第10話 出雲薫の休暇

 次の日。

 朝から今日はのんびりすると決めていたので、吉野さんたちにその旨を説明した。

 その後朝食をバイキングで食べて、ちょうど食べ終わったその時、僕のスマホに通知が来た。

 画面をよく見ると、僕の親友の二人である中野若葉からの連絡だった。

 連絡を見て見ると、若葉と付き合っている凪黛と一緒に旅館かどこかで取られたであろう写真が送られてきていた。

 二人は僕の親友であり、僕が過去を乗り越えるときに、手を差し伸べてくれた二人だ。特に黛との付き合いは長く、もう約七年の付き合いになる。

「……ん?」

 僕はその写真をじっと見ていると、徐々に違和感を感じてきた。

 この写真のこの場所……この窓に映るスキー場……この部屋の配置。

 もしかすると、二人もこの旅館に来ているのかもしれない。

 お茶目で心配性な、僕の彼女である、弥生ことよいちゃんのやりそうなことだ。

「私が直接行く気はないけれど、薫が寂しいかなって思って、二人をそそのかして吉野旅館に送り込んでおいたわ」

 うん。よいちゃんなら言いかねない。いや、言っている顔が容易に想像できる。

 僕はその真偽を確かめるために、若葉に電話をかけた。

 電話をかけると、すぐにその電話がかかった。

「もしもし」

「もしもし薫?」

「うん」

「あ、写真見た?」

「見たよ。来てるんだろう?」

「うん。もしかしたらわかるかなって思ってさ」

「わかるに決まってるだろう。僕ここにもう一週間はいるんだぞ」

「えへへ~そうだよね~」

 若葉は相変わらず、優しい声をしている。

「黛もいるんだろ?」

「うん。今は縁側で座ってゲームしてる」

「そうか。今どこにいる? 会えたりしないか?」

「今ね~私たちが泊まる部屋にいる。番号は……」

 そうして僕は、若葉と黛が泊まる部屋に向かった。



「うわ、本当にいた」

「どうも~」

 教えられた番号の部屋に向かうと、若葉が出迎えてくれた。

「久々なような……いやでも一週間ぶりぐらいか……」

 若葉は顎に当てた。

「そうだね。むしろ、週末には毎回黛の家に集まって遊んでたから、こんなに会わないのも初めてかもしれないね」

 それぐらいの頻度で会って遊ぶほどに、僕とよいちゃんと、黛と若葉は仲がいい。

 趣味もみんな似ているし、どちらかというとインドア派なのも相まって、週末はのんびり黛の家に集まって、ゲームをすることが多いのだ。

「お~い。そんなところで話してないで、お茶入れたから座れよ」

 低い声で黛は、部屋の中から僕たちのことを呼んだ。

「うん」

「じゃあ、お邪魔します」

 黛に呼ばれると、僕と若葉は言われた通り席に座った。

 席に座ると、僕はすぐさま気になったことを二人に聞いた。

「なんでここに来てるんだ?」

「ああ、それはな」

 黛は座ってからすぐに、僕の質問に答えた。

「弥生がここの旅館のチケットをくれてな。春休みずっと若葉とゲームばっかりしてるのも、体に良くないからスキーでもしなさいって」

 黛はドカッと座布団に胡坐で座りながら言った。

「ついでに、そろそろ薫が寂しがってるかもだし、二人が行ってあげれば、薫が喜ぶからって言われてさ」

 若葉はニコニコしながら言った。

「やっぱりよいちゃんの差し金だったわけだ」

「そういうこと」

 予想通り、二人をここに寄越したのは、よいちゃんだった。

「だけど、少し気になることがあるんだよね。私」

「気になること?」

 若葉が腕を組みながら言ったので、僕は聞き返した。

「なんでよいちゃん本人がここに来なかったんだろう。薫が寂しがっているなら、よいちゃんが来ればいいのに」

「ああ……それはなんとなくわかるぞ。よいちゃんが来なかった理由」

「え? なになに?」

「僕がここに手伝いに来てるのに、よいちゃんなんていたら、そっちに気が回りすぎて、手伝いどころじゃないだろ?」

「ああ……そうかも……」

 若葉は苦笑いした。

「確かに、スキーが下手すぎて、薫が付きっきりで弥生のそばにいる姿とか、想像に容易いな」

「うわ~脳内再現余裕かも~」

 黛が言うと、すぐさま隣にいる若葉も同意した。

 まあ、それだけじゃなくて、今はれもんの問題も抱えているから、もしよいちゃんと一緒にここに来ていたら、忙しくてたまったものじゃなかったかもしれない。

「薫~スキー板が絡まったの! どうにかしなさい!」

「薫~持ってきた化粧ポーチ、どこかに行ってしまったわ。どうにかしてくれるかしら?」

 若葉と黛は、二人そろってよいちゃんの真似をした。

「あはは!」

 その姿がなんだかおかしくて、僕は大笑いをしてしまった。

 そして、僕は心があったかくなってるような感じになっていることに気が付いた。

 おそらく、僕は安心していたのだろう。

 こんな誰も友人がいない土地に、本当に大事な友人が現れたことに、どこか僕は安心したのだろう。

 今となっては、菜花さんと言う友人と、れもんという導くべき子がいるから、誰も友人がいないというわけではない。

 だが、僕は吉野スキー場に来てから、複雑なことを考えすぎていた。だからこそ、くだらないことだったり、単純なことで盛り上がれるこの二人を見たときに心底、心が落ち着く気がしたのだろう。

「そういえば薫、旅館の手伝いは順調か?」

 黛が僕に尋ねてきた。

「うん。まあ、ほかにやることができたから、旅館の手伝いはぼちぼちって感じだね」

「ほかにやること?」

「あ、うん」

 僕が返事をすると、黛は僕の顔を見た。

 おそらく、いつもの黛なら「深堀していいか、僕の顔を見て考えている」ところだろう。黛は、こういう聞いていいかどうかわからないことを聞くときは、しっかり空気を読もうとする。ただ、黛にはこういう時、素直にどうしてほしいかを伝えれば大丈夫だ。

「できれば、聞かないでほしいかな。もし二人に話したら、二人も手伝う! って言いそうだし。特に若葉」

「え!」

 若葉は、急に話を振られて驚いたようだった。

「じゃあいい。聞かないことにする。さて、昼ご飯を食べたらスキーをする予定だけど、薫も暇なら一緒にどうだ?」

「いいね! 薫も一緒にスキーしよ!」

 黛と若葉は、僕をスキーに誘ってきた。

「うん!」

 普通なら、二人は付き合っているんだから、邪魔しちゃ悪いなとか考えるのかもしれないが、そんな考えすら必要ないくらいに、僕は二人と仲がいい。

 もう、二人からすると、遊ぶときに僕やよいちゃんがいるのが当たり前なのだろう。むしろ、僕とよいちゃんからしてみても、若葉や黛がいるのが当たり前なんだ。

 もちろん、二人といると楽しいから、僕からしても都合がいい。

 そうして、少し部屋で談笑をしてから、昼ご飯を食べて、僕たちはゲレンデに向かった。



「いえ~い! 若葉撮ってる~?」

「撮ってるよ~」

 ゲレンデで僕は、後ろ向きで余裕の滑りを見せている若葉にスマホで撮影をされていた。

「よく後ろ向きで滑れるな……あ~」

 黛は余裕の滑りを見せる若葉に感心しながら、見事に転倒した。

「あははは!」

「ちょっと~黛~」

 転倒したとはいえ、黛もスキーはそこそこできるためか、転び方は上手だった。

 黛も運動神経は悪く無いが、若葉の運動神経に比べたら、その差は雪と墨ほどの差がある。この中で一番スキーができるのは、恐らく若葉だろう。若葉は何をしてもすごい。バスケをすれば、すぐに長距離シュートを決められるようになるし、ダンスなども一度見たらその動きをマネできる。

 体格は小さくて、とてもかわいらしいが、若葉の中にある才能は計り知れない。

「つめてえ~……やっぱりゲームしときゃよかったわ……」

「ほら、先行っちゃうよ~」

「お先~」

「お前らさあ……運動できるからって弱者を弄んで……」

 黛は、インドア派の中でもかなりのインドア派で、ひどい時だと一か月は外に出なくても平気な人だ。ただ黛自身、家事が好きというのもあり、スーパーなどに日用品を買いに行くことも多く、そこまで家にいるわけでもない。必要があれば、外に出るといった人だ。

 黛は、今でこそスキーをしているが、本当は体を動かすことが好きじゃないはずなんだ。軽い喘息もちで、体もあまり強くないというせいもあるだろうが、一番の理由はこれも本人の性質が大きいだろう。

 でも、スキーはなんだかいつもと違う体の動かし方と言うか、普段あまりやることのないスポーツだから、黛もやりたくなったのだろう。

 そのまま若葉と並走する形で、下まで滑ったあと、あとから追いついて来ようとしてきていた黛を待ってから、リフトに並んだ。

「ああ。慣れないことをしたせいか、すげえ疲れた。もう戻ろうかな」

 黛は、かなりへとへとなようだ。

 黛は体があまり強くないと言ったが、特に環境の変化には弱い。

 高校の頃も、林間学校や修学旅行のときは、一泊した後にはもう咳をしていたりなどしていたので、あまり黛に無理はさせられない。

「そうだね。無理はしないほうがいいよ」

 若葉は、そんな黛のことを一番理解している。若葉は黛に優しくそう言った。

「まだ滑りたいなら、二人で滑っててもいいぞ」

 黛は、僕と若葉を見て言った。

「私はまだまだ滑りたいな~」

「僕も!」

「そうか。じゃあぼくは部屋でぬくぬくしてるから」

 黛は少し微笑みながらそう言った。

 その後、僕と若葉は仲良く上級者コースを隅々まで滑りつくして、夕方になる前くらいまでゲレンデを駆け回っていた。



「最近、中村様もメディアに出てくること増えてきたよね」

「そうだよなあ……まああんだけ顔よくて声よくて演技出来たら売れるよなあ……」

 スキーを終えて、僕たちは若葉たちが泊まる部屋で食事をしながら自分の身内の話をしている。

「蜜柑は……ぼくが育てたとでも言いたげだね、黛」

「まあまあまあ、ぼくはなにもしてませんよ」

「うわ、何その顔。完全に推しが有名になって腕組んでる古参のドヤ顔じゃん」

「例え細かすぎだろ」

 若葉と黛は、味の濃い角煮を食べながら、まるでコントのような話をしている。

「あ、そういえば、ねね薫? 聞いた?」

「ん~? 何を聞いたって?」

 若葉は、僕にキラキラした目を向けてきた。

「三島、とりあえず滑り止めは受かったって」

「おお! それはめでたい!」

「ね~よかったよね!」

 僕の後輩の三島が、大学の滑り止めに合格したらしい。

 でも、彼はとても頭がいいので、今後の第一志望もきっと受かるだろう。

「ま、誰かさんみたいに滑り止め受かって油断しないように、気を付けてもらいたいね」

 黛はそう言った。

「……」

「……」

 若葉と僕は黙り込んだ。

 今、こう発言した黛自身は、滑り止めにしか受からなかったということを経験した張本人だ。

 つまり、黛は自虐をしたわけだ。

「……今、ぼくが自虐をしたと思っただろう」

「うん」

「まあね」

 黛は、意味ありげな表情でそう言った。

「……」

「……」

「……」

 その後、黛は話さなかった。そして、一口お刺身に手を付けて、それを口に運んでから、一言言った。

「うん。うまいなこのマグロ」

「いや! 何も言わないのかい!」

 黛が、なんの脈絡もなく、今食べたマグロの刺身の味の感想を言ったので、僕と若葉は耐えられず、黛にツッコんだ。

「いや、マグロうまいって言っただろう」

「そうじゃない!」

「自虐かどうかの話はどこ行ったんだ!」

 若葉に続いて、僕は黛に詰め寄った。

「や、あれは自虐だよ。もう言わせないでくれ」

「あああああ!」

「なにこの人! めんどくさい!」

 僕が叫ぶと、若葉は黛にめんどくさいと言い放ち、詰め寄った。

 久々に、こんなにめんどくさい黛を見た気がする。

 でも、彼がこんな言動をするということは、かなりリラックスしているということだろう。

 いやでも関係ない。今の黛はめんどくさい。

 興奮してる時の菜花さんぐらいめんどくさい。

「うわ! ほっぺを引っ張るな若葉! 薫も抱き着くな! 重い!」

「この口か! こんなにめんどくさいことばかり言うのは!」

「さっきの黛は今の僕たちぐらいめんどくさかったぞ!」

「ああ! わかったわかった!」

 そんな様相で、僕と若葉は、めんどくさい黛に制裁かと言わんばかり絡みながら、楽しく食事を楽しむのであった。



「ふう……」

 僕たちは、それぞれ風呂を済ませてから、部屋でのんびりと過ごしていた。

「そろそろ消灯か? 若葉、眠い?」

「そろそろ眠気来たかも……」

 黛が若葉に眠気の段階を尋ねていた。

 若葉は、もう眠たくて仕方がないような顔ではなかったが、時間的にもう眠くて当然の時間帯だ。

「あ、そういえばちょっとした相談事みたいなものがあるんだけど……」

 僕は二人にそう言った。

「あ、うん。なになに?」

 黛と若葉は、僕の方を見た。そして、若葉は僕にそう聞き返した。

「二人は……その昔僕を助けてくれただろ? 僕の部屋まで来て元気づけに来たりとさ」

「うん」

 僕が二人に言うと、若葉だけが返事をした。

「ぼくは別に何もできてないけどな」

「そんなことはないさ。黛だって、僕の助けになってたよ」

「そうか」

 黛がそう言ったので、僕が否定をすると、黛は軽く笑ってくれた。

「話をぶった切っちゃったな。それでなんだ?」

「それでね、その、人を助けるにはどうすればいいのかのアドバイスとか、ないかな」

 僕は二人にそう言った。

 この二人は、僕の親友であり、僕が過去を乗り越えるときに、手を差し伸べてくれた二人だ。だからこそ、この二人からならいいアドバイスを聞くことができるのではないかと思ったのだ。

「そんなこと、ぼくに聞かれてもな。若葉や誰かさんに比べて、ぼくは簡単なものしか助けられないし。ここは若葉にアドバイスをお願いしたほうがいいな」

 黛はそう若葉を見ながら言った。

「え! えっと……」

「なんでもいいんだ。何かないかな」

 僕は悩む若葉に言った。

「えっと! 一生懸命やれば、薫なら大丈夫!」

 若葉は明るくそう言った。

「えへへ。そっか」

「ま、そうだな。薫なら大丈夫だ」

 僕が照れると、黛も若葉に同意した。

 若葉はいつもこうだ。

 頭が良くて、なんでもできるからこそ、物事を複雑に捉えない。なんでもできる頭のいい若葉からしたら、全て単純なことなんだ。複雑に考えなくても、なんとかできる凄みを持っているんだ。

 黛も、いつもこんな感じだ。

 現実的に消極的に。でもそれは優しいから。間違ったことを教えないようにするために、誰からも嫌われないように、こうやって受け身なんだ。でも、黛はいざ人に頼まれるとすごく頼りになるお兄さんみたいな存在なんだ。

 この二人は全く噛み合ってないこともある。でもお互いをリスペクトしているからこそ、こうやって好き同士でいられるんだと思う。

 黛は単純に考えても、生きていける強い若葉を尊敬しているし、若葉は複雑に物事を考える黛を尊敬しつつも、考えすぎた時はストップをかけることもある。

 本当にいい二人組だと思う。

 それに、彼らは僕と接するときに、珍しい特徴がある。それは僕のことを男女の括りで見ていないことだ。二人は、男としても女としても見てくれる。僕の性質を理解した上で、その場その場で都合のいい方で、僕の性別を捉えてくれるという特徴がある。

 だからこそ、黛とも若葉とも、僕はとても距離が近いんだ。

「ありがとう。僕、頑張るよ」

 僕が二人に言うと、二人はゆっくりと頷き、微笑んだ。



 僕が自分の部屋に戻ろうをすると、廊下で菜花さんの姿が目の前に見えた。

「やあ。今日は何やら友人といたみたいだな」

「そうです。僕の彼女がここに寄越したみたいで」

「なるほどなるほど」

 菜花さんは相変わらず大きな声で話している。

「明日は、またれもんのところに行くのか?」

「ええ。今度は、吉野さんたちが進学してほしいと思っているのに、れもんが卒業したら働くって言っているのを話し合わないといけませんから」

「なるほど……」

 菜花さんはそう言いながら、さっとスマホを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。

「何してるんですか?」

「れもんに電話」

「え?」

「ああ、れもんか? 明日れもんの部屋で話したい。薫くんも一緒だ……ああ……うん。じゃあまた」

「ええええええ!」

「ほら、約束しておいたぞ。明日の夜八時から、れもんの部屋に集合な」

「うわ……」

 あまりの早い判断に僕は唖然としていた。

 確かに、僕だったらとりあえず明日は軽く学校の話でもして……と順序を踏んでから、本題に切り込んでいた。しかし、よく考えてみたら、僕にはもうそんな時間もない。滞在期間は、もうあと一週間を切っている。

 今回は、菜花さんのこの思い切りの良さに助けられた。

「即断即決の菜花だ!」

「うむ。これからは、菜花・即断即決・東助とでも呼んでくれ。もちろん、フルネームでな」

「めんどくさ……長いし……」

「なんだ! 薫くんが名付けたんだろう!」

「いやいや! 名乗りを上げたのは菜花さんです!」

 やっぱり、黛のめんどくささと、菜花さんのめんどくささはどこか似ている。

 そうして、僕と菜花さんとれもんは、明日れもんの部屋で集まることになった。


 

 


 

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