03 丁重に扱ってやりなさい

「……な」

「何だ?」

「か、確保!」

 町憲兵たちは呆気に取られかけたが、そこは玄人である。瞬時に我を取り戻して、行うべきことを行った。手を縛るのみならず、逃亡を防ぐために足も縛り、さるぐつわも噛ませて、暴れ回る凶悪犯に対するようにした。

 たいていの犯罪人は手だけ縛って詰め所まで歩かせるが、あのような怪力を見せられれば、意識を失っていたところで町憲兵たちの選択は当然と言えた。

 ここまでやれば意識があろうと歩かせられない訳だが、護送に馬を使うことも皆無ではない。今回は彼らがそれを選択した、或いはその選択肢が用意されていた。

は、向こうへ。捕縛者第一号で、首領級だ。丁重に扱ってやりなさい」

 素早く指示をしたのは、やはりラウセアだ。この「丁重」は、厳重に見張っておけということと、あとは胸の傷を治療しておけということでもある。町憲兵たちは敬礼をして従った。ティオは本当に意識を失ったと見えて、ぐったりとしていた。

「ああ、何て忙しい」

 ラウセアはうなるように言った。

「犬が消えたなんてとんでもないことに頓着している暇もない」

 温厚な町憲兵は珍しくも苛々と言った。

「副隊長代行なんて了承するんじゃなかった。あなたたちの相棒なんて、何かの片手間に務まるものじゃない。ザックもインヴェスもビウェルも!」

 やはり珍しく呪いの言葉を続け、ラウセアはくるりと踵を返した。

「ご苦労さん」

 トルーディがその背中に声をかければ、かつての相棒は一度だけ振り返って、彼をきつく睨んだ。

「すげえ、怒ってるな」

 シュヴァイスが目をしばたたいて言った。

「そろそろ全部、話さないといかんのじゃないか、ビウェル町憲兵」

「うるさい」

「はいはい。俺は口を挟みませんよ」

「それで。いまので追えるんだろうな」

「追うとも。ここの面子が無事だからって、ほかから『あとふたり』を出す訳にゃいかんだろ」

「当たり前だ」

「そんじゃ、またあとで」

「報告は早くしろよ」

「はいはい」

 そんな――意味の判らない――やり取りをすると、シュヴァイスは――魔術師らしく――姿を消す。

 それらを聞いていたのはユファスだけで、やっぱり彼にはちっとも意味が判らなかった。

 ザックであろうとそれは同様だったが、幸運なことにとでも言うのか、少年町憲兵が謎の会話に頭を悩ませることはなかった。

「シャンシャ……ああ、よかった、シャンシャ」

「お姉ちゃん!」

 人攫いの手と奇妙な力から逃れた姉妹は互いを抱擁し合い、ザックは安堵の息を吐いて、それを見ていたからだ。

「チャルナ、シャンシャ!」

 軽い足音とともに、細い声がした。

 呼ばれた少女たちのみならず、ユファスとザックも振り返る。

 やってきたのは、ラ・ザイン神官服を着た――もちろん、神官だった。

「ジ、ジード神官」

「無事でよかった。神に感謝を」

 神官は神官らしくそう言うと、きれいに祈りの印を切った。

「どうしてここに?」

「シュヴァイス術師が教えてくださいました。それから、支援も頼まれまして」

「支援?」

「魔術が効かないような状況になったとき、おそらく、神術が効くからと」

「それじゃ、さっきの」

「ジード神官の業、ですか?」

 彼らは目をしばたたいた。少し照れ臭そうに、ジードはうなずく。

「あんなふうに顕著に効くとは思いませんでしたが」

 シュヴァイスが「魔術が効かない」と舌打ちをしたあとに、ティオが倒れた。ザックはてっきり、魔術師がほかの術を使ったものと思っていたが、そうではなかったということだ。

「どういう術なんですか?」

 少し好奇心を覚えてザックは尋ねた。

「猛る心を抑える、祈りの術です。心を怒りや哀しみで満たしてしまったあまり、見境なく暴れてしまうことがあるでしょう。そうしたときに使うものでして、本来は接触をしなければ使えないのですが、あらかじめ送ったラ・ザインの祝福が媒介になったのだと思います」

 後半の説明はぴんとこなかったが、前半は何となく判った。そうですかとザックはうなずく。

「もっとも、ああして倒れてしまうほど強く作用するとは思いませんでした。――余程、邪念が多かったのか。いつか彼が光を見ますように」

 神官は祈りの仕草をした。人々を許すことを仕事としている彼らは、少女たちに乱暴な真似をしたティオにすら「ざまあみろ」などとは思わないらしい。

「有難うございます」

 チャルナは深々と頭を下げた。

「私たちだけじゃない、みんなを助けてくれました」

「神の御業です」

 実に神官らしく、神官はそう発言する。

「ああっ、チャルナ」

 ザックははっとなった。

「今度は腕を怪我してる」

 彼女の衣服が破れ、赤く擦りむけていることに気づいてザックはおろおろした。

「シャンシャも」

 妹に目をやれば、膝の部分が同じように痛々しくなっていた。

「しまった、俺、何も持ってない」

 手布は、先ほどチャルナの膝に巻いたままだ。応急処置用の装備を持ち歩くこともあるが、いまは持っていない。

「診療所は、もう開いてないかな。あ、でもあれだけの編成なら医療班か、最低でもお医者様が同行してると思うから、手当てしてもらおう」

「大丈夫よ、これくらい」

「平気です」

 姉妹は揃って手を振った。

「それより、ユファスとか、トルーディさんの方が」

「え?」

 トルーディとユークオールの戦いから彼女らを守りつつ、隙あらば自らも切り込もうとばかり考えていた少年町憲兵は、元軍兵の戦いぶりの方まで観察できていなかった。

「うん?」

 名を呼ばれてユファスも振り返り、チャルナが彼を指差し、それから彼女自身の左腕を指すのを見て、改めて自分の腕を見た。

「ああ、そう言えば。……痛いな」

 戦いに興奮している間は、痛覚が鈍くなることもある。気づけば血はだらだらと流れて、新品の――いや、新品だった衣服の袖をすっかり赤く染めていた。

「ほらよ、貸せ」

「あいたっ」

 ぐいと腕を掴まれて、元軍兵、現料理人は悲鳴を上げた。

「ふん、お前さんが噂の、奥ゆかしいエディスン兵か」

 インヴェスと呼ばれていた町憲兵が、慣れた調子で彼の衣服を完全に裂き、血を拭った。

、ですけど」

 痛みに顔をしかめながら、ユファスは一応、そこには訂正を入れた。

「んなこた、判ってる。現役のエディスン兵がアーレイドでひったくり犯や人攫いの逮捕に協力するもんかね」

 唇を歪めてインヴェスは、腰の袋から綿布と包帯を取り出し、器用にユファスの傷口を保護した。

「ザックの言った通り、医師も待機してる。だがありゃ一応、町憲兵用なんでね。済まんが」

「かまいませんよ。向こうは現状、突入中じゃないですか」

「寝込みを襲ったようなもんだ。もう片がつく。――ほら」

 インヴェスがあごをしゃくった。ラウセアが指示をしている声が聞こえる。何を言っているのかまでは判らないが、慌てた様子は少しもなく、作戦通りにことが進んでいるのだと思わせた。

「ただ、ドジやって致命的な怪我する馬鹿がいないとも限らない」

 医師はそういったときのために待機しているから、ユファス程度の切り傷に使いたくないということらしい。元軍兵はその判断をもっともだと思った。

「有難うございます」

 ユファスは素直に、インヴェスの応急処置に礼を言った。

「でも、トルーディ町憲兵の方が」

「ああ? 別にビウェルは、怪我なんかしなかったろ……っと」

 インヴェスは相棒に目をやって、片眉を上げる。それから、にやっと笑った。

「昨日の傷が開いたんですか。無茶やるからですよ、爺さん」

 えんじ色の制服は血が滲んできても判りづらい。だが、痛む右腕を押さえでもしたのだろう、トルーディの掌には、間違いなく赤いものがついていた。

「脱いでください。新しく巻き直しますよ」

「こんなもんは舐めときゃ治る」

「はあ、そうですか」

 あっさりとインヴェスは引いた。「化け物」の先輩を案じても馬鹿を見るだけだということをよく知っているのである。

 或いは、老町憲兵の意地っ張りカンドロールぶりをよく知っている、ということになるかもしれない。

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