第14話 回想:提案の実現~鮎田とコーヒー

 声を上げたのは、鈴木の生活補佐をしているデルローフだった。


「10秒後、横マイナス25縦プラス8、13秒間急所」

 デルローフは他の隊員たちと共に真剣に座標を凝視していた。

 

「デルローフ軍曹、弓は使えますか?」

 鮎田が声をかけた。

「はい」

「やってみますか? バリヤとシリンダーウォールを置きますので、2分間ほど」

「はい。試してみたいです」


 そして、デルローフは、鮎田の指示を受けることなく、かなり高確率で急所に矢を当てた。


 とはいえ、鮎田鈴木コンビとは違い、何回か急所を外した。


 外すと、バリヤで守られた隊の方に向かって、ぶわっとドドが膨張した。いままでの射程を超えて熱波攻撃が飛び、隊は後退し、そこに鮎田がバリヤを張り直した。なかなかスリルがあった。


「すみません……」

 デルローフは灰色の目にしょんぼりとした表情を浮かべ謝罪した。2分が経過したので、盾を持った隊長が彼女をシリンダーウォールからバリヤに連れ帰ったところだった。

 バリヤの向こうに3倍くらいに肥大した壁が荒れ狂っているのが見える。バリヤの外はきっと耐えがたい悪臭が充満しているだろう。


「急所の移動直後の動きは見えているようですね。急所の終わりの動きをもう少しよく観察して覚えてください」

 鮎田は励ました。内心ホッとしていた。


 ――机上の空論になるかと思ったが、ちゃんと伝えられた。


「はい、ありがとうございます」

 デルローフは気持ちを切り替えたように、頼もしく笑った。


「この個体を僕と鈴木さんでいつものように処理します。急所が終わるタイミングの動きを、どこか座標レイヤーに遮られないところで観察してください」


 デルローフが動いた方向に数人の隊員がついていった。盛んに意見交換が続いていた。


 ***

 

 その後、ドドイドメキナカナベの急所の見極めは、鮎田ではなく、技術研究隊の隊員たちがやるようになった。鮎田が指導して、数人がその指導したコツを会得した。

 失敗が多く、討伐に倍以上の時間がかかるようになった。

 特に、勇者魔法のレイヤー表示なしの見極めを試しはじめたころは惨憺たる状況になりがちだった。しかし、技術研究隊は確実に「勇者なしでのドド討伐」を実現しつつあった。


 ***


「白い部屋の主と考えていたときより、はるかに良い形にできました。隊長が相談に乗ってくださったおかげです」

「そうか。そう言ってくれると嬉しい。まあ、元の提案が良かったからだな」


 ふたりの男は誇らしげな笑みを浮かべた。


「まだもう少し討伐をしなくてはならないが、よろしく頼みます。で、ここからは別の話になる」


 ドナートが身を乗り出した。


「鮎田さんは母国……第六十七世界二一世紀連邦の仕事をする試験に受かっていると聞いている。それと、連合の仕事を兼務出来るとしたら、どうだ? 私が王国軍の仕事と連合の仕事を両立させているように」

「え?」


 戸惑う鮎田にドナートは誇らしげに続けた。

「私は勇者ではない。しかし、連合記法を完璧に習得し、盾剣士としての技量のみならず、連絡や調整に長けていると評価されたことにより、連合の仕事に勧誘された。やりがいのある仕事だ」


 その言葉は鮎田に響いた。尊敬する戦いの仲間が経験したことに興味が湧く。


「特に今回、故国の危急存亡のときだった赤の森の魔獣討伐に関われたことは誇りに思っている」


 鮎田は感動した。贈りあいのときと同じだ。鮎田はちょろいのだ。


 ドナートは少し間を置いて、力強く言った。

「鮎田氏にも、私と違う分野になるかもしれないが、連合の仕事が向いていると思っている」


 鮎田は我に返って、怖ず怖ずと言った。


「出来れば事務職希望ですが」

「文書処理が得意であれば、活かせる職場がある」


 鮎田は考えこんだ。


「すぐに返事はしなくていい。ただ、できれば、王都で詳しい打ち合わせをしたい」


 ***


 ふたりはそのあと、王都行きの話をした。鮎田は伯爵、鈴木と桑田は子爵に叙爵される。

 領地はライトウエルマーシュの土地だ。細かく言うと、今まで国有地だった赤の森や王国軍技術研究所の敷地などだ。

 鮎田たちは技術研究隊が今後も猛獣たちを警戒し、研究する場所の領主になるのだ。


 話が一段落すると、隊長は彫りの深い貴族的な顔に何かを企むような、かつ、穏やかな笑みを浮かべた。

 鮎田に慇懃な口調で言う。


「さて、仕事の話は終わりました。『桑田さんがひざまずいて』の話を詳しくお願いいたします」


 ――なぜここで丁寧な口調に戻るのだ、このおっさんは。


 内心毒突きつつ、鮎田は立ち会った時の様子を語った。


「そうか。私がキット・グイダックから聞いていたのは、『主治医と患者! 常に! 私が! 桑田さんの! 面倒を! 見なきゃいけないから! 偽装結婚!』」


 ドナートはグイダックの口調の真似をしたようだが、あまり似ていなかった。


「その横に無表情な桑田さんが立っていた。『手ぐらいつながないと、偽装がバレるよ』って言ったら、ふたりで真っ赤な顔をしていた。律儀に恋人つなぎしていたのか。そして、『偽装』を桑田さんが華麗に否定して、自分の思いを伝えたと。面白い」


 ――あのプロポーズは高橋参考資料を活用したのだな。


 鮎田は思い出していた。


 高橋参考資料とは、主が鮎田に与えた連合記法で書かれた書類だ。「勇者が美しくなるための参考資料」は、例によって強引かつ奇天烈な手段で白い部屋の主がまとめたそうだ。

 まとめた目的は勇者一行の男たちが高橋のように美しくなるための指南書である。

 

 ――意中の女を落とすときは、真剣さを強調するために、以前好意を持っていたと思われている女の前で告白すると良い。そんな高橋のテク。


 そんな大胆な行動、僕たちができるわけないだろ! と思いながら、高橋参考資料を読んでいた青い部屋の勉強スペース。座学の隣にはたいてい泥の塊がいた。


 ――僕をいま阻んでいる真面目さとか、気恥ずかしさとか、失敗が怖い気持ちとか、桑田くんもきっと感じていた。でも乗り越えた。鈴木さんはストーカーのターゲットだったトラウマから解放されたし、グイダック卿は少しばかり恐れていた桑田くんの初恋の未練が断ち切られたのを確認した。


 しばらく無言だったドナートがしみじみと言った。

「年齢がかなり離れているから、キットとしては面倒を見る義務を果たすだけのつもりだったんだと思う」


「でも、桑田くんとグイダック卿は会ってすぐに意気投合していましたよね」


 鮎田は打ち合わせをするふたりの姿を見掛けたことを思い出していた。真剣で楽しそうだった。


「良い関係だけに、キットとしては壊したくなくて、偽装を提案したんだろう」

「愛ですね」

「愛だ」


 鮎田とドナートはうなずきあった。


「じつはキットは私と妻を結びつけてくれたひとなのだ」


 ちょっと驚いた鮎田にドナートはいたずらっぽく片目を閉じて見せた。


 ――キザなおっさん。こちらの世界にもウィンクがあるのだな。


 楽しい気持ちになった鮎田はコーヒーを味わった。とても美味しかった。


「これからは家族同士で付き合える。楽しみだ。ところで、勇者はいつ鈴木さんに告白するんだ?」


 ――!


「コーヒー……もったいなかった」


 油断しきっていたとき、奇襲にやられた。気道に入ったコーヒーにむせながら、鮎田は呟いた。


「すまんすまん。おかわりを頼もう」


「あのう……鈴木さんもコーヒーを飲めるように手配を頼んでもらっていいですか?」


 おっさんはまたニヤニヤ意味深な表情で見てきた。しかし、先ほどの桑田を見習い、恥じらいは捨てることにした鮎田だった。


「たぶん、ミルクと砂糖が要ります。僕たち、しばらくコーヒーを飲んでないので、喜ぶと思います。桑田くんたちにも。って、あまりたくさんはないですか?」


「いや、これはグイダック卿と桑田さんの土産で、結構たくさんあるはずだ。ちょっと待て」


 出ていった隊長の後ろ姿を見ながら、鮎田はため息をついた。


 ――愛か。クソ真面目な僕に桑田くんのような愛に満ちた行動ができるのか……想像もつかない。

 

 ***


 鮎田と鈴木がグイダック夫妻や技術研究隊関係者と別れて日本地方に戻ったのは、それからおよそ1ヶ月経ったあとだった。




---


次、§4 家族

2023-10-12 投稿時間などを削除しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る