05 そんなに厳しいのか

「よっしゃ。それじゃ、ちょいと服屋でものぞいて行こうぜ。顔の利く店があるから、案内してやるよ」

「助かるな。有難う」

 まずは使いを終えてからということにして、彼らは賑やかな中心街区クェントルを越え、東区へと歩いた。ユファスはやはり、きょろきょろと周囲を見回してしまう。

 アーレイドへやってきて一旬が経った訳だが、最初の休日は慣れない仕事に疲れ切ってぐったりとしていた。一日中寝入っていたということはなかったものの、王城の周辺を少し見て回るくらいしかできていないのだ。

 昼飯は休日の重なった仲間に誘われて街で済ませていたが、つまりはまだ、数店の食事処くらいしか知らないということだ。

「きょろきょろすんなよ、田舎者じゃあるまいし。エディスンの方が栄えてんだろ?」

 また言われた。ユファスは苦笑する。

「確かにエディスンは大都市だけど。知らないところに行ったら、バールだってこうするよ。大都市じゃなくて、逆に田舎町でもね」

「そうか? そうかな。そうかもな」

 遠くには行ったことないから判んねえけどな、と続いた。

「バールの生まれは、ここ?」

「いや、ちょっと離れた小さな町だ。実家が酒場なんだけど、親父と喧嘩して飛び出してな。王城都市で一花咲かせてやろうってやってきて」

「城を訪れたの?」

「まさか。そこまで無謀じゃねえよ。繁盛してそうな酒場を片っ端から訪れて、雇ってくれとやった。ほとんど門前払いだったけど、一軒だけ、腕を見てくれたところがあったんだ。俺は張り切ったけどさ、何しろ下調べもしないで飛び込んだから、そこがどういう店か判ってなかったんだ」

「どういう、店だった訳」

「〈黒革籠手〉亭ってんだけどさ。何つうか、お上品で。でかい皿にちんまりと料理を盛って、野菜の飾り切りなんかを添えたりさ。俺のひと皿は大衆食堂にはいいけど、そこじゃ向いてないって言われて、そんときゃ腹が立ったな。いまにして思えば、当たり前なんだけど」

 しかしそこの料理長は親切で、バールに合いそうな店を何軒か教えてくれたらしい。その内のひとつ〈麻袋〉亭が下厨房の面子の行きつけで、数日ばかり様子を見てくれたと言う。その内、今後続けて雇うの雇わないのという問答を聞きつけた料理人がトルスに紹介、料理長はやはり彼の腕を見て、採用を決めてくれたのだとか。

「もっとも最初は、芋の皮むきだの皿洗いだのよ。焼き方に入るようになったのは、ここ半年くらいかな」

 お前も頑張れよ、などという言葉でバールの昔話は打ち切られた。

「んで、お前は?」

「僕?」

「何か、面白い話、ねえの」

「うーん、軍の訓練の話なんかは汗臭いだけで、あんまり面白おかしくはないかなあ」

「話したって臭くないだろ」

「そりゃそうだ」

 ユファスは笑って、彼の体験を話すことにした。

「兵士の訓練とか、見たことある?」

「少しなら。中庭とかでやってるし」

「大方ではあまり変わらないと思う。初めの頃はあざだらけになったけど、それは剣術や体術の訓練のせいばかりじゃない。姿勢が悪いと言って殴られては、隊列を乱すと言って殴られる」

「ああ、やってるな。新兵が泣きそうなツラぁしてんの、見たことあるぜ」

「泣きたくなるんだよ、本当に」

 しかめ面をして元兵士は続けた。

「でもまあ、普通は、そうそう泣かない。軍に志願するってことは、厳しい生活が待ってる覚悟を決めてる訳だからね。安定した給金だけが目当てだったりすることもあるだろうけど、生半可なのは初期の訓練でふるい落とされるし」

「……へえ」

「何」

「いや、何つうか、お前が生半可じゃなかったのが意外と言うか」

「どういう感想なんだい」

 ふるいにかけられたら落ちそうだと言われた訳だが、ユファスは怒らなかった。よく言われることだからだ。

「自分ではじめたことだし、弟のこともあったから。逃げ帰れる家もなかったし、まあ、よく頑張ったと自分でも思うよ」

 訓練の話を続けると、最初は興味津々という様子だったバールも、段々嫌そうな顔になってきた。

「まじで、そんなに厳しいのか?」

「うん。たぶん、アーレイドでもこんなもんだと思うけど」

「……何か、お前がトルスの怒声に顔色ひとつ変えない理由が判ったような気がする」

 それが料理人仲間の結論だった。

「じゃあ、厳しくない話もしようか」

 彼はそんなふうに言った。

「兵士同士が模擬戦闘なんかをやるときは、かなり荒っぽいものになる。でもたまに、決闘みたいに一対一で勝負をすることがあるんだ」

 それは訓練項目にはなく隊長の気紛れのようなものだったが、一種の見せ物となって盛り上がる。賭けは禁じられているが、もちろんと言うべきか、影ではあいつが勝つのに銀貨ラル十枚、いやあっちに二十枚と金が飛び交う。それほど多額ではなく、やはり一種の娯楽だ。

「それなら面白そうだ。ここの兵士たちもやってんのかな」

「たぶんね」

「今度、こっそり聞いてみよう」

「あ、こういうことをするのはあくまでも民間出身の軍兵セレキアだよ。近衛兵コレキアは規律が厳しいから、そんなことを訊いたらとんでもないと怒られるんじゃないかな」

「そうだなあ、近衛なんてたいてい、いいとこの坊ちゃんだもんな」

「うん、近衛たちは教え込まれるまでもなく礼儀作法を心得ていて、必要な訓練以上の乱暴な真似はしない訳だ」

 そこでユファスは、ふと思い出す。少し面白い話があった。

「ところが、それがお気に召さない方がいてね」

「ああん?」

「近衛兵は礼儀がなっていすぎて、真面目にやらない、と」

「意味が通じねえぞ」

 バールは顔をしかめた。礼儀正しいのなら真面目だろうに、こいつは何を言っているのかと思ったのだろう。

「手加減をするのは仕方がないとしても、わざとらしく負けてくる近衛兵ではちっとも練習相手にならない、と。そう言って軍兵の訓練に混じりたがる王子殿下がいらっしゃったんだ」

「へえ」

「三番目の殿下で、成人を迎えたばかり。王族としての訓練はもちろん受けていらっしゃるけど、型通りのものにご不満だったらしくて」

「変わってんな。お前も、相手したの?」

「生憎と。殿下を納得させるだけのやり取りをして、なおかつ間違ってもお怪我をさせないような度胸と技量を持つ熟練兵が相手を務めさせていただいていたよ」

「へえ」

 面白そうに、バールはまた言った。

「そんときの賭けは?」

「さすがに不成立」

 ユファスは笑った。

「アーレイドにいらっしゃるのは、王女殿下だよね」

「そうそう。我らがシュアラ第一王女様。と言っても、城に勤めてたところでお姿を見るこたあ、まずない。俺たちが王女殿下について知ってることは、城下の人間と大して変わらないな」

「おいくつだっけ?」

「十六か、十七くらいじゃなかったかな」

 その発言は確かに「大して知らない」を示していた。

 もっとも、自都市の王子や王女と言っても、密接なつながりなどはないのだ。年齢などは覚えていなくても当然だった。ユファスがエディスン第三王子の年齢を覚えていたのは、王子の成人の際に祝宴が開かれたばかりだったからというだけである。

 それからふたりはアーレイドとエディスンの王陛下の話などをしたが、もちろんどちらもよく知っているにはほど遠く、非常に通り一遍の世間話になった。何となく判ったのは、どちらの王様も市民の評判は悪くない、という程度だった。

 そんな話をしばらくしている内、やがて目的の店にたどり着く。

「こんちは、ソルのおやっさん」

 扉をくぐれば、バールは顔馴染みと見え、あご髭をたくわえた店の主人は「いらっしゃい」の代わりに「よう」などと言った。

「包丁だな。追加注文か?」

「いや、受け取りにきただけだけど」

「何?」

 刀屋の主人ソルは顔をしかめる。

「トルスの奴、旬開けに取りにくると言ってたぞ」

「へ? まだないの?」

「品は揃ってるが、置いてあるのは街外れの倉庫だ。いま、息子に取りに行かせる。おい、シンガ!」

 主人は立ち上がり、店の奥に声をかけたが、返事はなかった。

「あの馬鹿息子め。どこで油を売ってやがる」

 父親はうなった。

「勝手に休憩を決め込んでるようだな。すまんが、俺も店を空けられんし、明日以降にまたきてくれないか」

「んー? まあ、仕方ないか」

 判ったと答えてバールは言って踵を返した。ユファスは店の主人に会釈をしてあとに続く。

「料理長も適当だなあ。約束より早いのに。急にふっと思いついただけなんだぜ、きっと」

「僕を気遣ってくれたのかな、と思うけど」

「ああ? 案内のことか。それだって、急にふっと思いついただけだぜ」

 きっと、とバールはまた言ったが、別にトルスを腐す意図はないようだった。軽口というところだろう。

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