第3話 入学式に立てた式(2)


 深月が人だかりの中に進んで行くと、海が割れるように道が開けた。まさか、高校でもこの光景が見られるとは。


 『シェモース』


 この現象は、中学ではそう呼ばれていた。


 最初は『モーセの十戒』と呼ばれていたが、中には新しいものとか言葉を流行らせたがる奴がいて、『シェモース』はそういう連中がわざわざ旧約聖書を調べて持ち込んだ言葉らしい。語感の良さなのか、『シェモース』はあっという間に浸透して、定着した。


 なぜ、そんな現象が起こるのか。


 それは、深月が両親から恵まれた遺伝子を受け継いでいるからだ。母親譲りのきれいな顔立ち。父親譲りの頭脳。細身のくせに骨格が男前で、立っているだけでさまになるし、歩けば人を惹きつける。深月に見惚れた生徒が、一部は放心状態で、一部は黄色い声を上げて道を開ける。


 随分前に、この現象を本人に説明したことがあった。でも本人は、『どう考えても勘違いだろ。スズメバチでもいたんじゃねーの?』と言って、まるで取り合ってくれなかった。


 改めて考えると、スズメバチも当たらずとも遠からずだと思う。こいつを下手に刺激すると痛い目にあうから要注意だ。


 深月が立ち止まり、掲示板の下方に視線を送る。さらりと黒い前髪が落ち、切れ長の二重を隠す。周りの女子のドキドキが聞こえてきそうだった。


 深月がふと微笑み、キャーって囁き声をガン無視でつぶやく。


「ほらな、当たりだ」


「ほんとだ」


 オレは自分の名前をE組の一番下に。

 千夏の名前をD組の一番下に見つけた。

 互いに出席番号は34番だった。


「すげぇ。どうして分かったんだ!?」


 深月は顔を上げ、オレの方をチラリと見る。

 黒い瞳が透明感を増している。やばい。


 これから、深月先生の解説の時間だ。

 

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