第21話 第三の試練

ロイが第二の試練を終えた頃・・・。


ケビンの馬車でギルドへ戻っているクリスとマオたちは道すがらモンスターの討伐に追われていた。


「おい!どうなってるんだ!近道だっていうから入ったのに、モンスターに襲われているこの状況はなんなんだ!?」


ケビンはこの状況に理解が及ばないでいた。


「仕方ないでしょ!?いつもなら、ロイと一緒にこの道しか使わないんだから!モンスターなんて無視すればいいのよ!」


当たり前でしょ?と言わんばかりに反論するクリス。


「できるか!こんなに大量にいたら馬車で通れるわけないだろ!」


あたり一面モンスターで囲まれているため、身動きが取れない。


ケビンとクリスがモンスターを狩っている間は、マオとケビンの仲間たちで馬車の護衛をしている。


「なによ、ロイならこれくらいスキルですり抜けられるわ!早くあなたもさっさと抜け道を作って!」


あたりにも酷い暴論を吐くクリス。


「バカいうな!俺はロイじゃないんだ!これだけのモンスターと鉢合うことなんざ想定すらないしてないんだよ!」


こんなのスタンピート並みの数だろう。と、ケビンは愚痴をこぼす。


ロイがいつもこんな局面に遭遇するのはきっと仲間の影響があると睨んだケビンは、とんでもない爆弾を背負った気分でいた。


「はぁ。仕方ないわね…、あなたは離れてなさい」


「は?…何をする気だ?」


クリスの突然の態度の変わりように驚くケビン。


「あたしがこのモンスターたちの間に馬車が倒れるだけの道を確保する。だから馬車に乗り込んですぐに動けるようにしなさい」


「おまえにそんなことできるのか?」


「あたしを誰だと思ってるわけ?偉大な天使様よ。こんなモンスターに遅れを取るわけないわ」


えらく自信のある発言をするクリスにケビンは賭けることにした。


「わかった!あとは任せたぞ!」


ケビンは後退し、クリス一人がモンスターの前に相対する。


モンスターたちの警戒が強まり今にも襲いかからんとしていた。


「まったく気性の荒いモンスターね。そもそもあなたたちがそんなところにいるから、困ってるんですけど!天使に牙を向いたことを後悔させてあげるわ!」


クリスに天から膨大な力が降り注ぐ。

集まった光は剣へと形を変え、見るもの全てを圧倒させた。


「剣よ…。眼前迫る愚者の群れに一撃の光を貫け!エクセラーキル!」


エクセラの圧倒的な鮮烈が奔り。

モンスターたちに向かって一直線に解き放たれた。


大量の砂埃と暴風が大気を駆け巡る。

残っていたのは逃げ惑うわずかなモンスターと開いた活路のみ。


好機だと判断したケビンは馬車を動かし、クリスを拾い上げて道を進む。


「…まさかあんな力があるとは驚いたぜ」


ケビンを含めた仲間たちも驚いていた。

てっきり口先だけの天使もどきなのかと。


「今更?あたしは紛れもない天使様なのよ。あんな雑魚くらい造作もないわよ」


どうしてはじめからやらなかったのかとケビンは口にしかけたが、また突いては絡まれたりすると困るので飲み込んだ。


「このまま行けば、ギルドまであと少しだ。みんなしっかり捕まってろ!」


ケビンの操縦で馬車は加速する。

全員ボロボロではあるが、それでも気を抜くことはなかった。


なによりロイの死体が無事であることだけを祈るケビンたち。


クリスはさっきの攻撃で力尽き、マオの膝で眠っている。


マオはロイの復活のための魔力をケビンの仲間たちから補給する。


それでも足りないことがわかると。

寝ているクリスから魔力を吸い取る。


「ちょっとマオ!人が寝てる時に魔力を吸い取るのはやめてくれる?」


寝ていたクリスもそこまでは許容できず、やめるようにいう。


「仕方ないのにゃ。マナタイト一つ分は確保しないとロイを生き帰らせるには足りないのにゃ」


「いやよ!あんなみっともない姿を晒せっていうの?冗談じゃないわ!」


クリスの指さす方には、魔力を吸われすぎて干からびる寸前なケビンの仲間たちが横たわる。


「ギルドについたら俺の魔力も分けてやるから、しばらくは大人しくしていてくれ」


ケビンが間に入りクリスとマオが暴れることを避ける。


「まあ、あなたの魔力量がそれなりにあることは認めるけど。それでも足りるかはわからないわよ」


「いいさ。ロイが無事に帰ってくるなら何度でも魔力を吸われたって構わない」


ケビンはロイが帰ってくるためなら、身を削る覚悟がある。

それだけケビンの中でロイは特別な恩人なのだ。


「ねぇ。もしかしてあなた、そっちの人なの?ロイのことをそんなに気にかけるってことは、つまりはそういうことなの?」


クリスはどうやら別の意図があるという勘違いをしている。


「そんなわけないだろ!ロイとは戦友であり恩人だから助けたいって思ったんだ。変だと思うか?」


「冗談よ。まあ人間の考えることなんて、いつもよくわからないし。ちょっと聞いてみたかっただけ〜」


クリスは振り回すだけしといて、そのまま横になる。

呆れるケビンはギルドに急ぐために馬に鞭打ち、馬車のスピードを上げた。



・・・・・・・・・


「…なんだよこれ?」


これまでと同様に何も無い空間だと考えていたが、そうではなかった…。


目の前には大量のモンスターが山のように湧き出て今にも襲い掛からんとばかりに集まっていた。


(…これが最後の試練だよ!モンスターとひたすら殺し合うんだ!)


やたらテンションの高いナナシらしい声が聞こえてきた。やたら幼く聞こえたが、そんなことより、今物騒なことを言ったな。


冗談じゃないぞ。この大量のモンスターを一人で倒せっていうのか?


(試練の内容は『知れ』だよ!死ぬ気で頑張ってね!じゃないと死んじゃうよ!)


ナナシの声は捲し立てるように言い終えると。モンスターの軍勢が攻めてきた。


一呼吸くらい空かせてほしかったが、いつだってモンスターの襲撃は突然に訪れる。

こんなところで怯むわけにはいかない。


地面に手をつきスキルを使おうとしたが…。


…なに?スキルが使えない!?


その隙に突撃してきたモンスターに吹っ飛ばされて、俺は受け身を取る。


なぜスキルが発動しないんだ?

まさかスキルを封じる魔法でも使う奴がいるのか?


だがそれだけの魔力を扱うモンスターが見当たらない。

鑑定も使えないため、モンスターの弱点も把握できずにいる。


使えないのならやれることをするだけだ!


サブのナイフを取り出してモンスターたちに攻撃をするが。


「か、固い!貫通させるのは無理か」


モンスターの防御が異様に高い。

これではまるで歯が立たないぞ。


スキルを使えればなんとかなるのに…。


言い訳も虚しく、モンスターたちの猛攻を受ける。辛うじて凌いでいるが、長くは持たない。


何度も何度も何度も気絶しそうなほどの、一撃を受け続けた。


己の弱さを嫌というほど痛感させられているみたいだ。


・・・そうか。これは今の俺の弱さを知ることが試練なのかもしれない。


このモンスターたちは普通の冒険者であれば難なく倒せるレベルなのだろうが、俺にとっては苦戦を強いられる。


武器がナイフ一つというのも頼りない。


せめてユリウスの宝具を持っておけば良かったと後悔する。


それでもモンスターたちは襲いかかる。


何十何百の猛攻を捌きつつ、致命打にはならない一撃を浴びせるのが精一杯。


これが俺の限界…。

スキルなしの真の実力…。


いくら対処はできても攻撃が通じないのであればその場凌ぎだ。


せめて一匹は倒そうとドラット目掛けて切り付けるが皮膚を掠めただけだった。


それからどれくらいの時間が経ったのか覚えていない…。

ただ避けてはかわし、逃げるを繰り返す。

モンスターたちは魔法も使い始めて俺をとことんまで追い詰め続ける。


そして、ついには囲まれてしまった。

これで逃げも隠れもできなくなったわけだ。


・・・ここで俺は終わりかもな…。


一瞬の隙を見逃さなかった一匹の風狼ウィンドウルフは風魔法で攻撃する。


しまっ!


気づいた時には遅く、ドラットの攻撃で頭に強烈な一撃を受ける。


額と首が切れて血が吹き出た。

これは…ダメなやつだ…。


モンスターがまだいるというのに…!

ふらつく俺はその場で力無く倒れて、意識を失いかける。


すると、体が暖かな金色の光に包まれた。


体がみるみると回復し、体力が元に戻っているのを感じる。


光が消えると先ほどまでの疲れは一切なく。

むしろ好調といえる。

額と首の傷も完全に癒え、それどころか体の溜まっていた疲労や痛みがまるでない。


この力は魔法なのか?


(お疲れ様!さすがに死にそうだったから、回復してあげたよ!よかったね!)


ナナシの甲高い声が聞こえる。

どうやら治してくれたらしい。


いつの間にかモンスターの大群もいなくなっていた。


「ありがとな、助かった」


(いいってこと!さあ、さっきの無謀な状況から今のおまえは何を知った?)


ここで問いかけてくるということは一度ここで死にかけたのが正しかったということか?


なんて危険な試練だろうと改めて思う。


「スキルのない俺はこの世界では最弱なことを知っている。この試練で嫌というほどわかったさ。だから実力に溺れることも誇示することもしないし、今の俺は自分が弱いと誰よりも知っているよ」


(…うん!わかってるならもう平気だね!自分の弱さを知って認めることは誰でもできることじゃないよ!おまえはすごい!)


ナナシが力強く褒めてくれてた。

素直に嬉しいのだが、その声で言われても説得力ないな。


こいつの声の情緒に振れ幅がありすぎる。


これも試練の影響なのだろうか?


(試練はこれでおしまいだよ!あとは地上に帰る魔法陣が展開されるからそれに乗れば帰れるよ!)


これで試練は終わりか。

試練自体は精神面の強さを測っているように感じた。


最後の戦闘でわかったが、英雄というのは力や技術だけじゃなく心の強さが大きいのかもしれないな。


最後の扉が現れた。


「ありがとう、ナナシ」


(どういたしまして!気をつけてね!)


ナナシとお別れして最後の扉をくぐる。


三つの試練を乗り越えた俺は、随分と長い時を生きていたように感じる。

どれもこれも重要なメッセージを受け取ったと考えている。


(…まさか、本当に全ての試練を越えてしまうとはな。ロイセーレン)


低く落ち着いた声で話すナナシ。

さっきまでの声が余韻にあるせいで、違和感を拭えないが気にしても仕方ない。


「…正直かなり参ったところもあったが、強くなるためだからな!」


(…どうだ。英雄として近づけた実感はあるか?)


ナナシはこれまでの試練について問いただす。


「そこはわからないけど、英雄が見ていたものや考えていたことは心の中で腑に落ちた感じはある」


きっと過去や未来、今を見つめさせて。

英雄である心構えを教えるために、この試練があったのだろうと思う。


「それと、強くなるって力だけじゃないと気づけたのも大きいな。この試練を受けてよかったよ」


心の強さはこれからの戦いの中で重要になるだろう。力も心も磨くことで、英雄に近づいていける。そんな予感がした。


(…それならここを作った英雄も喜ぶだろうな。試練を終えたら渡しているものがある。受け取るがいい)


突如、黄金に輝く光が現れて体全身に纏い始めた。

不思議な感覚を感じつつも、同時に力がみなぎるのがわかる。


その光はあっという間に霧散して空中に消えていった。


「今のは?」


(…英雄の力の一部がおまえに託された。スキルで確認してみるといい)


鑑定でステータスを確認する。


俺に起こった変化は、『スキル封じ無効』、『潜在能力覚醒』、『潜在能力向上』というスキルが身についた。


スキル封じ無効とは、

スキルを封じるあらゆるものを全て無効にするスキル。

使用している間は、他のスキルの使用に制限がかかる。


潜在能力覚醒とは、

ステータスの潜在能力を覚醒させるスキルのこと。

ステータスはあらかじめ誰しも上限が決まっているのだが、このスキルで上限を取り払うことができる。

例を出すと10の力を持つ人が、このスキルを持つと最大でも10の力を覚醒させることができるのだ。言ってしまえば今より倍の力を身につけることが可能になる。


潜在能力向上とは、

覚醒したステータスの潜在能力を上げることができるスキルだ。

己の成長次第で潜在能力を上げることが可能となる。

10の力が覚醒したなら、成長させて15、20と能力を上げることが可能になる。


これらのスキルは、ステータス操作と相性がいい。上手く組み合わせれば今後の戦いにきっと役に立つだろう。


英雄のスキルがこれだけ規格外とは思わなかった。一部というからにはまだ隠しているスキルがあるのかもしれない。


「すごい!もらったスキルはどれも有効に使わせてもらうよ」


(…そうか。ならばここは用済みだろう。部屋の真ん中に転移用の魔法陣がある。その上に乗れば好きなところへ移動が可能だ)


さっきまではなかったはずの床に魔法陣が出てきた。この上に乗れば帰れるのか。

足を乗せると起動を始めた。


「行き先はどこでもいいのか?」


(おまえが行ったことのある場所ならどこでもいけるが、街中や騒がしい場所は勧めないぞ。この力そのものが危ういからな)


ナナシの言葉に同意する。これはそれくらい社会の根本を揺るがしかねないものだ。


マオの空間魔法よりも格段に優れているあたり、魔法陣の解析が進めば誰でも使えるとみていいだろう。


これも英雄の力なのだろうか?

言葉にするには足りないほどの力を持っていたんだなと改めて思い知る。


「わかった。ギルドから離れた場所に転移するさ。ここまでありがとう、ナナシ」


(…ふっ。我は何もしてはいない。全てはおまえの力で乗り切ったのだ。自分を誇れ、ロイセーレン)


「ああ、また来るからな!」


魔法陣が起動してロイはその場から消え去った。


(…また、か。物好きなやつだ。…ロイセーレン、世界を任せたぞ)


ナナシの声は誰にも届かなかったが。

それは彼の祈りとなり、風にのせられて宙を舞う枯葉のように儚く昇っていくのだった。

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