第13話 新入生代表挨拶の暗号(8)

「オレ役に立つ自信あんまりないけど、いいよ。やってみよう。深月みずきがどうやって解いたのか、オレも気になるし」


 常葉ときわが私の広げた暗号の紙を覗き込む。


「改めて見ても、いかつい暗号だな。ぜんぜん解ける気がしない」

「でも、深月は解いたわ。この暗号はデタラメじゃない。ちゃんと法則さえ見つけ出せれば、解けるようにできているのよ」

「そうだよな。おっし、見つけるぞ! 法則!」


 駅のホームで出発のベルが鳴り、電車のドアが閉まる。

 電車はゆっくりとスピードを上げ、私たちはそれぞれ、暗号に目を凝らした。


 一駅の間、無言が続いた。

 私は自分なりの解を得て、チラリと常葉の顔を見た。


 真剣な眼差し――


 いつの間に、こんな顔をするようになったんだろう。中学の時は、ただ底抜けに明るくて、成績なんて気にしない部活バカで、いつだって笑ってる。そればかりだったのに。


 電車が再びスピードを落とす。停車して、ドアが開く。乗客が入れ替わる雑音に紛れて、常葉が唸り、背もたれに寄り掛かる。


「オレにはどう見ても、意味不明な数式にしか見えなかった。でも、計算したところで数字と記号のまとまりしか出てこないし、とても原稿には辿り着けそうにない。計算した答えが、第二の暗号になってるって可能性は考えてはみたけど」


「第二の暗号?」


 わたし一人で考えていたら、それは考えなかった。確かにそれも候補の一つだわ。手探りの状態では、ありとあらゆる可能性を考える。それが暗号を解く時の定石よ。次は私の番。


「私が考えたのは、これがそのまま文章である可能性」

「これが文章?」

「ほら、手紙に『壇上で、これを読め!』って書いてあるじゃない? 『解け』ではなくて『読め』 だからこの暗号は、文章を数字や文字に置き換えたものなんじゃないかなって、私はそう考えたんだけど」

 

 常葉はひと間考えて、躊躇なく言った。


「うん。負けた。その線で考えよう」


 そしてまた、暗号文に目を落とす。

 切り替えが早くて戸惑う。


「まだ手探りの段階で、そんなに焦って可能性を削らなくてもいいんじゃない? 第二の暗号だって、検討する価値はあると思うわ」

 

「いいんだ。深月が言ってたろ。『可能性があるなら試す価値はある。試すなら、可能性の高い順』って」


 常葉は本当に飲み込みが速い。言われたことを素直になんでも吸収するから、普通ならあり得ない偏差値からスタートして、明菱めいりょうに受かった。


「時間があったらオレの説も試してみたいけどさ、どうせなら、オレらの駅についたとき、深月を起こして、『オレたちも解けたぞ』って、驚かせたいじゃん?」


 常葉がニッと白い歯を見せて笑うから、

「そうね」と私も微笑んだ。

 

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