第12話 新入生代表挨拶の暗号(7)

 私は、拍手を送りながら、少し拍子抜けした。今まで苦手だった作文を、即席で書き上げるなんて、深月、一体どうしちゃったの? 夏の読書感想文だって、中学の卒業生代表挨拶だって、私がしっかり面倒見たのに。


 唯一、深月に教えられるものだったのに。


「すげーな、深月!」


 入学式の帰り道、昇降口を出たところで、常葉が深月の首に絡みつく。千夏も心から嬉しそうに笑顔で、成功を祝してる。それなのに、私だけがちょっと複雑な気持ちでいる。


 深月はいつもながら飄々としていて、何を思っているのか分からない。常葉の腕を迷惑そうに外すけど、内心は嬉しいのかもしれない。私の助けがなくても文章が書けたんだもの、嬉しいに決まってるわよね。


「ちょっと悪い」

 深月は鞄からスマホを出し、数回タップして耳に当てる。

 誰かに電話?

 つながった瞬間、深月が豹変した。


「オイ、静月テッメー! 弟で遊ぶんじゃねえ! このボケ!」

「み、深月、ちょ、声大きい!」

 千夏が慌てて電話を取り上げ、常葉が深月を羽交い絞めにする。

 周りの生徒や保護者の視線が痛い。


「もしもし、静月くん? 千夏です。みんなもココにいるからスピーカーにするね」

『ハッロー&コングラーッツ! 静月でーす。みんな入学おめでとう!』

「ありがとう。でも、深月すごく怒ってるけど、どうしたの?」

『ああ、それはね、俺が深月に、入学式の挨拶原稿を暗号化して送ったからだと思うよ? 俺なりの気遣いだったのに、怒るなんて酷いよねー。アレがなかったらどうなってたと思う?』


 あの封筒――。


「静月先輩」

『その声は真紀ちゃん? 弟がいつもお世話になってまーす」

「いえ。それじゃあ深月は今日、静月先輩の原稿を読み上げたってことですか?」

『うーん、まだ何も聞いてないけど、怒ってるってことは、そうなんじゃない?』

「そうですか」

『なに? なんかちょっと嬉しそう』

「いいえ、なんでもないです」


『深月ー! 俺の可愛いお・と・う・とぅ♪ 聞いてるー?』

「ああ!? んだよ!」

『ちょっとは楽しめた?』

「ふざけんな! F」「わあーーーーーッ! 静月君! 悪いけどまた今度話そう!」

『うん、わかったー。常葉くん、いつも深月がごめんねー。じゃあね、俺の可愛い後輩たち。バ~イ!』


「常葉、もう深月のこと放して大丈夫だよ」

 千夏が電話が切れたことを確認して言う。

「やばい。なんか、すっげー疲れた」

「常葉がゲッソリしてるの、珍しいわね。体力あるのに」

「人って怒ると、もの凄い力を発揮するもんだよな。さっきそれを実感した。つーか、深月。なんだよ、暗号って。オレ、なんも知らねんだけど」

「これだよ。見れば、俺の気持ちが分かるはずだ」

 深月がポケットから青い封筒を取り出す。


「どれどれ」

 一枚の紙を、みんなで覗き込む。

「なにこれ、数式?」

「真紀ちゃん、わかる?」

「数式……なのかしら」

 まじまじと暗号を見つめる私たちの傍で、深月が恨み節で言う。

「あんな挨拶するなんて知んねーし、あいつ、三年前に同じ経験してるくせに、『壇上で、これを読め!』って、読めるか!」


「でもさ、深月でも真紀ちゃんでも苦労する暗号を作るなんて、やっぱり静月くんは凄いね!」

 深月は眉を引きつらせて、吐き捨てる。

「暗号なんて、作る方が解くよりよっぽど楽なんだよ。褒めるなら、解いた俺を褒めやがれ」

「深月、怒ってる深月、こわいよ? いつもの深月に戻ろ?」

「そうよ。落ち着いて」



 深月がやっと大人しくなったのは、帰りの電車の中だった。

 昼下がりの車内。他にも入学式帰りの親子がいる。

 私たちは四人。並んで座って帰る。


 深月は一番端で手すりにもたれて眠り、千夏は私の肩で寝息を立てて、私は深月に借りた青い封筒から暗号の紙を取り出した。


「ねえ、常葉。私たちで解けるかやってみない?」


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