を守るのは俺の仕事ですから」

 少年町憲兵は力強く言う。そこでユファスは、こほんと咳払いをした。

「あ、ごめん、ユファスのことも、ちゃんとアーレイドの民だと思ってる」

「そこじゃなくて」

 新米アーレイド市民は笑った。

「『仕事ですから』は、立派だよ。とても格好いいと思う、冗談でも皮肉でもなく。でも」

 彼は片目をつむった。

「ほかでもないチャルナに、ほかの言い方で何か言っておくことがあるんじゃないの」

「ユ、ユファス」

 ザックはぎくっとした顔をした。

「うん、何て言うか。基本的には口出さないつもりだったけど。いまはまだ僕も、落ち着いた気分じゃないものだから」

 少年を焚きつけるのは、高揚感がまだ残っているせいだ、ということにした。実際にそれもあるが、単に歯がゆいからというのもある。

「ほかの言い方って、何?」

 チャルナが首をかしげた。

「あー、ええと。いや、何でも」

 ないです、とザックは目を白黒させ、せっかくの好機を見送ってしまった。

(これは時間がかかりそうだなあ)

(あんまりのんびりしてると、ほかの奴にられちまうぞ)

 と、まるで兄貴面でユファスはザックを見ていたが、チャルナが誰を気にかけているかも判っていない彼には、あまり他人の恋路に口出しするには向かなかった。

「お姉ちゃん、それはつまりさ……」

「何?」

「……ううん、何でもない」

 店で数度ばかり顔を合わせ、少し話しただけのシャンシャにすらザックの感情は知られているが――判りやすいためとも言えた――当のチャルナにその気が生まれなければ平行線だろう。妹の方も、敢えてこの場で何かを言うことはなかった。

「ではお言葉に甘えます、町憲兵殿」

 ジードは彼の息子ほどのザックに丁寧に頭を下げた。そこにわざとらしさや嫌みはなく、ザックは安堵と喜びを覚えた。

(頼ってもらえている)

 これは、彼が「町憲兵」だからであって、「ザック」という個人が頼られた訳ではない。そのことはザックも重々、理解していた。

 だがそれでも、彼は少しだけ、自信を持つことができた。

 少しずつ、強くなれているように思う。

 半年前より。昨日より。一刻前よりも。

 そしていずれ――二十年の月日が流れるだろう。

 どうやら彼は現状、恋心よりも町憲兵精神に目覚めていたと言えただろう。チャルナへの告白よりも自分のことで手いっぱい、とも。

 いつか彼がもっと自信をつけたとき、そのときザックが見ているのがチャルナであるか、ほかの娘であるかは判らないが、周囲に歯がゆい思いをさせることなく、思いを告げられるようになるかもしれない。

 いまはまだ、彼は新米だということだ。様々な意味で。

「それじゃ、気をつけて」

 ユファスは片手を上げた。

「また〈麻袋〉亭に行くよ。やっぱりしばらく、夜はザックに送ってもらうといい」

「でも、もう大丈夫なんじゃないの?」

「連中がチャルナを狙わなくなったとしても、残念なことに狼藉者が全部いなくなる訳じゃないよ」

 当然のことであるのだが、少年町憲兵は申し訳なさそうな顔をした。

 犯罪者の撲滅などは、現実的に不可能だ。だがザックは、困難だと判りつつも、まだそれを夢見るところがある。それは二十年前のラウセアと同じであった。

「ユファスは?」

 送ってくれないのか、というようなことをチャルナは尋ねた。

「さすがに当分、無理だなあ」

 正直、かつ簡単に言って若手料理人は苦笑した。職場に申し訳が立たない。

「そ、か。そうよね」

 ここでチャルナを焚きつける者は幸か不幸か存在せず、少女姉妹は町憲兵と神官に挟まれて、明るい大通りの方へ戻っていった。

「ねえ、ザック」

「うん?」

「さっきの、格好よかったよ。ぽーんって投げ飛ばして」

「ああ、あれ。必死で、何をやったのか自分でもよく……」

 かすかに聞こえたやり取りに笑みを浮かべ、ユファスは船の方を見やった。

 騒ぎはまだまだ続いているが、剣戟の響きなどは聞こえず、インヴェスの言ったように夜襲が成功したと見えた。

 ほかに攫われていた女子供たちは船に捕らえられているのか、無事なのか等々、気になることはあったものの、捕り物の真っ最中につかつかと歩み寄って尋ねるほど考えなしでもない。

 いずれ噂になるか、発表があるかもしれない。少し落ち着いた頃を見計らって、詰め所を訪ねてもいい。

 もはや自分に出る幕がないこと、彼はよく理解していた。

 ユファスは少しだけ船と港と町憲兵たちを眺め、踵を返すと、騒ぎを見物に集まり出した街びとたちとすれ違う。

 「今夜」は、彼を含む幾人かの負傷者と多数の捕縛者を出した。

 ユークオールの行方は判らないが、シュヴァイスが追うと言ったのだし、もうユファスにできることはない。

 少女たちが助け出され、少年が老町憲兵からあとを託された――とは言えないのであったが、あとを託される可能性を提示された、それを見ることができただけで充分だ。

(……あれ?)

(ティオと言えば)

 ふっとユファスは、野次馬たちの頭の向こうに、船を見た。

(シンガはあのなかにいたんだろうか?)

(息子が人攫いの仲間として捕まるなんて、ソルの親父さんはどんなに気を落とすだろう)

 そんなことを考えてしまうのがユファスのユファスたる所以だ。

(軽い罰で出られて、今後は親父さんのもとで真面目にやるといいけど)

(罰と言えば)

 若者ははたとなった。

(――明日いちばんの厨房入りを命じられているんだっけ。早く帰って寝ないと)

 波瀾に満ちた夜を簡単に明日へと切り替えて、若者は城への道を採った。

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