10 あとはお前がやれ
「あれが
逆に言えば、気配がないということは
「何だ、何の騒ぎだ」
船の方で角灯が掲げられた。
「不審者だ!」
ザックに投げ飛ばされた男が叫んだ。どっちが、とユファスもザックも思った。
「ガキがふたりだ、とっ捕まえて海にたたき込め!」
どうやら侵入して見つかったのでなくとも、下される命令は同じであったらしい。ばたばたと船から血の気の多そうな連中が下りてきた。
「一、二……」
「五人。それに」
「背後にふたり。どうする、町憲兵さん」
「『町憲兵だ、とまれ』と言ったら、とまると思う?」
「制服を着ていればまだしも、難しいんじゃないかな」
ぎらり、と男たちの抜いた剣が角灯の明かりに光った。二対七。相手が力の弱い子供であるならばともかく、見るからに力自慢の男たち。新米町憲兵と退役軍兵が熟練町憲兵と現役軍兵であったとしても、厳しいだろう。
しかし、既にふたりをやり込めている以上、「通りすがりなんです、すみません帰ります」では済まない。
騒ぎを起こせば、近くにいるはずの、ほかの町憲兵が気づくかもしれない。それに賭けるしかなかった。
ザックは剣を抜く。ユファスも短剣を。自然、彼らは背中を合わせて前後の男たちに対峙した。
「すみません。俺がきてくださいとお願いしたばっかりに」
「いいや。僕は嫌ならどの段階でだって断れたんだし。こういうのは自業自得と言うんだね、たぶん」
まるで他人事のようにユファスは返す。呑気な調子に、ザックは少し呆れた顔をした。
「あなたのことですよ」
「判ってる。君のことでもあるけど」
ふたりは剣をかまえた。先ほどザックに投げられた男が、怒りの形相でユファスに向かう。振りかざされた長い剣を短剣で受けとめるのは、決死の覚悟が要った。
(――ああ、さすが近衛兵の私物)
(すごくいい物だな、これ)
包丁を持ち出していたり、適当に見繕って安物の短剣を購入したりしていれば、刃は容易に砕かれ、ユファスは重傷を負っただろう。
もちろん、彼自身の腕も重要なのだが、それだけではどうしようもないこともある。ユファスはバールとその友人の近衛とその武器に感謝をした。
一方で町憲兵の剣も、支給品だからと言って安物ではない。たとえば酔った戦士と刃を交えたとき、町憲兵の剣が折れるようでは話にならない。ザックは最初にたどり着いた襲撃者の剣をしっかりと受けとめ、下方に押しやったが、そのまま踏み込むことができないと気づいて焦った。
彼が歩を進めれば、自分にもユファスにも背後を作ることになる。
躊躇ったザックはその場に留まり、追撃を為せずに防御を繰り返すこととなった。
もとよりユファスは、やってくる力任せの攻撃に短い武器で応酬することで精一杯だ。
長くは保たない、とどちらも思っていた。
(五
(せいぜい、二分?)
戦いにおける一分は、とても長い。
このまま状況に変化がなければ、彼らを待ち受ける運命は、すぐそこの湾に棲み着く魚たちの餌だ。
(――いいや)
(大丈夫)
(こんなところで)
(死ぬもんか)
根拠などない。ただの意地。恐怖に身をすくませれば、死神は荒くれ男の姿を取って、あっという間に彼らの命を奪う。虚勢であっても張り続ければ、それだけ生き延びる確率は高くなる。
必ず、助けがくる。
ザックは仲間たちを。ユファスはアーレイドの町憲兵隊を信じた。
「そこまでだ!」
「町憲兵だ、全員、刃を引け!」
そのとき、彼らの望んだ、頼もしい声がした。
「何だとう」
「かまうもんか、やっちまえっ」
海へ逃げれば町憲兵も何も関係ないと思ったか、襲撃者たちは勢いを落とさなかった。
だが、それは、一
「げ……何だ」
「ま、まずい。引け、引けっ!」
巡回中の町憲兵がひと組、騒ぎを聞きつけただけだと、彼らは思ったのだろう。
しかしそうではなかった。
いくつかの倉庫からばらばらと姿を見せたえんじ色の制服は、十体、いや、二十体はいただろうか。
制服を着用している町憲兵が前面に出てはいるものの、その影には私服で巡回をしていた町憲兵たちも控えている。七人の荒くれ者に対して、町憲兵たちは三十人近くいた。
「やべえ、逃げろ!」
「すぐに出港だ、
「させるか、サイリス!」
「了解、ビウェル」
サイリスと呼ばれた町憲兵が、数名を率いて船に向かう。
「キーズ、ルヴォート、港で喧嘩をおっぱじめた馬鹿野郎どもをひっ捕らえろ」
「承知」
「ラウセア」
「何ですか」
「あとはお前がやれ」
「あ、いいとこだけ取りましたね。……冗談ですよ、怒らないでください」
ラウセア・サリーズはぱんと手を叩いた。
「白班、蒼班、船に乗り込め。白は出港準備をしている者を残さず留めるように。蒼は警告の上、抵抗する者は叩き斬ってよし。桃班は事前通達の通り、護岸兵と連携を取って、海に飛び込んだりした者を捕捉。残りは船を取り囲んで、逃亡者を出すことのないように。一段落したら乗り込むから、手柄を立てられないと焦るなよ。――開始!」
もう一度ラウセアが手を叩けば、町憲兵たちはさっと命令に従った。
ユファスとザックは息を切らして、剣を片手にそれらを眺めていた。つかつかと、ビウェル・トルーディが彼らに近寄ってくる。
「馬鹿野郎!」
思った通り、第一声はそれであった。ザックは首をすくめる。
「くるなと、言ったろう。こっちはこっちで、きちんと作戦を整えてんだ。無茶苦茶にしやがって、新米が!」
「すすすすみませんっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます