11 誰かを思う力
「ですが、それならザックに、その辺りをちゃんと伝えておけばよかったのでは?」
思わずユファスは口を挟んだ。トルーディはじろりと彼を睨む。
「命令だ、と言ったろうが。おい、元兵士。お前んとこの軍じゃ、末端の兵にまで情報が全部駄々漏れだったのか」
「そう言われれば、判らないでもないですけれど」
命令の裏にどんな作戦があるか。それを推測するのは兵の勝手だが、詮索するのは彼らの仕事ではない。
もちろん、細部まで伝えられることもある。知らないままでは混乱を招く場合もあるからだ。それは作戦内容や規模次第であろう。
しかし、目的を明確に伝えられないまま命令され、事情はあとで噂に聞くだけ、なんていうことも珍しくはない。それでも命令に従うのが彼らの仕事だ。ザックもそうするべきだった、と言うのだろう。
「何日か前から、あの船が奇妙だって話は上がってたんだ。お前の持ち込んだ人攫いのネタと絡むんじゃないかという流れになったもんだから、裏が取れるのを待って突入の予定だったが、お前らがいざこざを起こしてくれたからな。まあ、話が早く進んだと考えればそれもいいが」
老町憲兵はそんな説明で済ませた。
「ザック。お前、警笛はどうした」
「え? あ、持ってます」
「阿呆! 持ってるなら使え! 俺たちがいなかったらお前ら、死んでるぞ!」
「そ、そうですね」
「でも、連中が思いとどまったとも思えませんよ。『町憲兵だ』に対する第一声を考えると」
ユファスはやんわりと言ったが、またもトルーディに睨まれた。
「それでも多少は牽制になる。その隙に逃げ……ようとは、お前らは考えなかったかもしれんが」
トルーディは唇を歪め、大きく息を吸い込んだ。
「無謀と勇気は違う! こんな当たり前のことを言わせるな! 素人相手にならともかく、何で町憲兵に言わなきゃならんっ」
「すすすっすみませんっ」
彼らとしては「これしかなかった」と思うのであるが、トルーディの言うことはもっともだった。町憲兵隊がいなければ、いまごろ海に放り込まれている。
「嬢ちゃんはどうした。さすがに、連れてこなかっただろうな」
「いや、それが、実は」
「……お前ら」
「隠れてもらってる。チャルナ」
振り返ってユファスは、あれと思った。
何が起きたか、彼女にだって判ったはずだ。
どうして――やってこない?
「チャルナ!」
若者は呼んだ。
すると、人影が現れる。
四つ。
いや、三つの人影と、もうひとつは、犬の形をしていた。
「まあったく、邪魔をしてくれるもんだ」
「ティオ!」
若い男が、先ほどと同じように少女を捕らえていた。
いや、チャルナだけではない。シャンシャをも。
女が力ずくで男に押さえられれば、抵抗は難しいだろう。だが、いかに力の弱い少女たちとは言え、ティオが軽々とふたりの動きをとめているのは、奇妙な光景だった。まるで、酔っ払いがふたりの女を侍らすかのように、肩を組んでいるだけのように見える。
少女たちが恐怖のあまり身をすくませていたということもあるだろうが、しかしそれだけではなかった。
ただ載せられているだけのように見えるティオの手が、鉛か何かのように重く彼女らを押さえていることを知るのは、当の少女たちだけだ。
「でもまあ、いいや。もう面倒臭え。この場でさっさとやっちまおうぜ」
ティオは少女たちの頬を押さえた。
「もうここで食っちまえよ、ユークオール。あとふたつ心臓食えば、こと足りるんだろ?」
言葉の通り実に面倒臭そうに発せられた台詞には、おそるべき内容が込められていた。
心臓を食うと。
「や……何の、話」
チャルナは顔を青くした。
「いや……怖い……怖いよ、お姉ちゃん」
シャンシャは涙声だった。
「は、放して!」
そこで、姉は力を取り戻す。
「放して。せめて、妹だけでも」
「うっせえよ」
ティオはかけらも頓着しなかった。そのまま腕を伸ばし、彼女らの口をふさいでしまう。シャンシャの顔はますます青くなり、チャルナの顔は赤くなった。
「この場でとは、乱暴な結論に達したものだな」
「だって、結果は判ったろ。生憎なことに、アーレイド町憲兵隊はまだ優秀だ。先生は気に入らないかもしれないが、仕方ないじゃないか」
「首でいいか? どっちからやる? まあ、どっちでも同じか」
にやにやしながら、ティオは言った。目の前に町憲兵がふたり、すぐ近くにもっとたくさんの町憲兵がいることなど、少しも気にしていないように。
実際、気にしていないのだろう。彼と犬は、消えることができる。
チャルナとシャンシャを殺し、心臓を犬に食らわせて?
「ふざけるな!」
ザックは叫んだ。剣を握り締めた。
先ほどは敵わなかった。少しも。
もちろん、あれからいまの間に、彼に何か不思議な力が宿った訳でもない。先ほどの魔術師の助力があったとしても、大きいのに俊敏な動きをするあの犬に勝てる自信などはない。
しかし、先ほどとは違うことがある。
町憲兵隊最強と言われる、熟練の先輩が控えていてくれること。
それから、何よりも少女たちの――チャルナの命の危険があること。
少年町憲兵は地面を蹴る。
誰かを思う力。
勇気ではなく、無謀でも。
先ほど浮かんだ恐怖の一片も、いまのザックの内には存在しなかった。
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