11 数日中に、一気に

 一、二、三――と若い男が部屋の人数を数えていた。

 ぱっと見て判らないほど人数が多いと言うのではない。

 これは点呼のようなものだ。

「よし、揃ってるな」

 年代は二十歳そこそこだろう。にやっと唇を横に引っ張る様子は、悪戯を企む子供を思わせるものがあった。

「そっちから。報告」

 ぞんざいに、命令をする。命令をされる側は二十代の前半から後半、三十の半ばほどに見える者もいたが、年下の男に偉そうに言われて腹を立てている様子はなかった。

「南区十番。問題ない」

「同じく十三番。問題ない」

「東区五番。順調」

「待て」

 そこで素早く、男は制止した。

「順調?」

「ああ」

「お前が言った経路だと大通りを横切る。俺は、ほかの案を出せと言っておいたよな」

「そう言うが」

 言われた三十ほどの相手は顔をしかめた。

「それくらい、どうってことない。あんたはきたばかりだから知らんだろうが、〈ヤービー通り〉は夜の人通りなんてほとんど」

 ない、と言い終える前だった。若い男は目にもとまらぬ早さで相手の胸ぐらを掴むと、っぐいっと引き寄せた。年上の男の方が体格がいいと言うのに、まるで子供を相手にしているように、傍目にも力の差が判った。

「なめるなよ。俺は、その辺のことはよく知ってんだ。もぐりの春女たちがうろうろするし、リジェンダの売人もいる」

「春女は確かにいるが、見られたからって何だ。あいつらが町憲兵を呼ぶか? それに、売人なんていねえよ」

 少し気圧された様子で、捕まえられた男は答えた。

「売人がいない?――ということは、一掃されたんだろう。――そうか、立派な町憲兵隊だもんな」

 若い男は奇妙なリズムで呟いた。

「だが女どもを侮る愚は冒すな。年の行った春女なんかは、若い女に同情する傾向がある。罰せられることを怖れて自分で町憲兵隊に告げることはなくても、誰かに目撃談を話させるってな可能性はある」

 そう言うと、男は相手を放した。

「気を抜く奴は、脱けてもらう。いいか、これは単に『追い払う』という意味じゃないんだぜ」

 生意気とも取れる若造の台詞に、しかし年上の男は顔を青くしていた。

「す、すまなかった。これからは気をつける」

「よし。今日中にほかのやり方を考えて俺に話せ」

 若い男の命令に、年上の男はこくこくとうなずいた。

「次」

「北区十一番」

 緊張した面持ちで、次の男は声を出した。

「時間が限定されるが、大丈夫そうだ」

「次」

 そこで、沈黙が降りた。指示者の若者は片眉を上げる。

「おい、お前。報告は」

「西区七番。その……」

 二十歳過ぎほどの青年は、目をうろうろさせた。

「この前までは、順調だったんだが。ここ何日か、様子がおかしくて」

「話してみろ」

 若者は手招くようにした。青年はごくりと生唾を飲み込む。

「ちょっと前まで、周囲に誰もいなかったんだ。いなくなっても、誰も気にかけないような、あんたの言う通りの素材だった。なのにこのところ、急に男の影があって」

「恋人か? 新しい恋人とかはちょっと厄介だな。いなくなったとなれば、夢中で探すかも。――いや、町憲兵隊は恋人の喧嘩と思うだけだろう。――なら、まあいいか」

 若い男はぶつぶつ呟いた。

「そ、それが」

 青年は、少し迷ってから意を決した。

「恋人と言うんじゃないが、町憲兵も、近くをうろついてたり」

「何。それはまずいな」

 ち、と指示者は舌打ちする。

「まあ、いまから条件に合うのを探し直すのも手間だ。これが終わったらまたしばらくここに用はない。予定よりいくらか騒ぎになったところで、ほとぼりが冷めるまで近寄んなけりゃいいだけだ。いままでみたく」

 彼は誰にと言うのでもなく呟き、それからまた「よし」と言って指を鳴らした。

「念のために俺が様子を見る。町憲兵のことは、違う事件で目を逸らしてもいいしな」

 自分の言葉に自分でうなずいた。

「そうだな、明日だ。娘のいるところに案内しろ、シンガ」

「わ、判った」

 刀屋の息子はこくっとうなずいた。

「あの」

「何だ」

「報酬は……変わらねえよな?」

 少しびくつきながらシンガが問えば、男は鼻で笑う。

「いちいちなんかしねえよ、面倒臭え」

「それから、今後もいい仕事くれるってのは」

「そいつは働き次第。ここは治安がいいが、それは即ち誰も彼も油断してるってことでもある。こまい仕事を続けて穴を開けておけば、いずれ雨水が城壁を崩壊させるかも」

「よく、判らねえよ」

 男が何を言っているものか判らない、とシンガは顔をしかめた。

「とにかくこれを巧くやれば、今後も同じ程度の仕事で、いい金をくれるんだよな?」

「ま、話をそこに限定するならそういうこった」

 男は肩をすくめた。

「っしゃ、俺ぁやるぜ」

 シンガはへへっと笑った。

「親父の仕事なんて、ちんたら手伝ってらんねえ」

「だが、家族にはあまり警戒をさせるな」

 男は言う。

「急に様子がおかしくなったの、金遣いが荒くなったの、疑われる要素だからな」

「平気さ。親父にゃばれねえ」

 にやっとシンガは答えた。

「それじゃ、明日?」

「そうだな。ほかは、いままで通り、標的がひとりになる時間帯を見張ってろ。数日中に、一気にやる」

 ぱん、と男は手を打った。

「解散」

 集まっていた者たちは、のろのろと部屋を去った。

「シンガ、待て」

 男は彼を呼び止めた。

「その町憲兵だが、どんな奴だ? 親父や年寄りか」

「いや、まだガキだ。大したことはできないと思う」

「そうか。――それならば、あの連中ではない。――だよな。問題ないだろ」

「誰か、知られたらまずい町憲兵でも?」

 不思議に思ったか、シンガは尋ねた。

「そりゃ、知られたらまずいだろ」

 男は唇を歪めた。シンガは顔をしかめる。

「そうじゃなくて。あんたはアーレイドを知らないようなことを言ってたのに、さっきは知ってる風情だったり、今度は町憲兵を知ってるみたいなことを言うから」

「シンガ」

 男は鋭い声を発した。シンガはびくっとする。

「詮索したいのか?」

「い、いや。余計なことは訊かない。その、すまなかった、許してくれ」

 シンガはおもねるように謝罪の仕草をした。

「――ティオ」

 ティオと呼ばれた若者は、もういいとばかりに手を振り、シンガは慌てるように部屋を出て行った。

 若者の足元で、黒い大きな犬が座ったまま、じっとそれを見送っていた。

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