第25話 2076年 勇者鮎田数樹と連合の記録

 2076年の夏、就職1年目の鮎田数樹は連合が使用する亜空間の部屋の中で勤務していた。


 内装は4月の二一世紀連邦公務員としての就職直後から所属している二一世紀連邦総務省・文書管理部・前時代工藝処理班の執務室とあまり変わらない。光源のわからない光が差しているのは、白い部屋と同じだ。

 床に灰色のタイルカーペットが敷き詰められ、天井に送管ダクトがある。白い部屋とはその点が違う。


 今日鮎田に割り当てられた仕事は、空中に映し出される映像の要約。勇者魔法の教育と連合の研修で学んだ連合の記法、連合速記アライアンス・ショートハンドで記録を作成する。ペンを持ち、ノートにメモを取る。

 

 最初に、長い通し番号の設定・登録操作及び定義方法を上司に教えられ、書き込んだ。

 番号は常識外れに長い。注意深く、かつ、素早く書き込む。

 その後、マニュアル通りに要約を清書していく。

 いくつかの事項は、記録した上で伏せ塗りと研修で習った。その処理もする。

 扇情的な部分も詳細に記録したうえで、情報公開レベルに応じて閲覧できるように、伏せ塗り処理を施す。淡々と規定通りに書いていく。


 数樹が書き上げたのは、おおよそ次のような記録文書だった。


 ─────────────── 

[長い通し番号]


最初の注意書き:


黒塗り箇所及び実名を伏せた人物の情報開示には閲覧前に許可申請が必要。


[固有名詞の説明・定義]

[雛形に従った事項の要約]


自由文描写:


映像の最初の画面


ぬし」(音声のみ):


“これから見せる念話は高橋が作成した媒質器具を用い取得した過去の情報。約12時間の要点を3分に編集”


第一場面:

工房の全景の動画。机の上から見上げ、広角。

左側に普段着姿の男性(「共犯」)

右側に露出度高めの服の女性(「正犯」)

 

会話:

・「ターゲット」は無事に亜空間に転移、排除に成功。

・「一般人」を巻き込んだ。

・「下手人」が残ってしまったので、超現象でここに転移させた。

 

「正犯」と「共犯」は立ち上がり、机からは見えない位置に移動。

 

第二場面:

 無人の机周り。

会話:

「そこに縄があるから」「睡眠薬を注射しておく」

 

第三場面:

机に戻ってきた「正犯」と「共犯」


会話:

・「下手人」の口封じのため、別の薬を用意する

・下記の「ターゲット」のことを侮辱する会話。

████████████████████████████████████████████████。


・その途中、「正犯」が思わせぶりな顔で「共犯」を誘う


「共犯」は背後から████し、████████。████、振り乱す髪と████、ドレスの迷彩色、破られたタイツ、████が████。男が████


一息ついた後、左手奥にある扉の向こうに興奮冷めやらぬふたりが立ち去る。


映像終わり。

 

 ***


「書き終わりました」


 鮎田は上司に申し出た。


「ちょっと見せて。はい、これでいいです。鮎田氏の書くショートハンドは、書くのが速い割に、読みやすく整っているね」


 上司は笑顔から少したしなめるような顔になった。


「自由文描写は、もう少し詳しく踏み込むべきかな。要約し過ぎない方が望ましい。もっとくだけていい」


 上司は、慣れた手つきで素早く書き足した。そのための広い余白が埋まっていく。鮎田はそれを見ながら、上司の言いたかったことがわかり、なるほどと思った。


「はい出来上がり。これを中央記録装置に送る」


 濃い栗色の髪と目、立派な髭。北の大国に君臨する皇帝の肖像画を思わせる筋骨隆々な上司は立ち上がった。服に装着していた「杖」を紙へ向けた。

 すると、書かれていた黒い文字が分離して空中に立ち上り、天井にある送管へと吸い込まれていった。紙に残った文字はグレーに変わる。


「連合の書類は端末経由の記録をしない。いちど速記、ショートハンドで記録するため、紙に筆記で『送る』。送った筆記を杖で昇華させ、送信管を通して中央記録装置に送る。管を通して『実体』で送った文字を、中央記憶装置が以後『幻影』で配布できるように整える」


「はい」

 鮎田は安堵の胸をなでおろしつつ、薄い微笑みを被せた無表情を保った。


「今回は鮎田氏が関わっていた件の際に、袋……いや、白い水玉の部屋の主が提出した念話映像記録を使った」

 いつも卒なく指導してくれる上司が、珍しく口を滑らせ、主の陰の呼び名を口にした。


 ――「ネコ」とかほかの人と区別がつく名前にすればいいのに。頑なに「ぬし」の呼び名にこだわるから、現場は苦労するよなぁ。うちの義姉ねえさんが意固地でご迷惑をおかけします。

 内心で朗らかに笑った鮎田は、それも表情に出さず、神妙にうなずいた。


「この件の言語要約がまだ作られていなかったので、実務練習に使ったよ。読みやすい筆跡の速記で、マニュアルの規定通りの文章を書ける新人はありがたい」


 古風なファイル容器にグレーの文字が残った紙を収納する方法を指導する合間に、上司はほめてくれた。


「高校や大学で履修した前時代工藝関連の科目の中でも、書くのは得意でした。勇者修行でも企画書を書きましたし」

「ああ、第六十五世界の『勇者指導の特定猛獣討伐計画書』か」

 そう言いながら、好意的な視線を鮎田に向けてきた。

「はい。連合速記という技術は奥深いですね。初めて見たとき、自動翻訳の超現象が連合速記には全く効かないことに驚きました」


 目で見た文字を翻訳する超現象は、術式を唱えて文字に光を当てて返ってくる反応の往復運動を利用する。文字領域を特定し、解析し、言語を特定して必要な別言語に出力する技術だ。大学生レベルの知識があり、原理がわかっていれば使いこなすのは難しくない。


「速記を解析する術式を作れば自動通訳はできるかもしれない。私はその解析を趣味で試してみたが、ショートハンド自体が前時代工藝の粋を集めたようなシステムなので、解析はなかなか難しい」


 ――ここにも研究に取り憑かれたひとが。もしかすると卓球と研究をこよなく愛するオタクなのかもしれない。

 鮎田はこっそり愉快に思った。


「この言語の扱いを習得することが、連合で働くために必要な資格のひとつだ。常世霞、主、席は念話記録の受け渡しができる。念話記録は連合の『中央記録装置につながる送信管』のある部屋、つまりこの部屋に運ばれる」


 上司の説明は続いていた。


---


次、第26話 あたりまえのことを確認していく

 

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