3話 悪女、求婚

「龍煌様、私の夫になっていただけませんか?」

「断る」


 一世一代の求婚は即効で破談となった。

 この間、一秒の出来事である。


「あら。連れない方ね」

「俺と結婚したいなど、お前は馬鹿なのか」

「至って真面目で、至極本気です」


 蘭華がにっこりと微笑むものだから、龍煌は呆れて深いため息を零した。


「夫になるもなにも……それ以前に俺はここに幽閉されていて、お前は明日死ぬ命だろう」


 そう。ここは地下牢で、方や囚われの身と方や処刑される身。

 求婚するにはあまりにも不釣り合いな場所だというのに、蘭華は地上にいるかのように笑っていた。


「私も貴方もまだ生きています。明日なんてどうなるか、誰にもわかりませんよ?」


 それに、とくすりと笑って蘭華は続ける。


「私、死ぬつもりはありませんし」


 その言葉に龍煌は暫く呆れて声もでなかった。

 彼が手を動かせば重たそうな鎖がじゃらりと音を立てる。

 深いため息をつきながら、やれやれと龍煌は頭を抱えた。


「そんなこと天地がひっくり返っても有り得ない。俺は一生ここで生き、お前は明日生を終える。それが運命さだめだ」

「何故他者が私の運命を定めるのです。それこそ失礼な話」


 むっと蘭華が口を尖らせた。


「自分の運命は自分が定めます。自分は一生ここで生きるのだと、勝手に定めているのは貴方自身でしょう」


 貴方って意外とつまらない人なのね、と蘭華は挑発するようにほくそ笑む。

 その瞬間、龍煌の眉間に皺が寄りぐっと地下牢の空気が歪んだ。


「お前になにがわかる……! 生まれたときから忌み子だと、ここに閉じ込められてきた俺の気持ちがお前にわかるものか!」


 龍煌が怒るだけで、彼の周囲に禍々しい邪気が揺れ、びりびりと地下牢全体を揺らす。

 常人なら邪気に当てられ腰を抜かすというのに、蘭華は茣蓙に正座をしたまま笑みを保っている。


「安心しました。そうやってお怒りになるということは、貴方も諦めていないのでしょう?」

「な……っ」

「外に出たいという、強い強い望みをお持ちなのでしょう?」


 その言葉に龍煌は押し黙る。


「それに『忌み子』というのであれば私も同じです! 私も後宮で産み捨てられた親もわからぬ忌み子だといわれておりましたので!」


 とんでもないことをさらりと明るい調子で蘭華がいうものだから、龍煌はぎょっとした。

 自分の失言を悔いたのだろう、目を泳がせながら次の言葉を探している。


「……と、とにかく無理だ!」

「うーん……それでは『無理』だというものをねじ伏せればよいのですよね」

「は……?」

「ひとつ、私が明日の処刑を生き延びること。ふたつ、龍煌様をこの地下牢から解放すること――この条件が揃えば、私の夫になっていただけますか?」


 ひぃふぅ、と指折り数える蘭華に龍煌は唖然とする。

 この女、なにをいっているんだ。


「そんなこと無理に決まって――」

「質問にお答えください。私が明日の処刑を生き延び、龍煌様を牢の外に連れ出せば結婚していただけますか!?」


 蘭華の目は本気だった。

 一切揺るがないその視線に龍煌は狼狽える。


「そ、それは……」


 無理だ。不可能だ。

 蘭華が処刑を生き延び、自分がこの幽閉を解かれる――など絶対に起こり得ない。


「まかり間違ってそんな奇跡が起きたら、なんだっていうことをきいてやる」


 なにも知らぬ彼女に腹が立つのを通り超し笑えてしまった。

 こんな年端もいかぬ少女がなにもできるはずがないのだから。


「言質はとりましたよ? 男に二言はありませんね?」

「……ああ」


 やれるものならやってみろ。

 売り言葉に買い言葉だった。


「うふふ……俄然やる気が出て参りました」


 蘭華はにんまりと笑い、その瞳に闘志を滾らせていく。


「しかし……お前は俺のなにが良いんだ。初対面だし、俺を夫にしたところでお前になんの益もない。もしや俺が曲がりなりにも皇子だからその地位を利用しようと?」

「いいえ? そんなことどうでもいいんです」


 蘭華は当然のように首を振ったので、龍煌は目を瞬かせる。


「理由は色々とありますが……貴方と一緒にいれば退屈しないような気がしましたの。一番の大きな理由はこれに尽きますわ!」

「呪われた俺と一緒にいたいなど……お前は一体何者なんだ」


 そう見やれば、彼女はまたくすりと笑ってこう答えたのだった。


「――悪女ですがなにか?」

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