貫通扉を強制的に閉めるたくさんの理由の一つ

浅賀ソルト

貫通扉を強制的に閉めるたくさんの理由

電車の連結のところにある貫通扉は強制的に閉める必要と開ける機能がある。どういう状況のときにそれが必要かはちょっと考えれば分かるだろうから省略する。

俺はこのやり方を知っていて、道具も持っている。こっそり貫通扉を閉めるという悪戯イタズラが大好きだった。

鍵をかけて貫通扉の近くの椅子に座っていると、通れて当然という顔をした人間が近づいてきて、自信満々に取っ手に手をかける。力を込めてスライドさせようとするも動かない。ん?という顔をする。両脚を踏ん張り、もうちょっと気合いを入れて引き戸を動かそうとする。しかし動かない。大体、人はここでまた「ん?」という顔をする。

俺は椅子に座ってスマホをいじるフリをしながら乗客のその様子を観察して笑いをこらえる。見るのに夢中でスマホの方を顔が向いてないことも多い。

そもそも車両を移動する人というのはなぜああも偉そうな顔をしているのか。

人は大体三回目で貫通扉の開閉を諦める。一回で諦める人はいない。

三回目にぐっと力を入れた人は、それでもびくともしないのが分かると急に興味をなくす。場合によっては、「車両を移動するつもりなんてありませんでしたが、なにか?」という顔を誰も見ていないのに作る人もいて、こういうのは最高におかしい。

俺はそれから裏垢に悪戯の成果を記録する。

当然だが反対からこちらに入ってこようとする人もいる。そういう人は観察できない。残念なことだ。

一度立って観察したことがある。

がたがたという音がして、誰かが反対側の罠にかかったことに気づいて、誘惑に負けてふらっと立ち上がってしまったのだ。

下車するようなタイミングでもなくて不自然だったが、それは自分の気にしすぎだった。不自然なタイミングで電車の椅子から人が立っても誰もそんなことは気にしない。

貫通扉の窓まで移動すると、自然な感じで中を覗いた。

制服姿の女子高生がいた。音はすでに三回目だった。

ガッという音がして、しかし貫通扉は当然のことながらビクともしなかった。ざんねーん。俺が鍵をかけちゃいましたー。

女子高生は取っ手のあたりを睨んでいたが、開かないと分かると顔を上げて窓のこちら側を見た。

俺は間一髪で目を逸らした。一瞬だがその顔に妙な緊張感があった。

さらに一瞬だが、窓の向こう側の車両の中央に、そんな女子高生をじっと見ているスーツ姿のおっさんが見えた。

なんだ今のはと思った。

一瞬だったが、おっさんの顔に何か醜悪なものを感じた。こちらの車両に移動しようとしている女子高生をあんな目で見る必要がどこにあるんだろうか。

それからしばらく動けないでいた。

自分が空けた席に座る人もいなかった。

次の駅までは長かった。女子高生は連結器のあたりに立ったままだった。

やがて次の駅に到着した。扉が開き人の出入りがあった。

俺はなんとなくそこから離れて車両の反対の端に移動した。目的地はまだ先なのでここで降りるわけにはいかなかった。

そのまま貫通扉を抜けて隣の車両に移動し、さらに歩いて中央あたりで吊革につかまった。席は空いていなかった。

俺は鈍いのでそれがなんだったのかを理解するのはかなりあとのことだ。

今でも俺は貫通扉を閉めるという悪戯をしているが、電車で痴漢をする奴は死ねばいいと思っている。閉めた先の車両で痴漢がなければいいなと祈っている。

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