11 勝負
「おそらく、あの子のことだろうという心当たりはある」
ユファスは慎重に続けた。
「まあ、そうさ。このシンガはチャルナって娘に夢中でね。だが声もかけずに気持ちが伝わるはずもなし。そうだろう?」
ティオはにやにやと言った。
「昨日は、俺が手助けしてやるつもりでいたんだが。様子を見りゃ、あの子はあんたとばかり話してる。こりゃ分が悪い、諦めろと言った」
ぬけぬけとティオは、まるでそれが何の変哲もない、弱気な若者の恋愛話であるように語った。
「だがせっかくきてくれたんだ、兄さん」
「ユファス」
「そうか、ユファス。俺はティオ」
改めて若者は名乗った。
「何ならこいつにも、機会をやってくんねえか」
「機会だって?」
「あんた、チャルナと恋人って訳でもないんだろ? 少なくとも、まだ」
「そうなる予定はないよ」
ユファスは本当のところを言った。
「なら、彼女の護衛にこいつも混ぜてやってくれよ」
「何だって?」
「聞いたぜ、昨夜の話」
「いったいどこから」
驚いたようにザックが尋ねた。
「俺ぁ、ちょっとした早耳なんだ」
くすくすとティオは笑った。何だか嫌な笑い方だな、とユファスは感じた。
(自分ばかりが事情を知っているというような……優越感)
どこから何を知ったのだとしても、当事者の町憲兵より詳しく知っているとでも思っているのだろうか。
「護衛というのは、腕に自信がないとね」
ユファスは言った。
「シンガは何か心得でも?」
「は? いや、俺は、その、ちょっと店にくる戦士に教えてもらったりとかはあるけど」
「悪いけど、その程度じゃ護衛にならないな」
「そう言うお前はどうなんだよ」
シンガは少し腹を立てたようだった。
「僕には軍歴がある」
青年は敢えて「元軍兵」と言うよりも箔のある言い方を選んだ。
まるでたいそうな活躍をして勇退でもした兵士であるような言い方で、普段のユファスであれば決して言わない。大きな戦を生き残ってきたとでも言うのならまだしも、そうではないからだ。「元軍兵」なんて職歴のひとつにすぎないと思っている。それどころか、下手をすれば「厳しい訓練についていけなかった根性なし」とも取られ得るだろう。
だが「軍歴がある」ことは嘘ではないのだし、ここははったりのかましどころだと思った。
案の定、相手は鼻白んだ。
「彼女の心を掴みたいなら、まずは話しかけるんだな。〈白い河〉亭から〈麻袋〉亭、こそこそと見ているだけ? いいや、チャルナだって鈍感じゃない。熱意ある視線をじっと向けられていたら、その客の顔くらい覚えるだろうさ。だが彼女は、シンガ、君のことを知らない」
「だ、だ、だから何だよ」
「僕も最初は、ティオの言うようなことだと思った。だがいまは、違うと思う」
「へえ?」
ティオは唇を歪めた。
「それじゃ、シンガは何をうろちょろ、娘の周りをふらついてるんだって?」
「ティ、ティオ」
「俺が話してるときは黙れよ、役立たず」
容赦なくティオは言い、おののくのか怒るのか、シンガはうつむいた。
「――シンガにつき合った? いいや、ティオ。僕には、君が彼に指示しているように見えるけれど?」
「へえ」
ティオはまた言った。
「俺が、何を指示してるって」
「ユファス? 何を話してるんだ?」
強気な口調の料理人に、少年町憲兵は戸惑っているようだった。
「シンガ、君が本当にチャルナのことを好いていると言うんだったら、僕は彼女に紹介をしたっていい。だがそれは君たちの考えにそぐわないんだろう」
「何を言ってるんだかさっぱり判らんね」
平然とティオは返した。
「まあいいさ。それなら俺たちは、影ながら彼女を見守ろうじゃないか。――今夜」
にやっと、若者は笑う。嫌な、笑い方だ。
「今夜、娘を守れたらお前たちの勝ちさ。俺たちは手を引く。そういうことにしよう」
「何だって?」
「お前の考えに沿うようにやってやる、と言ってるんだよ、ユファス君。勝負だよ」
「勝負?」
「
ティオは言い、ユファスとザックは目を見交わした。
「昨日の連中は、その一味かもしれんなあ」
「どうしてそんなことを」
「何、小耳に挟んだだけさ」
何でもないというような調子で、ティオは手を振る。
「ひとつ教えといてやる。今夜が勝負どころだぜ、町憲兵君」
「おい、何か知ってるのか。それなら」
「勝負だと言ったろ? 情報なんざ、自分で集めるもんだ。――さ、もう行くぞ、シンガ」
「お、おう」
シンガも戸惑うようだったが、ティオがぱっと踵を返すのを見ると、慌てたようにそれについていった。
「……何だ、あれ。ユファス、いったいどういうことなんだろう?」
それを見送りながら、ザックは呟くように言った。
「僕も正直、理解は微妙なところなんだけれど」
何とも素直に、元軍兵は返した。
「まず、ザック。彼らに見覚えは?」
「〈麻袋〉亭でですか? 正直、よく覚えていません」
少女ばかり見ていた少年は、本当のことを言った。
「いなかったとは言えないけど、いたとも……」
その呟きにユファスは、そうか、とだけ返した。
「きていたにせよそうでなかったにせよ、あのティオって奴は、とにかく嫌な感じがする。僕が昨日、チャルナを送った方がいいと思ったのも、彼の目つきが気になったからなんだ」
「確かにいい感じはしなかったけど、俺がいるせいかと」
残念なことに、町憲兵に刺のある態度を取る市民は珍しくない。ザックの言うのはそういうことだった。
「
ユファスは繰り返した。
「あいつは昨日のことを知ってたね。早耳なんて言ってたけど」
彼は肩をすくめた。
「関わりがあるから、知ってたんじゃないかと思ったんだ」
「どうして、そんな」
ザックは困惑した。当然だ。ユファスだって確信している訳ではない。
シンガのことは、判らない。ああは言ったが、熱意を隠して影から見つめていたいと思う男だっているかもしれないし、熱意を持ったからって女性が気づくとも限らない。
ただ少なくとも、チャルナの前でなく彼らの前ですら、シンガ自身が彼女への恋心をほのめかしさえしなかったことは確かだ。そのようなことを言ったのは、全てティオである。
言葉だけを取れば、ティオは友人の純愛につき合っている、またはからかっているという感じだ。だが態度はそう見えない。バールのように、本気で応援するのではないが状況を面白がっているという感じもしない。ティオはとにかく、彼らがチャルナを見ていた理由を正当化しようとしていただけ。
ならば何故見ていたのか。そこに戻る。
昨日のことと何も関係がないと言い切るには、彼らの様子は不審だ。
そして――今夜と。
「今夜」
ユファスは呟いた。
「必ず、今夜は僕も行く。それから、できればラウセアさんにもきてもらいたい。彼じゃなくても、誰か、熟練兵に。あ、ザックが頼りないと言うんじゃないけれど」
「大丈夫です」
ザックは片手を上げた。
「ユファスの言うことは判る。判るような気がしてきた。彼らの……ティオの言い様は、変だ。勝負だなんて」
本当にチャルナを案じているのなら、チャルナの無事は彼らだって望むはず。その奇妙さにはザックも気づいた。
「どんな情報屋だって、俺より昨日のことを詳しく知っているとは思いません。知っているとしたら、それは」
少年町憲兵は真顔で続けた。
「犯人の一味です」
根拠は薄い。明確な証拠はない。状況証拠、もっと言ってしまえば、ただの勘だ。
それを信じ込めば危険である。視野は狭窄になる。しかし、ただの勘だと切り捨てて軽視し、万一正しかった場合。
その後悔は、計り知れない。
考え違いならそれでいい。シンガとザックが公正に、チャルナの好意を得ようと頑張ればいいだけだ。
だが、そうでなければ。
「僕は戻るよ」
ユファスは言った。
「仕事の途中でこっそりと抜け出すんじゃなくて、あらかじめ料理長に話しておく。抜けられなくなるようなことがないように」
「お願いします」
ザックは頭を下げた。
「俺もラウセアを見つけて、話をしてみます。ラウセアは証拠のない断定を好かないけれど、頭の固い人ではないですから」
少なくとも警戒を禁じることは決してない、と若い町憲兵は言った。ユファスはうなずく。
嫌な感じがする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます