10 詳細は知らないんです

 しかし、どうにも「こっそり」という感じがした。

 ただ要らないのであればごみ箱に投げ入れておけば、当番の町憲兵が焼却炉に持っていく。結果として、燃える訳だ。

 どうしてか誰の目にも――ほかの町憲兵の目にも触れさせまいとした、そういった雰囲気がある。

 自宅から持ってきたとは、考えづらい。むしろ自分の部屋でひとりで焼く方が、ザックのような闖入者が生じずに済むはずだ。

 持ってきて誰かに見せた、という感じでもない。ひとりでここにいたようだからだ。一緒にいた誰かが部屋を出て行ったのだと考えることもできるが、そうした雰囲気でもない。トルーディはザックが入ってくるまで、ずっとひとりだったと思う。

 となると、ここで手に入れたものだ。彼はそれを手にし、目を通して、燃やしたのだ。

(手紙、みたいに見えた)

(それも……)

 ザックは特に詮索好きという訳ではない。仮にその傾向があったとしても、町憲兵隊一怖ろしい大先輩に何かを気軽に追及することなどできない。

 だが、これはどうにも、気になった。

「女文字、みたいでしたけれど」

「それが何だ」

「……いえ、トルーディはお独りなんですし、女性から手紙をもらったってかまわないと思いますけど」

 昔から浮いた噂のない人だと聞いているが、実は秘密の恋人でもいるのかと、ザックはそんなことを考えた。

「阿呆」

 その言葉は三度みたび、やってきた。ザックも、これは違ったかなと気づいた。

 別に六十過ぎの男性に恋文がきたってかまわないと思うが、万一にも恋文であれば、焼かないだろう、普通。

 もしかしたら、過去の清算という意味合いで、昔の恋人との思い出ある品を焼いてしまうというような浪漫的な話もあるかもしれない。だが、それこそ自宅の庭とか夜の浜辺とかでやるだろう。仕事場では、ちょっとやらない。

「あのな。それ以上お前がおかしな誤解を進めないために言っとくが、これは俺が過去、ある犯罪者を取り逃がしたせいでアーレイドから離れざるを得なかった人物からの手紙だ」

「……は? それってどういう意味なんですか」

「変質者に目を付けられたんだよ」

 それが眼光鋭い老町憲兵の説明だった。

「恐怖から街を離れたが、故郷のことは気にかかる。どうかアーレイドの話を聞かせてくれと、そう手紙を寄越す」

「……はあ」

「変質者に知られたら困るから、受け取った手紙は焼いてくれと言われてる」

「……はあ」

 何だか――納得のいくような、いかぬような。

「その変質者を捕らえ損なったのは、俺だからな。要望に応じるのは仕事の一環。以上」

「あの、いくつか質問が」

「却下」

「聞いてから却下してください」

「どうせ却下するんだから聞かなくていい」

 言うとトルーディは、灰皿を手にしたまま立ち上がった。

「それを読むのか」

「え?」

 何を言われたのか、とザックは目をしばたたいた。

「あ、はい、そのつもりできました」

 少年はそこで、手にしていた帳面のことを思い出す。

「それについて判らないことがあったら、いつでも訊いてこい」

「は、はい!」

 怒られるかも、と思う前にザックは敬礼を決めていた。トルーディはじろりと睨んだが、特に咎めなかった。

 しかし、話を逸らされたという感もある。

(私的なものだと言ったのに)

(仕事の一環?)

 大先輩の言ったことの意味がさっぱり判らず、少年町憲兵は首をひねった。しかし答えには行き着きそうにない。「帳面についての質問なら答える」、つまり、いまの件については質問すら許されていないのだ。

(これは、ラウセアに訊くしかないかな)

 もうそれ以上ザックには何か言うつもりはない、とばかりに部屋を出て行ったトルーディの後ろ姿を見ながら、少年町憲兵は息を吐いた。

「――女文字の手紙、ですか」

 突然の質問に、ラウセア・サリーズは目をしばたたいた。

「知ってますよ」

「えっ、本当ですか」

 思わず、ザックは意気込んだ。そのあとで、咳払いをする。

「いや、あの。トルーディの私的なことに首を突っ込む気はないんですけど」

「恋人ではないですよ。おそらくですけど」

 まずラウセアはそう言って、そういう意味での私的な事情ではないと説明した。

「ただ彼はずっとあの調子ですから、私も詳細は知らないんです」

「え? でもその事件自体は、ご存知なんじゃ」

 手紙の女性が変質者につきまとわれたという事件は、ラウセアも知っているはずだ。そう思ったのだが。

「知らないんです」

 かつてのトルーディの相棒は首を振った。

「私と組む以前の話だったみたいで」

「……え? それって」

「二十年以上前ですね」

「そ、それって」

 二十年以上、を続けているとでも言うのか。

「私が知ったのも、やっぱり詰め所で手紙を焼いているところを見たからでしたよ。十年以上は、前になります」

 十五年かな、などとラウセアは呟いた。

 ザックは口を開けた。

 十五年。そんなに経っていて、いまでもアーレイドのことが気にかかっているのならば、戻ってきても大丈夫ではないのだろうか? そんなにしつこい変質者だったのだろうか。

 と言うより、変質者云々はきっかけに過ぎず、トルーディとその女性は、いまでは手紙のやり取り自体を楽しみにしているとか――。

(いや、それなら焼かないか)

(それに、ラウセアが見たのも詰め所のなかなら、手紙はトルーディの自宅じゃなくて詰め所に届いてるってことになりそうだし)

 やっぱり仕事、なのだろうか。

 しかしトルーディの態度は解せない。

 自分で灰皿を片づけようとする様子は、燃え残りをザックに観察されまいとでもするかのようだった。

「まあ、彼が言うまいと決めたら、断じて言わないですから」

 ラウセアは肩をすくめた。

「本当に仕事なら、引退する前に誰かに引き継ぐかもしれませんけれど、どうなんでしょうね」

 その言葉は、ラウセアもトルーディの行動が「純粋に仕事だ」とは思っていないことを示した。かと言って、仕事にかこつけた私事とも思っていない様子だ。

 何なのだろうか。

 ザックには、何も判断材料がない。ザックよりは手札のありそうなラウセアですら、正解には行き着いていないらしい。

(いつか……)

(信頼してもらえて、話してもらえたら)

 ふっと少年はそんなことを考えたが、それにはラウセア以上に信頼してもらわなければならない訳で、大それた望みだなと首を振った。

「ところでザック」

「はい」

「待機中には、何をしていましたか?」

「あ……」

 結局、帳面は数頁も読めていない。

 どう言い訳をしたものか、少年町憲兵の頭のなかは真っ白になった。

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